第28話 K社音楽記者山岡美紀

文字数 1,220文字

華蓮は、従姉美代子に迷惑をかけたくなかった。
(本当は追い返してくれ、と言いたかったが、言えなかった)
そのまま、家に帰り、K社の音楽記者に相対した。

K社の音楽記者は中年女性、山岡美紀と名乗った。
「心配しないでいいよ、聖トマス学園の話ではないの」
「それは、森本院長からも、従姉の美代子さんからも、念押しされてわかりました」
(華蓮は、従姉美代子に、「ありがとう」と、頭を下げた)

音楽記者山岡美紀は続けた。
「華蓮君が山田屋敷を出て、この家にいるのは、何となく予想がついていました」
「それは、中村先生も、そうなるだろうと読んでいたから」

華蓮の肩がビクッと動いた。
(中村先生は、日本の誇るショパン演奏の大家、中村雅代である)
(亡き母森本華純の、音大時代からの親友で、華蓮も子供時代にレッスンを受けたことがある)

音楽記者山岡美紀は、華蓮を見つめた。
「中村先生も、私もそう思うけれど」
「音楽を辞めないで欲しいの」
「あれほどのバッハを弾ける人は、日本でも、世界でもいないの」
「山田家がどうのこうの、といったレベルの話ではないのよ」
「できれば、我が社後援のコンクールに出て欲しい」
「中村先生自ら、レッスンをしたいとおっしゃっています」

華蓮は、首を横に振った。
「中村先生のお気持ちと、ご恩は、ありがたいと思っています」
「でも、僕にも内心の自由があると思うんです」
「僕の人生です、僕がどうするかを決めます」
「音楽以外に、やりたいことも多いので」
「音楽は、やりたい人が好きにやればいい」

音楽記者山岡美紀は粘った。
「あの観月音楽会で、華蓮君の演奏がすごくて」
「すでに、動画サイトにアップされていてね、再生回数も200万を越えています」
「そのピアニストを知りながら、手をこまねいているなんて音楽関係者の恥になる」
「ねえ、気を取り直してよ」
「何があったか、想像は・・・つくけれど、前に進もう」

華蓮は、厳しい顔になった。
「加害者と被害者が、同じステージに立つんですか?」
「僕は、二度と、あの人たちと、同じ空気を吸いたくないんです」
「それと、音楽業界の玩具とか、道具になりたくない」
「下手に出て、変な騒ぎにもなりたくない」
「もう、音楽を演奏する気はありません」

ずっと聴いて来た従姉美代子が、口を挟んだ。
「山岡さん、華蓮の意思を尊重して欲しい」
「それと、華蓮の辛さを、感じて欲しいの」
「あなたなら、自分を傷をつけた人と、笑顔で話せる?」
「そういうのは、男女関係ないよ」
「厚顔無恥は、女も同じなの」

K社音楽記者山岡美紀は、反論できずに、去って行った。

華蓮は、再び従姉美代子に謝った。
「ごめんなさい、僕がいるために、嫌な思いを」

従姉美代子は、泣きながら華蓮を抱いた。
「そんな、他人行儀をしないでよ」
「華蓮君を幸せにしたいの」
「下を向いている華蓮君なんて、見たくないよ」

華蓮も泣き出した。
「もう・・・嫌だ・・・」
「こんな人生・・・怖いよ」

華蓮は、従姉美代子の胸で、しばらく泣いていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み