第27話 華蓮は孤独を選ぶ

文字数 1,162文字

春香がいたテーブルから、中年女性が歩いて来て、華蓮たちの前で、頭を下げた。
「K出版社編集部の田中美咲と申します」
「滝口春香さんが、食事のお邪魔をしてしまったようで」
「滝口さんの次作のテーマは横浜、この霧笛楼も小説に入りますので、取材を兼ねて食事をしておりました」

そこまで言って、華蓮をじっと見た。
「もしかして、森本華蓮君?」
(華蓮は、実に嫌そうな顏、何も答えない)

K出版社田中美咲は、怪訝な顏の読書部の面々に簡単に説明した。
「実は、森本君は、滝口春香さんの幼なじみ」
「つい数か月前までは、同じ聖トマス学園の音楽部に」
「突然いなくなったと思えば・・・横浜に?」

華蓮は、それ以上の説明を認めなかった。
少し大きな声で抗議した。(周囲の客に聞こえるように)
「勝手に個人情報を漏らさないでください」
「それがK出版社の語る言論の自由ですか?」
「法を破っても、相手に不快感を与えても、K出版社の報道の自由を守りたい?」
「それが名門出版社のコンプライアンスですか?」

K出版社田中美咲の顏も赤くなった。
華蓮の声が大きくて、他に食事客の耳に入っていた。
今は、その食事客全員が、抗議の目を、K出版社田中美咲に向けている。

華蓮は、顏を厳しくして、春香に言い切った。
「これ以上、食事の邪魔をしないでください」
「僕にも、僕の仲間にも、他のお客様にも迷惑です」
「わかったなら、自分のテーブルにお戻りください」
(春香は、号泣のまま、力なく自分のテーブルに戻った)

食事を終え、霧笛楼を出て、華蓮は全員に謝った。
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」

深田玲奈が、首を横に振った。
「華蓮君には、それなりの嫌な思いがある、それはわかった」
「あの二人も、食事中にマナー違反と思うの」

他の部員が聞いて来た。
「本当は音楽部なの?」

華蓮は、顏を下に向けた。
「言えない事情があって」
「音楽は捨てました」

もう一人の部員が華蓮の背中をトンと叩いた。
「いいよ、僕らは読書部」
「気にしない、前に進もう」
(途端に華蓮の瞳が潤んだ)

元町での買い物と食事を終え、一行は中華街に入った。
深田玲奈が、華蓮の手を握った。
「食べ歩きしない?」
華蓮に笑顔が戻った。
甘栗、焼き小籠包、揚げ春巻き、揚げパンを露店で買って、全員で食べ歩きをした。

中華街を出て、家路につきながら、華蓮は「仲間のありがたさ」に感激していた。
聖トマス学園音楽部では、緊張だけの学生生活。
誰もが、「相手を蹴落とし、マウントを取る」しか、考えていなかった。
華蓮の演奏も、「お上品過ぎ」「パワーに欠ける」と、裏では酷評されていた。
「音楽を離れて、聖トマス学園を離れて、本当に良かった」

家に近くなった時にスマホが鳴った。
従姉美代子からだった。
「K社の音楽記者が家にいるの、今、どこ?」

華蓮は、怒りと不安で、立ち尽くしている。
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