第2話 森本華蓮

文字数 821文字

学園長主催の観月音楽会最後の曲となった。
舞台に登場して来たのは、一人の少年。
この曲で今夜の聴きおさめとなるので、人々は瞳を凝らして少年を見つめた。

「一年生の男の子?」
「うわ・・・きれい・・・すごい美少年よ」
「あの立ち姿だけで、芸術品」
「まつ毛が長い、お肌もいい・・・なまめく少年美の極致よ」
「髪の毛がサラサラと、月の光を受けて、気品も高い」
「お持ち帰りして愛でたい」
「添い寝してあげたい、見ているだけでドキドキする」
「名前は?」(人々はプログラムノートを一斉に見始める)
「森本華連?音楽部の一年生なんだ」

少年は、品よくお辞儀、ピアノに向かった。
大勢の客に緊張したのか、顏を赤らめて弾き始めた曲は、バッハ「フーガ ト短調」。
その美しい情感にあふれた「至高の音楽」は、今までの演奏とは完全に別格。
聴く人全てが、美しい妖精のような少年に、目と耳、心まで奪われた。
もはや咳はおろか、声を出すことなく、ただ見惚れ聴き惚れるのみ。
前曲で雲をまとった月も、この少年の美貌と音楽を愛するのか、その雲を遠ざけて、
さらに明るく舞台を照らす。

少年が曲を弾き終える頃には、感極まったのか、目頭を抑える聴衆がほとんど。
顏を赤らめ、少年が礼をすれば、大拍手が鳴りやまない。

日頃は、名門学園ならではの他人を嘲りがちの生徒たち、地位や権力、名声に奢り、自分以外を心の底では認めない政財界の大物、著名な芸術家も、誰に言われることなく立ち上がり、全てを忘れ、大きな拍手をいつまでも繰り返す。
また、同じように子息の学業奨励と良縁確保しか考えていない、生徒たちの父兄も同じこと、目を輝かせ、少年のお辞儀に大きな拍手を送るのみ。

ピアノ一台、バッハ一曲だけで、人々の目と耳、心まで浄化した少年は、満場の拍手を受け、顏を下に向け舞台から退出した。

全てが終わり、浮かれ顔の聴衆は、思い思いに帰途につき、やがて学園長たちも姿を消した。
あとには、名月が余韻を愛し、舞台を照らすのみになっている。
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