第4話滝口家の想い

文字数 1,256文字

滝口春香の父(春雄)は、学園長山田剛士の甥(剛士の姉の子)である。
現在は、聖トマス学園の系列大学の教授の職に就いている。
若い頃から、日本文学を中心にした様々な研究に勤しみ、その評論書は高く評価され、数多くの大学で定番の教科書として採用される程になっている。

その意味で、滝口春雄は、学者としては、順風満帆な生活を送っているのである。
しかし、滝口春雄にとって、気がかりなのは、妻との間に生まれたのが、娘の春香だけであったこと。
「何としても、歴史と名誉ある滝口家を残したい」と思うが、そうなると、「婿」を取らなければならない。
(※滝口家は平安貴族の流れを継ぐ「文芸の」旧家)
(※同じく平安貴族末裔の山田学園長家と比べても、遜色はない)

一人娘春香の新人文学賞受賞は、確かに、「文芸の滝口家」の名を、さらに高めたことは事実に間違いない。
少子化時代であったとしても、今後は、名高い滝口家の「婿」の座を狙い、自薦他薦を問わず、候補には事欠かないとは思う。

ただし、春雄とて、可愛い娘の春香の意思を無視してまで、強引婿取りを決めてしまおうとは思わない。
「春香も15歳、まだまだ子供だ」と思うし、春香の「想い人」も実は知っている。

「春香が好きなのは、華蓮君だけなの」
父親の自分の前でも、ためらいなく言い放つ。
春香は、いつも小さな頃の写真(華蓮と春香が一緒に映っている)を持っているし、最近はスマホの待ち受けにしている。


そんな娘春香に、父春雄は常に諭して来た。
「でも、華蓮君には事情があって、別の場所で暮らしている」
「二度と逢えないかもしれないよ」

そんな話をした後の春香の反応は、成長につれて、しだいに変化した。
小学生低学年時代は、「逢いたい」と、泣き叫んだ。
小学生の高学年では、「シクシク」と思いつめたように、一晩中泣き続けた。
中学生になると、親子の会話そのものを拒否された。

春雄の妻香織(春香の母)は、春香の高校入学と同時に、相談をかけて来た。
「あなた、そろそろ、本当のことを」
「このままでは、春香が不憫です」
「そもそもとして・・・ですよ」

春雄は、迷った。
「春香の泣き顔は、見たくないからなあ」
「それに、問題が複雑過ぎる」
「春香が、もう少し大人になってからでも」

結局、妻香織自身も、娘春香には「本当のこと」を言えなかった。
「華蓮君のほうが、辛いよね」
「もしかすると、春香にだけは、知られたくないかも」
「怖過ぎると言えば、その通り」
「華蓮も、春香も、何も悪くないのに」

春雄も、妻香織の「自制」を是とした。
「ありがとう、当分、待ってくれ」

少し間を置いた。

「同じ学園に進んだとはいえ、華蓮君は音楽科、春香は文学科」
「広いキャンパス、校舎も遠く離れている」
「それぞれのカリキュラムも厳しい」
「滅多に逢える状況にはならないだろう」
「寝起きする場所も格そのものが違う」
「華蓮君は、一般の寮ではない」

妻香織は頷いた。
「そうよね、今は華蓮君が、高嶺の花」
「春香がたどり着けない場所にいる」

父春雄と母春香の会話は、涙ながらに、夜遅くまで続いていた。
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