第27話 小谷川あさひの発見①
文字数 5,403文字
原因は祖父で、彼は出土品や骨董品の蒐集家だった。
まだ幼い孫娘へと古くさい骨董品を見せては、これはどういう時代のどういう人たちによってどういう経緯で作られた品なのだと語って聞かせる。
あさひは古代の人たちが築き上げた文明の成り立ちに心を奪われ、土器の欠片を見ては当時の人々に思いをはせるようにすらなった。
そんなあさひも今では大学生。
京都にある大学で考古学を専攻している。
彼女は大垣駅へ降り立つと、駅前のショーウインドウに映る自分の姿を確かめる。
平均よりも低めの身長。茶色い髪をショートカットにして頭にはキャスケット。
徹夜続きの目は赤く腫れがちで、目の下にはクマもできている。
クマを隠すようにアンダーリムのメガネをかけているがあまり上手く隠せては居ない。
服装は長袖のブラウスに、薄手のケープを羽織り、ショートパンツと明るい色のタイツ。足下はスニーカー。ブーツを履くには暑いし、かといって歩きにくい靴は嫌いだった。
「大丈夫、だよね?」
自分の服装に自信が持てない。
ファッションなんて考えたこともなかった。中学、高校と学校の制服とジャージだけで過ごしてきた。
あさひの頭の中にあるファッション知識は、古代オリエント地方だとかエジプト文明だとか、比較的新しいのでも20世紀前半くらいの西アジア調査団の服装くらいのものだ。
大学で考古学を専攻する女性は少ない。
彼女たちを参考に現代ファッションを探ろうと努力はしたものの、教授からは「地雷臭がする」という評価を下された。
だから今日は大分控えめにしてきたつもりだった。
実家に帰るのだ。両親にも見られる。大学に行ってアホになったと思われては、残りの学費を支払って貰えなくなる。
あさひは自分に大丈夫だと言い聞かせる。
バスでも新幹線でも電車でも、奇異の目を向けられることはなかった。
今日の服装は問題ないはずだ。
何度も言い聞かせて自身を持ったあさひは、駅舎を出てバス停留所へ。
大垣市にある自宅まではバスで向かう。
祖父の葬式以来、久々の帰宅だった。
◇ ◇ ◇
祖父の死はあさひに大きなショックを与えた。
考古学者を志したのも祖父の影響だし、共働きの両親に変わって幼少のあさひを育ててくれたのも祖父だった。
あさひの人生に最も影響を与えた人物だ。
祖父はあさひが大学進学したいと言ったとき、自分のコレクションを質に入れて学費を捻出してくれた。
あさひは立派な考古学者になると祖父に誓った。
だけどその祖父が、あさひの卒業を待たずして亡くなってしまった。
祖父の死を知らされた当初は放心状態だったあさひだが、祖父との誓いを思い出し、必ず立派な考古学者になろうと一層勉学に励むようになった。
祖父の死からおよそ1月後のGWには、イラク南部発掘隊の日本チームに同行し、現地で実地発掘作業に携わった。
そのレポートをまとめ終わったのが昨日。
ようやく一段落ついたところで、しばらく放置していた残件に手をつけることにした。
祖父の遺品整理だ。
家や畑などの価値は査定できるが、蒐集品については専門家の知識が必要だった。
どれが捨てて良くて、どれが値打ち物なのか。
あさひは自分が見るから全部手をつけずに残しておくようにと家族に言いつけた。
あさひにとって祖父の蒐集品は思い出の品でもある。
対して価値がないガラクタだからと言って全て処分されてしまってはいけないものだった。
大垣市の実家に帰る。
一応両親に挨拶。京都土産を押しつける。
また変な格好をしてと母親に言われたが、大学ではこれが普通だと言い張った。
何かが間違っていたらしい。その内時間がとれたらファッション雑誌でも買っておこうとだけ頭の片隅に記憶しておく。
あさひは仏壇への挨拶を済ませると、祖父の家の鍵を受けとり、旅行カバンを自分の部屋へ押し込み外へ出た。
祖父の家は車で10分の距離。
あさひは実家で借りた軽トラックを運転して、畑に囲われた祖父の家へ向かう。
土地が有り余っている田舎だけあって家の広さは立派な物だった。
庭もあり、かつては水が張られていた池の跡がある。
庭には納屋もあったがそちらは無視して家の中へと向かう。
家族の話では、それらしい物は全部家の中へまとめておいたとのことだった。
言葉通り居間にブルーシートが敷かれて、その上に蒐集品が並べられていた。
さながら警察の証拠品置き場のようだ。
思った以上に数が多い。それでも自分が進めなければ蒐集品は永遠にこのままだ。
「よし。お昼までにはなんとかしよう」
あさひは気合いを入れて、蒐集品の選別を開始した。
わずか1時間ばかりの作業の末、残り少なくなった蒐集品を鑑定していく。
一応ルーペを持ってきていたが必要はなさそうだった。
精密に調べる必要などないほどに、それらが価値を持たないのは明らかだった。
ほとんど右から左へと流すように、蒐集品を選別――もといガラクタ判定を下していく。
「これも贋作。こっちも偽物。これは――ガラクタ」
祖父の残した蒐集品は歴史的価値のないものばかりだ。
祖父は専門の教育を受けたわけではない。
ただ集めるのが好きで、あれこれ騙されるように買い付けていただけだ。
だが贋作の器も、偽物の壺も、骨董品ですらない機械造りの工業生産品も、あさひにとっては祖父との思い出の品だった。
思い出の品をいくつか残し、残りのガラクタは割れないように梱包して段ボールへと納めた。
贋作でも欲しい人は居るだろう。
古物商へと売り払って、得られたお金で祖父の仏壇に花でも供えようと考えた。
段ボールを軽トラの荷台に積み込み近くの古物商の店へ。
質入れもやっていて、過去に祖父は蒐集品をいくつかここへ預けてあさひの入学金を捻出していた。
あさひにとってもなじみの店だ。
軽トラを店の駐車場に止めて、入り口を開けて店主へ声をかける。
「持ち込みなんだけど、降ろすの手伝って貰えます?」
「ああ、あさひちゃんか。じいさんの葬式以来だね。
それにしてもまた大きくなったなあ」
親戚の子供を見るように初老の店主が口にするので、その認識は間違いだと指摘する。
「中学の時から身長は伸びてません」
「いやそうじゃなくて」
店主の言葉を受け、あさひは彼の視線を追う。
視線が胸元へ向けられているのを見て、あさひはケープの形を整えて隠す。
確かに身長が伸びない分そちらは随分大きくなっていた。
低い身長に対してアンバランスなほどに発育していたが、それだって大学に入ってからはほとんど成長していないはずだ。――多分。
「何処見てます?
それより荷物降ろすの手伝ってください」
店主は悪びれる様子もなく笑って、それから荷物の運搬を引き受けて問う。
「手伝うよ。
じいさんのコレクションだろう?」
「そうです」
段ボール箱6箱分のガラクタが店内に運び込まれ、店主はそれぞれを軽く見て、全部大した価値はないと判定を下した。
「そうなんですけど、昔からのよしみで買い取ってくれません?」
「1箱1万円で良ければ買うよ」
「えー。流石にもうちょっとするでしょ。
贋作でも造りの良いのもあるし。1箱3万円。高くはないでしょ」
あさひの交渉に店主は困ったような表情を浮かべた。
しかしあさひがじっと彼の顔を睨んでいると、店主の方が折れた。
「分かったよ。未来の大考古学者様の持ち込みだ。
1箱3万円。全部で18万で買い取るよ」
「キリが悪いから20万にしましょ」
「そりゃあダメだ。
――ところで、これくらいの大きさの柱みたいな発掘品はなかったか?」
店主が手で大きさを示す。
大体幅15センチ。高さ30センチ無い位だろうか。
あさひは首をかしげる。
「そんなの見なかったけど――
そういえば昔あったな。あれ、何処に行ったんだろ」
「いや、あさひちゃんが大学に行くとき買い取ったんだよ。
模造品なんだが造りが良くてな。
この間東京の展示会へ持っていったら、ちょうど今日のあさひちゃんみたいな格好した女の子が100万円で買ってくれたよ」
「え? 東京だとこの格好は普通なんだ。ってことはボクの格好も全く問題なし?」
「それはさておき、その女の子が本物が見つかったら教えて欲しいって言うもんでな。
何しろ本物が存在せず、模造品だけが存在する品だ。
あのじいさんが本物も持ってたんじゃないかと思ったんだが、その様子じゃなさそうだな」
あさひは服装について置いておかれたことに不満を示しながらも、店主の言葉には興味を惹かれた。
本物が見つかっていない模造品。
しかもその模造品には100万円の価値があった。
「それってどんな品だった?」
「石を削り出した6角柱だ。表面には文字が刻まれてる。
模造品が作られたのは戦間期。造りは精巧で実物を元に作られたのは間違いない。
文字までは読めなかったが、買い取った女の子によるとシュメール時代の神を讃える歌を刻んだ宗教的遺物だそうだ」
「シュメールの神柱?
それ本物が見つかってないってことは、贋作でも博物館に納められるべきものだよ!
100万円で売った!? 信じられない! とんでもないことだよ!」
失われた歴史を証明するためのピースになったかも知れない代物だ。
それを質入れした祖父も祖父だが、たった100万円ぽっちの端金で何処の誰とも分からない女の子に売ってしまった店主も店主だ。
それは紛れもなく専門家の元に預けられるべき代物だった。
あさひも石柱自体は見たことがある。
だが最後に見たのは高校生の頃。
その頃にはシュメールの文字も読めなかったし、その石柱が持つ歴史的価値に気がつくことも出来なかった。
「何処の誰に売ったの?」
詰め寄ると店主は1枚の名刺を取り出した。
「同じようなものが見つかったら連絡して欲しいそうだ」
あさひは受け取った名刺を確かめる。
東京大学、歴史文化愛好会。
あさひは早速スマホを取り出し電話をかける。
しかし電話は不通だった。電源が切られているらしく繋がらない。
「出やしない! とんでもない大発見かも知れないのに!」
「こっちからも何度か連絡とってみるよ。
ま、あんまり期待しないで待っててくれ」
店主は名刺を返されるとそれをしまって、それからレジから1万円札を数えて封筒に入れるとあさひへと手渡した。
きっちり18万円。領収書を受け取って、あさひは不満ながらも店を後にする。
荷物のなくなった軽トラを運転して祖父の家へ。
駆け込むように家へと入ると、家の中を徹底的に捜索する。
どこかに隠されているかも知れない。
もし本物が存在すればそれは歴史的な発見となり得る。
キッチンの戸棚から床下収納。屋根裏に至るまで捜索したが空振りに終わった。
「やっぱり贋作しか持ってなかったのかも」
元々祖父のコレクションは偽物ばかりだった。
唯一偽物でも価値があったのがその神柱だっただろう。
とすれば、本物などそもそも存在しなかったのかも知れない。
最後の望みを託して、あさひは庭に出ると納屋の戸を開ける。
中には庭作業の道具なんかが置かれている。棚もあったが、そこにあっただろう蒐集品は無くなっていた。
家族によって家の中に運ばれたのだ。
埃っぽい納屋へと入る。床にはすっかり砂が積もっていた。
念のため隅から隅まで調べてみるが、やはりそれらしい物はない。
「やっぱり無いか。
ん?」
諦めかけたとき、足下に違和感。
納屋の奥の床から妙な感触を受けた。
箒があったのでそれで砂を掃き出すと、床に何か不自然な切れ目があった。
「まさか――」
あさひは箒を放り出し、バールを手にすると床の切れ目に引っかけて持ち上げる。
それはやはり秘密の収納で、木製の蓋が外れると中には金庫が収まっていた。
「嘘でしょ」
信じられない物を見るように、あさひは金庫のダイヤルに手を伸ばした。
祖父がいつも設定する番号は把握している。
その通りに回すと金庫の鍵は見事に外れた。
何が待っているのだろうか?
心臓の鼓動が高鳴る。
あさひは深呼吸して金庫の扉を開けた。
中には札束。祖父のへそくりだろう。
300万円ほどあったので、あさひは自分のカバンにしまい込む。決して脱税では無い。相続税控除の範囲内だ。きっと。
札束の奥には桐箱。
オーダーメイドだろうか、何かの贈り物に使われていた箱だろうか。
ともかく高級感溢れる質感の箱だった。
持ち上げてみるとずっしりと重い。
箱を取り出して床に置くと、発掘品を扱うように慎重に。緩やかに蓋を開けていく。
箱の中身。一番上に手紙が置かれていた。
あさひはそれを手に取り読み上げる。
「最愛なるあさひへ。
我が人生において最高の蒐集品をここに残す。
小谷川家の家宝として大切に扱うように」
ごくりとつばを飲む。
祖父の残した最高の蒐集品。
梱包材をどけていき、その正体を目にした。
6角形の石柱。
幅15センチ、高さは25センチほど。
ひび割れや削れた部分もあるが、表面に刻まれた文字の大部分が残っている。
それはまさしく失われていた歴史的産物。
シュメール神話の神を讃えた歌が刻まれた、神柱のオリジナルに間違いなかった。