第14話 水牛像争奪戦①

文字数 5,099文字

 夕陽と仁木は、倉庫の隣の敷地へと侵入して壁を乗り越える。
 守屋へは緊急事態になったことと潜入開始について報告済み。
 可能な限り戦闘を避け、〈ツール〉の回収のみを目的にするようにと指示が出された。
 守屋曰く、既にオーナーから〈管理局〉へと連絡がされて、そちらのメンバーが派遣されているらしい。

 倉庫の東側から進入口を探していると、夕陽が扉を発見。
 扉の上方には監視カメラ。警備会社のロゴが入った端末が扉の横に設置されている。

「警備会社に駆けつけられると厄介だな」

 仁木が呟く。
 彼は他の入り口を探そうというのだが、夕陽は「大丈夫ですよ」と口にして端末の元へ。
 カバーを外して中を確認。
 数字キーが並んでいる。ナンバーロック式だ。鍵がなくても数字さえ分かっていれば開けられる。

 夕陽は数字キーの表面をざっと眺めて、6桁の数字を入力し最後に#ボタンを押し込む。
 警備システムの解除を示す緑色のランプが点灯し、ガシャンと音がして扉の鍵が外れる。

「番号って分かるものなんだな」

「指で押す以上、都度掃除しない限りは物理的痕跡が残りますからね。
 では気をつけて中へ入りましょう」

 仁木が無言のまま頷くと、夕陽は扉を開けて中へと入る。
 そこは作業員向けの玄関口で、靴箱とヘルメットが並んでいる。

「かぶった方が良いかな?」

「私服で入った時点でヘルメットかぶったくらいでは怪しさ変わらないと思いますよ」

 夕陽は自分はかぶるつもりはないと意思表示して、靴も履き替えず、扉のロックをかけるとそのまま次の扉を開けて倉庫の中を探り始めた。
 仁木も脱ぎかけていた靴をはき直してその後に続く。

 倉庫内には西側の正面入り口から、怒号や物の崩れる音が響いていた。
 倉庫は共同借り上げだ。GTC以外の業者がいたら大事になっただろうが、悲鳴は聞こえない。一般人はいないようだ。

「慌ただしいな」

「スーパービジョンが入り込んだのでしょうか?
 いまいち彼らがどうしてここにいるのか分からないんですよね」

「さっき言ってただろ? 商売敵だから像を奪いに来たって」

「それはそうなんですけど、スーパービジョンがここの倉庫に繋がる証拠品をどうやって入手したのか分からないんですよ」

「でもユウヒちゃんだって気がついたわけだし、スーパービジョンにも同じくらい勘の鋭い奴がいるのかも」

「――ああ、そういうこと?
 あれ、でもそれだとどうなるんでしょう?
 うーん、それよりむしろ……」

 夕陽は歩きながら首をかしげ、結局答えが出せなかった。

「結論出せそうにないので保留しておきます」

 その直後、倉庫内に銃声が響く。
 誰かが発砲した。
 どの陣営が撃ったかは分からない。
 しかし1度発砲された事実があれば、2度目の引き金は大分軽くなる。

「西口から突入してきてますね。
 多分、”水牛の像”は2階です。さっさと北側階段上がってしまいましょう」

「了解」

 騒ぎに乗じて倉庫区画へと侵入。
 パレットに積まれた荷物の合間を縫って、倉庫の北側を目指す。

「あら」

 突如、前を進んでいた夕陽が急停止。
 仁木がその背中に追突するが、夕陽がなおも下がろうとするので、仁木は彼女の身体を掴んで後ろへと引っ張る。

「左に男の人。こちらに敵意を向けてます」

「チッ。見つかったか」

 2人は声を潜めてパレットの裏に隠れる。
 夕陽は右手を背中に回すと状況観察。
 パレットが途切れていて、東西を貫く通路が通っている。ここを通り抜けて向こう側へ行くのに4メートル。
 引き返す選択は有りだが、結局どこかでこの通路を横切らなければいけない。
 
 夕陽は仁木へと尋ねる。

「見えました?」

「何が?」

「アレです」

 夕陽の指さした先。
 パレットに積まれた非常用飲料水の段ボールの山。その内1つに穴が開き、中から水が流れ出ていた。

「銃撃か? 見えなかった」

「銃じゃないです。
 何かくわえていました。吹き矢でしょうか?」

「なら連発は出来ないな」

「〈ツール〉じゃなければそうですね」

 突撃しようとした仁木だが、夕陽の意見を聞いて押し留まる。
 夕陽は左手で鏡を持ち、荷物の端から出して敵の居た方向を確かめる。
 その瞬間。鏡が割れて破片が散らばった。

 夕陽は直ぐに手を引っ込めて報告。

「相手は1人。
 攻撃手段は吹き矢、のようですが、射出された矢が見えません。
 矢を見えなくしているのか、空気を飛ばしているのか、ちょっと判断出来ないです」

「どっちにしても〈ツール〉か。
 まずいな。空気弾だとしたら弾は無限だ」

「もたもたしてると仲間が来ます。
 さっさと逃げるか倒すかしないとまずいです」

 隠れているパレットには雑貨類の入った段ボールが積まれていて、フィルムでぐるぐる巻きにされて固定されている。
 一時的な盾としては頼りなさ過ぎる。
 夕陽がノックするように段ボールを叩くと、いかにも中身が詰まってなさそうな音が返ってくる。
 吹き矢の〈ツール〉でも貫通されかねない。
 そうでなくとも仲間を呼ばれて挟み撃ちにされたら、どこまで対応できるか未知数だ。

「弾は無限だろうと吹き矢は吹き矢です。
 息を吸ってからじゃないと吹けません。1人囮になれば攻められますね」

 夕陽はカバンからナイフを取り出すと仁木へと手渡す。

「これで突撃を……?」

「それでも構いませんけど、このフィルム切ってこの山崩してください。
 私がその隙に飛び出すので、相手の攻撃を見たら突撃です」

「相当危ないぞ」

 言いながらも仁木は段ボールを固定しているフィルムを切り裂いていた。
 夕陽は心配ないと、ホルスターからモデルガンを引き抜き右手に持つ。

「2回見てますから次は避けられます。
 その次は上手くいくか分からないので、なるべく早めになんとかしてください」

「了解。いくぞ」

 フィルムを切り終わり、仁木はパレットへ手をかける。
 1つ1つの段ボールが軽くても山のように積まれている。総重量はかなりのものだろう。
 それでも仁木は全身の筋肉を使って、パレットを傾けて段ボールの山を崩した。

 中身をぶちまけながら崩れる段ボール。
 夕陽はその中に紛れてパレット裏から飛び出し、吹き矢を持つ敵との距離を保ちながら横切るように走る。
 同時に敵へと向けて右手の銃を構えた。

 威嚇以上の意味はない。
 引き金に指をかけず伸ばしたままだった。

 相手ははったりに騙されることもなく、容赦なく口にくわえた筒状の何かを吹く。
 だが筒からは勢いよく吹き込んだ息が出てくるだけで、攻撃と呼べるような物は出てこない。

 敵は表情に焦りを見せ、慌てて息を吸い込んで再び吹くがやはり不発。
 その間に倒れた荷物の死角から仁木が突撃を敢行していた。
 相手は接近に気がつき警棒に手をかけたが、既に遅い。

「うおりゃあっ」
 
 仁木の腕が敵の首に掛かり、そのまま体重をかけて床にたたき落とす。
 後頭部から固い床に叩きつけられた相手は昏倒し、その場で意識を失った。

「うわあ。痛そうですね。
 当たり所悪かったら死んでますよ」

「手加減してる余裕なかった。
 それより〈ツール〉は?」

 夕陽は床に落ちていたそれを足先で示す。
 薄茶色をした紙製のストロー。咥えられていた側だけ若干色の変化がある。
 しかし彼女はそのストローを決して拾おうとはしなかった。
 
「拾って貰っても?」仁木が頼む。

「え、汚くないですか?」

「そういうことを言ってる場合じゃ」

 夕陽はそれでも回収を拒否するので仁木が拾い上げる。
 彼は嫌そうにしながらも、ストローを咥えて、飲料水の段ボールへと向けて吹いてみる。
 やはりストローからは吹き込んだ息が流れ出るだけで、段ボールには微塵も変化がない。

「さっきの攻撃はなんだったんだ?」

「紙製のストローだから、ずっと咥えていたら形が崩れて〈ツール〉ではなくなったのでは?」

 夕陽の意見に、仁木はストローの形状を確認。
 確かに咥えられていた部分は湿ってしまって、ふやけて変形している。

「だとしたらバカな話だな。
 こいつ、GTCか?」

「服装的にスーパービジョンっぽいですね。
 GTCなら倉庫業者に紛れてるはずですから。
 この人安全靴履いていません」

 話していると隣の区画の扉が開き、作業服を着た男が2人飛び込んできた。そちらはヘルメットも安全靴も着用している。

「あっちはGTCっぽいです。
 仁木さん、時間稼ぎお願いしても良いですか?」

「良いけどユウヒちゃんはどうするつもりだ?」

「さっと行って、“水牛の像”回収してきます」

 彼女はまるでそれが簡単なことであるように笑顔を見せる。
 対して仁木も歯を見せて笑うと、特殊警棒を引き抜いた。

「了解。そっちは任せた。
 気をつけろよ」

「はい。そちらもあまり熱くならないように。
 適当なところで切り上げてくれて構いません」

 夕陽は駆け出して北側の扉を開く。
 階段を上がると、2階では2つの組織が戦いを繰り広げていた。
 スーパービジョンとGTCだろう。

 防衛側のGTCの方がまだ数も多く、有用な〈ツール〉を有しているおかげで有利に戦いを進めている。
 スーパービジョンはここまでたどり着いたが、とてもGTC側と真っ正面から戦える状態ではないようだ。
 2階の窓から突入してきているが、直ぐに〈ツール〉によって払い落とされている。

 夕陽は戦いの様子を見ながら、荷物の裏を隠れて進む。
 途中、展示会で見たのと同じ俵原商会の梱包箱があった。
 だが周囲には人の姿がない。とすれば〈ツール〉はなさそう。

 その区画を通り抜けた先はエレベーターと非常出口。
 非常出口から外に出ると、倉庫から飛び出して北側の廃工場へと走って行く女性の姿が見えた。

 後ろ姿だけでも、その艶やかな黒髪と走りのフォームを見れば誰だか分かる。
 GTCリーダー、鴻巣だ。
 小脇に抱えているのは、展示会で“水牛の像”をしまっていた箱。

「こうなったら、追いかけないとダメですよね」

 夕陽は非常階段を駆け下りて、鴻巣を追って廃工場へと向かった。

    ◇    ◇    ◇

 飛鳥井の運転するプリウスは、数多の道路交通法を無視してとんでもない速度で平塚の倉庫区画へと辿り着いた。
 倉庫周辺への車両進入を制限する〈管理局〉構成員へと名刺を突き出して通過。
 周囲には緊急車両が配備され、銃声をかき消すためか轟音を響かせていた。
 仁木との通信を頼りに倉庫裏手へと向かい、ナンバーロックのかかった扉を解除する。

「淵沢は何処へ行った?」

 守屋が通信機へと尋ねると仁木から返答。

『1人で“水牛の像”を回収しに行った』

 単独行動と聞いて、守屋はスマホを取り出す。
 所員には秘密だが、所長の端末からは事務所の管理するスマホが何処にあるのか追跡できる。
 夕陽の端末位置を照会すると、倉庫の向こう側。廃工場に居ることが分かった。

「飛鳥井。仁木と合流して、スーパービジョンとGTCを倉庫に留まらせろ。
 〈管理局〉の本隊が到着するまで時間が稼げれば良い。
 ただし死者はなるべく出すな」

「了解。殺さないように気をつける」

 守屋は飛鳥井へと2人分の拳銃を渡し、自身も拳銃の状態を確かめる。
 それから通信機へと告げた。

「飛鳥井をそっちに向かわせる。
 淵沢はこっちで追いかける」

 飛鳥井は守屋の指示を受け入れて、1人倉庫内へと突入していく
 守屋は倉庫から離れ、塀を乗り越えて工場の敷地へと向かった。

 工場の敷地は広い。
 化学工場だったようだが操業停止が長いらしく、人も居なければ物も少ない。
 いくつもの建物があるが、夕陽の位置は把握出来ている。
 工場敷地一番奥の建物へと入ったようだった。

 位置情報を確認しているスマホとは別の、私物のスマホへと着信。
 守屋は建物の陰に身を隠して、耳にはめ込んだイヤホンで通話を受ける。

「申し訳ないが今現地に居て、長くは話せない」

『“水牛の像”は見つかったか?』

「これから探します。
 部下の――淵沢夕陽が像を追いかけています」

『直ぐに後を追え。
 あの女に好き勝手行動させるな』

「分かっています。位置は把握出来ています」

『なら向かえ。
 もし、あの女が“水牛の像”を手にしたら――』

 電話の相手の言葉に、守屋は了承を返す。
 命令は絶対だ。従わなければならない。

 ――もし、淵沢夕陽が“水牛の像”を手にしてしまったら、この手で殺す。

 守屋は通話を終えると再び走り始め、拳銃を抜くと夕陽の居る建物へと入った。
 
    ◇    ◇    ◇

ツール発見報告書
管理番号:KK00293
名称:ウインドアロー
発見者:仁木賢一郎
影響:B
保管:C
特性:透明な矢を発射する(無効化処理済み)
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