第34話 オーナーからの指令②

文字数 4,889文字

 オーナーとの面会時間までに、あさひは外出して買い物を済ませ、ビルの空き部屋で着替えた。
 その服装は飛鳥井からは独特のセンスと評されたが、あさひは知り合いに会うわけじゃないからこれで良いと割り切った。

 そして定刻になるとオーナーから守屋へと電話がかかる。
 守屋はそれを受けて、直ぐに向かうと応答した後、あさひについて確認した。

「〈ドール〉の存在について知った一般人が、淵沢夕陽に〈ドール〉の依り代を盗まれたと訴えています。
 同席を望んでいますが、追い出しますか?」

 守屋はオーナーにあさひをつまみ出せと命令されるのを期待したのだが、返答はそれを裏切るものだった。

『淵沢と直接会ったのであれば、意味があってこの場に訪れたはず。
 同席させて構わない』

 守屋は了解を返して、あさひへと同行するようにと視線を向けた。
 4人は事務室を出て社長室へ。
 扉をノックすると、年齢を感じる、しゃがれた女性の声が返る。

「どうぞ」

「失礼します」

 守屋を先頭に社長室に入る。
 正面には天板の厚い木製の机が置かれていて、その奥に初老の女性――オーナーが座っていた。
 オーナーは歳を重ねているがその眼光は衰えておらず、やって来た一同へと鋭い視線を向け、扉が閉じられると最後に入ってきたあさひを一瞥した。

「その子が淵沢と会った一般人かい?」

「そうです」

 守屋が頷く。
 オーナーはあさひの姿をじっと睨んだ。
 あさひは目を細めてオーナーをにらみ返すのだが、飛鳥井に背中を叩かれ「自己紹介」と告げられると慌てて名乗った。

「小谷川あさひ。
 大学生で考古学を専攻してます。
 偶然見つけた依り代を淵沢夕陽に盗まれたので取り返しに来ました」

 あさひが対面を取り繕って自己紹介を済ませるとオーナーも返す。

柳原(やなぎはら)栞奈(かんな)
 〈管理局〉の役員で、〈ピックアップ〉副局長。
 栞探偵事務所を始め、いくつかの〈ツール〉回収組織を運営している。
 米原(まいばら)(べに)探偵事務所もうちの管轄でね。
 これはあんたが売った物だろう?」

 オーナーは、机の下に置かれていた段ボールから糸紡ぎ棒を取り出した。
 東南アジアの土産物屋で売っていそうな、一見して何の変哲も無い棒だ。
 あさひにはそれに見覚えがある。

「あ、それ! 祖父の蒐集品です!」

「そう。そして〈ツール〉でもある。
 うちのもんが回収したが、あの店には他にも〈ツール〉があったようだ。
 まんまとブラックドワーフに買われちまったがね。
 米原の連中は鑑定中の品まで回収する発想に至らなかったようだ。
 全く、未熟者だよ。
 ま、それでも見つけた〈ツール〉を横流しする愚か者よりずっとマシだけどね」

 オーナーの発言を受けて守屋はそっと視線を逸らす。
 守屋が〈ストレージ〉の堤に〈ツール〉を横流しした件についてはまだ報告していない。
 だがオーナーの方は薄々気がついているようだった。

 オーナーはそんな守屋の反応を無視して、机の上に置かれていた物体。それにかけられていた布を取り払う。
 現れたのは装飾を施された箱。
 高さは20センチ内程度。幅は30センチ程度あった。
 描かれているのは人や馬など。背景は青い染料で塗られていた。

 栞探偵事務所の面々はそれがなんなのか分からないが、あさひだけは目の色を変えた。

「小谷川と言ったね。
 あんたはこれが何か分かるかい?」

「スタンダードです。
 本物ですか?」

 近くに寄ろうとするあさひ。
 だがそれを守屋に制されて、その場から細めた目でスタンダードを睨む。

 古代オリエント地方で作られた箱形の工芸品。
 用途は不明ではあるが、発見した考古学者の説によって「旗章(スタンダード)」と呼ばれている。

「恐らくね。
 専門家には見せてない。
 見せたら持って行かれてしまうから」

 オーナーはスタンダードの側面を指先でトントンと叩く。
 するとスタンダードが淡く光を発して、2頭身の人形のようなナニカが飛び出した。
 イナンナとは異なる風貌。浅黒い肌で、手には武器なのか指揮棒なのかはたまた儀式用の錫杖なのか判別のつかない棒を持っていた。
 それは目を閉じたまま、スタンダードの真上にぷかぷかと浮遊し続ける。

「それも依り代なんですね」

 あさひが言う。
 オーナーは頷いて他の3人の反応を見た。
 守屋にも仁木にも飛鳥井にも、〈ドール〉の姿は見えていない。
 その事実を確かめてからオーナーは言った。

「〈ドール〉の姿は依り代に触れた人間にしか見えない。
 ならば何故、あんたには見えているんだろうね」

「それはボクがイナンナと――ボクが発見した依り代に宿っていた神の遣いと、正式に信仰の契約を交わした巫女だからです」

「なるほど。
 その正式な信仰の契約とやらが足りていなかったと。
 まあ良いだろう。見えなくて困るような物でもない」

「それが依り代だと?」

 守屋が問う。
 オーナーは頷いて返した。

「そう。
 手を触れれば〈ドール〉の姿も見えるだろうね」

「どうしてあなたが〈ドール〉を?
 〈ツール〉を回収するのが我々の役目のはずです」

「その通り。
 だが時として、〈ツール〉かどうか判別が難しい品がある。
 その判別のためにこれを用いる。
 〈ドール〉は既に〈ツール〉化した物を〈ツール〉には出来ない。
 〈ドール〉が〈ツール〉化を拒否すればその物は〈ツール〉。
 そうで無ければ〈ツール〉ではない。簡単だろう?」

 〈ドール〉――神の遣いを〈ツール〉判定機に使う所業にあさひは憤りを覚えたが、口には出さず堪えた。
 守屋の方も特に意見を出さなかったので、オーナーは話を本題に進める。

「さて。
 既に周知の事実だと思うが、スーパービジョンと我々とで、淵沢夕陽を巡って争いになっている。
 これまでの彼女の行動――世の中に〈ツール〉をばら撒いた行為については褒められたものではないが、彼女の能力は〈ピックアップ〉の業務遂行にとってこの上なく重宝されるだろう」

 守屋達は頷く。
 夕陽には〈ツール〉の発見。そして〈ツール〉の特性のみを抜き出す能力がある。
 彼女の力を持ってすれば、世の中に流出した〈ツール〉の回収速度は今までの比では無く向上するに違いない。

「〈ピックアップ〉としては彼女の身柄はこちらで押さえたい。
 守屋。あんたの考えはどうだい?」

 問われた守屋は答える。

「形はどうあれ所員として雇った。
 彼女は引き続き栞探偵事務所で預かっておきたい」

「あんたがあの子を監督できるならそれでも構わないさ。
 問題はスーパービジョン。と言うより笹崎(ささざき)だね」

 オーナーは机の上に笹崎の資料を出した。
 これまでの経歴が並べられたものだが、その中に人体ツール化計画の文字はない。

「人体ツール化計画だなんて、バカげた話だ。
 あんた達の話を聞いただけじゃ半信半疑だったが、〈管理局〉の古くからの知り合いを頼って調べたら、どうやら本当にそういった計画があったらしい。
 8年前の実験に失敗し一時は打ち切ったようだが、笹崎はスーパービジョンを立ち上げ実験計画を継続していた」

「笹崎は今どこに?」守屋が尋ねる。

「先日のあんた達との一件以来、〈ラボ〉には顔を出していないようだね。
 同時に、〈ラボ〉が管理していた〈ツール〉のいくつかが喪失した」

 〈ツール〉を持ち出された。
 守屋は顔をしかめる。
 それに笹崎は〈ドール〉も所有している。
 もう〈ラボ〉、ひいては〈管理局〉の協力が無くとも、スーパービジョン単独で実験を進められる段階まで進んでいてもおかしくない。

「〈管理局〉は笹崎の捜索を決定した。
 しかしどうも情報統制局の動きは鈍い。
 上層部が笹崎に買収されているのかも知れない。
 そこは推測だがね。とにかく、まともに笹崎を捕らえようとしていない、と言うのが今週の動きを見た上でのあたしの判断だね」

 その言葉には飛鳥井が意見を出した。

「それでは、〈管理局〉は笹崎を野放しにすると?」

「そうは言ってない。
 だが実行部隊である情報統制局が動かない以上は、そうなってしまうだろうね」

「〈ピックアップ〉としては?
 笹崎は〈ツール〉を持ち出している。回収の必要があるのでは?」

「回収するようにと指示を受けたのは間違いない」

 オーナーは飛鳥井の疑問に肯定を返す。
 だったら回収に出向くべきだと飛鳥井は強弁しようとする。
 それに先んじてオーナーが告げた。

「飛鳥井。あんたの目的は〈ツール〉の回収かい?
 それとも、副業の方で指示された任務の達成かい?」

 ぎくりとして、飛鳥井は非難の目線を守屋へ向けた。
 だが守屋は言っていないと首を横に振る。
 オーナーは2人のやりとりを無視して話を続けた。

「〈ピックアップ〉は世に出た〈ツール〉を回収するのが使命だ。
 そのために存在している以上、もし不当な手段で管理外へ持ち出された〈ツール〉が存在するのなら回収しなければならない」」

 ここまでは良いかとオーナーは一同の反応を見て、それから先を続ける。

「しかしね。
 相手はスーパービジョン。
 複数の〈ドール〉を所有し、構成員は短機関銃で武装している。
 特定条件下でのみ拳銃の使用が許される〈ピックアップ〉とじゃあ、戦力に明確な差がある。
 簡単には手を出せない。
 これも分かるね?」

 守屋が頷くと、仁木と飛鳥井も頷く。
 〈ピックアップ〉は秘密裏に〈ツール〉を回収するのが本来の役割。
 戦闘を行う場合もあるが、それは〈葛原精機の牝鹿像〉のような、緊急を要し、他部門の応援が来るまでの繋ぎとしての場合だ。

 〈ピックアップ〉にはスーパービジョンと戦うだけの力は無い。
 それは紛れもない事実。
 この状況にあって、情報統制局の協力を得られないのであれば、〈ピックアップ〉はスーパービジョンとは戦えない。

「では結論は、このまま傍観すると?」

 守屋がオーナーの出した結論を問う。
 しかしオーナーはかぶりを振って見せた。

「それも考えたがね。
 さっきも言ったが〈ツール〉を回収するのが使命だ。
 余所のボンクラどもが動かないなら、あたしらでケリをつけるしかない。
 飛鳥井。
 あんたのところはどれだけ頭数を出せるんだい?」

 飛鳥井はオーナーの決断を喜びつつも、公安からの援助はほとんど受けられないと表情暗く答えた。

「2,3人くらいなら。
 と言っても調査が主体の組織なので戦闘は無理です」

「そりゃ残念だね。
 小谷川。あんたも手を貸してくれるね?」

 突然の指名にあさひはぎょっとして、手を激しく振って否定する。

「嫌ですよ!
 ボクは祖父の形見を取り返しに来ただけです!
 そっちの問題はそっちで解決して、さっさと淵沢夕陽から形見を取り返してください!」

「しかし〈ドール〉が目視できるのはあんただけだ」

「それ! 持ち運べばいいじゃないですか!」

 スタンダードを指さしたが、それが現実的では無いとあさひも分かっていた。
 かさばるし、石版を箱形に組み上げた代物だ。ちょっとした衝撃で形が崩れたら、依り代としての効力を失う。
 そうなれば所有者も〈ドール〉を目視できなくなるだろう。
 
「協力しないなら淵沢が戻ってきても、依り代は〈管理局〉に引き渡す」

「卑怯だ! このババア!!」

 ババアと罵られてもオーナーは涼しい顔で、卑怯で結構と開き直ってすら居た。

「分かった。分かりましたよ!
 でも依り代もないし大した役には立ちませんからね!」

 あさひは自分の非力さを精一杯アピールする。
 オーナーはそれでも構わないさと豪快に笑った。

「これだけでスーパービジョンと戦えますか?」

 守屋が問う。
 栞探偵事務所、公安警察数名、小谷川あさひ。それにオーナーが管轄する〈ピックアップ〉から人員を招集したとしても、戦力としては頼りない。
 だがオーナーは楽観的に笑って言った。

「なに、心配はいらないさ。
 心強い味方がいる。なあ、そうだろう?」

「そんなに頼りにされても困りますけどね」

 社長室の重い扉を押し開けて、1人の女性が姿を現す。
 彼女は明るい笑顔を貼り付けたまま入室すると、オーナーへと向いて深く頭を下げた。

「直接会うのはこれが初めてですね。柳原オーナー。
 初めまして。淵沢夕陽です」

 
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