第41話 不思議なツール①

文字数 4,123文字

 笹崎の周囲に〈ドール〉の姿が現れる。
 極彩色の髪をなびかせた〈ドール〉。前回見た、炎を扱う〈ドール〉だ。
 それ以外にも2体。
 計3体の〈ドール〉が笹崎の周囲を浮遊する。

 笹崎の〈ドール〉は全て目をつぶったまま。
 つまり信仰の契約は交わしていない。

 依り代は手に持った土偶と、ベルトに差した剣。
 もう1つは不明。
 だが夕陽にとっては些細な問題だ。依り代の位置など、十分に近づけば直ぐに分かる。
 それに依り代を奪わなくても〈ドール〉を無力化する方法は存在する。

 夕陽の右手からは無数の手が生えて笹崎へと襲いかかるが、火球に飲まれて進行を阻害された。
 それでも止まらない。
 炎に焼かれ、炭化して真っ黒になった手を切り捨てて、新たな手が生えていく。

 手はバルコニーに迫ったが、その手すりを掴もうというところで突如止まった。
 見えない壁。
 詳細不明の何かが障壁となっている。

「なるほど。
 触れられなければ裏返しにも出来ませんからね」

 笹崎の見せた新しい〈ドール〉のどちらかが、手の接触を防ぐ〈ツール〉を作ったのだろう。
 笹崎は攻撃を防げたのを見て不適な笑みを浮かべ、リボルバーのトリガーを引いた。

 銃弾は手すりを掴もうとしていた無数の手に命中する。
 着弾点から炎が上がると、それは瞬く間に燃え広がり、小さな手を炭化させていく。

 夕陽の攻撃に出来た隙間へと次弾を発射。
 銃弾は夕陽に迫った。
 彼女はそれを枝分かれした手の1つで受け止めると違和感に気がつく。

 笹崎が更に次の攻撃を仕掛ける。
 標的にされたのは夕陽の背後に居る守屋だった。

 夕陽は手を枝分かれさせて銃弾の軌道を塞ぐと、守屋を守るようにその前に立ちはだかった。

「〈ツール〉の特性を弱める〈ツール〉みたいです。
 〈葛原精機の牝鹿像〉では銃弾を防げなくなるので、遠くに逃げて下さい」

 説明すると、有無を言わさず後ろ蹴りを放つ。
 完全に不意をつかれた守屋は蹴り飛ばされ、部屋の出入り口まで床を転がった。

「お前、上司をなんだと思って――」

 抗議もつかの間、笹崎が攻撃を続けると、銃声に慌てふためき守屋は室外へ待避した。
 壁を背にして呼吸を整え再度室内の様子を覗おうとするが、〈葛原精機の牝鹿像〉が機能しない以上、拳銃に対して無力だ。

 それに室内にいたとして、夕陽の右手ですら突破できない笹崎の防壁を、拳銃装備の守屋でなんとか出来るはずがない。
 だとすれば自分に出来ることは――

 守屋は携帯端末に施設見取り図を表示。
 笹崎の立つバルコニーまでの道筋を確認すると、気配を消して移動を開始した。

 室内では攻防が逆転し、笹崎が夕陽を攻め立てる。
 笹崎の持つ〈ドール〉は3つ。既に十分な数の〈ツール〉を用意した状態で戦いに臨んでいる。
 防壁で身を守り、〈ツール〉特性を弱めて夕陽の守りを崩し、炎で攻める。

 夕陽は手の再生速度を落とされ、防戦一方となった。
 無数の手も、特殊な存在ではあるものの加護によって異形をとっている。加護による変異である以上は、〈ツール〉特性を弱める効果は受けてしまう。

「しっかり私を倒す準備をしてきたみたいですね」

「そうだ。
 人類進化の可能性のため、どんな手段を使ってでも君は手に入れてみせる」

 笹崎の持つ拳銃の銃口が夕陽に向けられた。
 無数の手は焼け落ち、遮る物は何もない。
 そんな状況でも夕陽は笑って見せた。

「〈ドール〉を集めるだけではなく、使い方もよく考えてます。
 でもダメですよ。
 笹崎さん。あなたは逃げるべきでした。私と戦ってはいけなかったんです」

 夕陽が右手を振るう。
 黒衣の人形が右手に吸い込まれると、再び右手から無数の腕が伸びていく。
 それは笹崎の放った銃弾を呑み込み、そのまま邁進する。

 〈ツール〉特性を弱める銃弾を受けて尚、速度を緩めることのない手の化け物に笹崎は思わず後ずさった。
 それでも防壁を展開しているから大丈夫だと自分に言い聞かせる。
 夕陽の側からは決して越えられない壁だ。

 だが笹崎の期待は裏切られた。
 無数の手が透明な障壁に触れると、〈ツール〉化されていた手すりが震え、ヒビが走る。
 そこから崩壊までは一瞬だった。
 透明な障壁は手を防ぐ能力を失い、無数の手が大挙して笹崎を掴もうと伸びてくる。

 咄嗟に飛び退いた笹崎。背後にあった扉を開こうとするが、慌てるあまりドアノブが上手く回せない。
 そんな彼の目前で、無数の手は腐り落ちた。
 肉が溶けて床に落ち、残った骨も粉々になった。そして形の崩れたそれらは消滅していく。

「ほら。言ったとおりでしょう?
 私とあなたとでは格が違いすぎます。戦うべきではなかったんです」

 無数の手が消えた後に現れたのは夕陽だった。
 彼女はバルコニーの上に立ち、近くから笹崎を真っ直ぐに見据えている。
 右腕は通常の姿に戻っていた。
 ただ指先から、黒衣の不気味な人形のような存在が姿を現し、その闇の底のような真黒な瞳に笹崎の姿を映す。

「いいや、不用意に近づいた君の負けだ」

 笹崎の〈ドール〉が動く。
 それはバルコニーの床材に飛び込むのだが、夕陽は素早くその〈ドール〉を右手で指さした。

 夕陽の指先から飛び出した黒衣のそれは、〈ドール〉が飛び込んだばかりの床材へと手を突っ込む。
 そして、笹崎の〈ドール〉を床材から引き釣り出した。

「なっ――」

 驚愕の表情を浮かべる笹崎。
 彼の〈ドール〉は、頭を掴まれて身動きのとれない状態にあった。

 黒衣のそれは、顔の半分を占める真っ黒な瞳で〈ドール〉を見つめる。
 そしてそのまま大きく裂けた口を開くと、手づかみにした〈ドール〉を頭から食べてしまった。

「他の〈ドール〉を使っても無駄ですよ」

 夕陽の忠告通り、笹崎が残った2つの〈ドール〉に指示を出してもそれらは従わない。
 黒衣のそれに真っ黒な瞳を向けられると、〈ドール〉は硬直して全く動かなくなった。

「な、何故だ――。何故動かない!!」

「〈ドール〉の使い方はよく考えたようですけど、〈ドール〉が何者なのかは調べなかったようですね」

 夕陽が話す間にも、笹崎の〈ドール〉が1体食べられてしまう。
 残ったのは極彩色の髪をした炎の〈ドール〉のみ。
 それも黒衣のそれに頭を掴まれて拘束されている。
 夕陽は右手を引っ込めて、まだ食べないようにと指示を飛ばすと続ける。

「笹崎さんは、この子を見たことないと言いましたよね?
 でもそれっておかしいです。
 私は実験体として体内に〈ドール〉を埋め込まれました。
 その〈ドール〉は当然、あなたも知っているはずです。
 でも私の身体に宿ったのはそれとは全く別の存在だった」

 夕陽が右手の人差し指を揺らす。
 炎の〈ドール〉を右手に掴んだままのそれが、指に合わせて横に身体を揺らしてみせる。
 
 真っ黒な髪。冠のようなかぶり物。
 2頭身で、目は真っ黒で顔の半分を占め、口は裂けたように横に広い。
 ひらひらとした真っ黒なドレスのような服装をしたそれ。

「いろいろ考えました。
 もしかして全く新しい〈ドール〉が産み出されたのかも知れないとか。
 でも偶然、本人の言葉を聞く手段を手に入れたのでしっかり確かめられました」

 夕陽は控えめな笑みを見せて、狼狽する笹崎へと1歩近づきながら言う。

「あなたたちのバカげた実験が奇跡を起こしてしまったんです。
 集められた〈ドール〉と〈ツール〉。
 無残に殺される実験体。
 彼らは――私を含めてですが――強く生きたいと願った。
 その願いが、神を産みだした」

 神?
 笹崎が復唱すると、夕陽は頷いて見せた。

「そう。神様です。
 〈ツール〉を作るのが〈ドール〉なら、〈ドール〉を作るのが神です。
 いくら〈ドール〉を集めたところで、神には勝てません」

 勝ちを確信した夕陽の言葉。
 笹崎達が〈ドール〉と呼ぶ存在。
 それは正確には神の遣いだった。
 神は当然、その上位に君臨する存在だ。
 神の遣いが与えた加護も、神の遣いの存在そのものにも、神からは自由に干渉できる。
 夕陽がこれまで使ってきた、〈ツール〉特性の移動など、神の能力の一端に過ぎない。
 
 しかし笹崎はまだ諦めていない。
 リボルバーの銃口を夕陽へと向ける。
 だがそれを夕陽は笑った。

「私に銃が効くと思います?
 残っている〈ツール〉を使っても無駄ですよ。
 〈ドール〉の力では、神の依り代である私を破壊できません」

 夕陽は右手人差し指で合図を出した。
 黒衣の神によって炎の〈ドール〉の頭は握りつぶされ、その残骸は裂けた大きな口へと放り込まれた。

「あなたの負けですよ」

 右手の人差し指が笹崎へと突きつけられる。
 〈ドール〉を全て失った笹崎には、もう神の姿を見ることは出来ない。
 決着はついた。
 もういかなる方法でも、夕陽を止めることは出来ないのだ。

「そこまでだ」

 突然、笹崎背後の扉が開いた。
 姿を現した守屋が笹崎へと拳銃を突きつける。

 その行動に夕陽はぽかんとして、事態が飲み込めると困惑した。
 決着はついていたのに、一体何をしに来たのか? 夕陽にはそれが理解できない。

「動くな――」

 言いかけた守屋の言葉を遮り、笹崎は守屋へと手を伸ばす。
 当然銃のトリガーが引かれたが、銃弾は笹崎の周囲に展開されていた見えない壁に阻まれた。

「動くな。
 動いたらこいつがどうなるか、分かってるな?」

 守屋を捕らえ、彼へとリボルバーの銃口を突きつける笹崎。
 守屋には〈葛原精機の牝鹿像〉があるが、それは胸ポケットの中。
 極至近距離で首筋に突きつけられた拳銃弾からは、残念ながら身を守れない。

「どうしてかっこつけようとして足を引っ張るんですかね」

 夕陽は困惑したまま、笹崎に連れて行かれる守屋を冷めた目で見ていた。
 笹崎は夕陽が攻撃しないのを見て、扉の外に逃げていく。

 夕陽はため息を1つ吐く。
 間違っても守屋を巻き込んで攻撃するわけにはいかない。見捨てるわけにもいかない。
 さてどうするべきか?
 考えながら、夕陽は笹崎との距離をとりながら彼らの後を追いかけ始めた。

    ◇    ◇    ◇

ツール発見報告書
管理番号:未登録
名称:淵沢夕陽
発見者:淵沢夕陽
影響:SS
保管:SS
特性:神の依り代

  
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み