第9話 国際展示場①

文字数 8,677文字

 あっという間に時は過ぎ、展示会の初日を迎えた。
 初日は金曜日。平日であるため、業者や記者の参加がメインとなる。

 栞探偵事務所の面々は現地に集まった。
 それぞれ参加者に紛れ込めるよう、いつもとは服装を変えている。
 
 守屋はスーツ姿ながら、髪を整えヒゲも剃ってきていた。中古品販売チェーンの管理職という設定だ。
 履き慣れていない革靴は歩き回るには不向きだが、守屋はそもそも自分の足を使うつもりはさらさらなかった。
 カフェにでも居座って、メンバーの管理と余所の組織との折衝、オーナーとの連絡を主として行う予定だった。

 飛鳥井は雑誌記者。
 化粧をしっかりして、普段は履かないヒールのある靴を履き、肩からはいつものブックカバーとは別にカメラを提げている。

 仁木はバイヤー。
 ワイシャツにスラックスを着崩して着用し、大きなカバンを背負っている。似合っていない伊達メガネが胡散臭さを後押ししていた。

 そして夕陽は――

「一応聞くが、その格好は何だ?」守屋が問う。

「専門学校卒業したての鑑定士見習いです」

「分からん」

 守屋にばっさりと言い捨てられたが、夕陽はそうですか? と首をかしげる。
 黒いワンピースに白いジャケット。いつもはおさげにしている髪はストレートにセットされ、縁の太いメガネをかけている。肩からはカメラがぶら下げられていた。
 説明されなければどういう格好なのか分からないし、説明されても分からない。

「まあ、いいだろう。
 多少目立ったところで、今回に関しては人も多いし」

 守屋が諦め気味にそう言うと、夕陽は笑顔で書類を手渡した。

「衣装の領収書です。
 事務所で渡した方が良いですか?」

「それを衣装と言い張る気なのか?」

「わたしも言い張るつもりだったけど、ダメなの?」

 飛鳥井も便乗して経費精算書類を見せると、すかさず仁木も書類をちらつかせた。
 守屋は大きくため息をついて「オーナーに相談するだけしておく」とつぶやき、展示会場へと向けて足を進めた。

 東京国際展示場。通称東京ビッグサイトは、逆三角形の壁面を持つ会議棟が特徴的な、日本においては最大の展示会場である。
 様々な展示会はもちろん、就活合同説明会や、時には同人誌即売会などにも使用される。

 今日から3日間は、骨董市を中心として、ハンドメイド品を扱う展示会。関連して、手作りおもちゃや料理器具などを扱うホビー展も開催される。

「では私はまず骨董市の洋品区画へ向かいますね」

 事前の打ち合わせ通り分散して展示会場を回るため、夕陽は会場マップを手にそう告げる。

「結構広いわよ。1人で行けますか?」

 飛鳥井が心配そうに問いかけたが、夕陽は自信満々に胸を張って答えた。

「大丈夫です。
 先週、下見に来たので道順はバッチリです!」

「そうなの?
 下見なら言ってくれれば平日でも行けたのに」

「良いんです。1人でいろいろ見てみたかったので。
 次世代成形技術展、面白かったですよ」

 次世代成形技術? と飛鳥井は首をかしげた。
 成形と言うから材料を加工する技術のことだろう。
 それを見て楽しいかどうか分からないが、少なくとも夕陽にとっては楽しかったらしい。

「ただそこで分かったんですけど、私、人混みは苦手かも知れません」

「まあそれは、そうかもね。
 でも仕事は仕事よ」

「分かってます。
 きちんと調査はしますよ。最優先が業者探し。次が価値ありそうな品の収集ですね」

 分かっているならよろしいと、飛鳥井は夕陽を送り出した。
 仁木、飛鳥井もそれぞれ最初に調査すべき場所へと向かい、守屋だけが展示会場外の喫茶店へと入った。

    ◇    ◇    ◇

「赤べこ買っちゃいました。
 顔が可愛いんですよ!」

 1日目が終了し、帰る前に喫茶店へと集合した栞探偵事務所の面々。
 夕陽が机の上に置いたのは、随分と色あせた年代物の赤べこだった。一緒に領収書も提出される。
 栞探偵事務所の経費で落とすべきもの。つまり〈ツール〉だ。

「変わったところは?」

「首が風に揺られて動くんです。
 それも動いている人を追うような動きをしてみせるんです。不思議じゃないですか?」

「不思議だな。
 一応、リストに入れておく」

 〈ツール〉としては目立った効果もない、放置していても影響のなさそうな代物だ。
 それでも〈ツール〉は全て回収しなければならないのだから、成果は成果。
 何1つ見つけることが出来なかったと報告するという、最悪の結果は避けることが出来た。

「業者の方は?」

「赤べこを売っていた方は特に問題なさそうです。
 他のリストアップした怪しそうなブースも、今日のところは問題が見つかりませんでした」

 夕陽がかぶりをふると、仁木と飛鳥井も続いた。

「ま、簡単に見つかるなら他の連中も気がつくだろう。
 そう言った報告も無いし、今日は隠れてたのかもな。
 ――で、2人の買ったものは?」

 守屋は仁木と飛鳥井へと〈ツール〉の提出を求める。
 だが2人はかぶりを振って、何も収穫が無かったと示す。

「そういう日もある。
 今日の仕事は終わりだ。赤べこはこっちで保管局へ渡しておく」

「あら。報告書は良いんですか?」

「必要ない。
 それとも書きたいのか?」

「いいえ、書きたくないです」

 夕陽が本心からそう言って微笑むと、守屋は赤べこを新聞紙でくるみ、紙袋へとしまって立ち上がった。

「明日も同じ時間に同じ場所集合だ。以上」

 それだけ言い残して、守屋は全員分の会計を済ませにレジへと向かった。
 現地集合、現地解散のようだ。
 報告書を書く必要が無いのだから事務所に戻る必要も無い。
 夕陽は飛鳥井へ向けてはにかんでみせると言った。

「明日も頑張りましょうね!」

「そうね。
 頑張りましょう。ちなみに明日はどんな格好をしてくるつもり?」

「一般の方も来る日なので、女子高生の格好をするつもりです!」

「それは――」

 一般の人なのか? 飛鳥井は疑問に思う。
 それに骨董市に女子高生が来るだろうか?
 夕陽の年齢的にその格好自体は問題なさそうだが、骨董市に居たら目立ちそうでもある。

「ほどほどにね」

「はい! 任せてください!」

 飛鳥井はそれ以上夕陽の服装について触れなかった。
 夕陽が東京で見てみたい物があると言うので駅で別れ、それぞれバラバラに帰路につく。
 展示会1日目は静かな幕開けとなった。

    ◇    ◇    ◇

「衣装の領収書です」

 翌日も領収書を提示された守屋は頭を抱え、夕陽の姿を見る。
 深い青色の襟と、若干明るめの青色のリボンをしたセーラー服。服自体は紺色に近く、スカートは青色を主としたチェック柄だった。
 髪型は後ろで1つにまとめたポニーテールにしていて、大きな瞳と相まっていつも以上に幼く見える。

「高校の制服は新しく買ったわけじゃないだろ」

「新しく買いました。
 私の制服の所有は児童養護施設だったので、卒業と同時に返却しています」

「そんなものを何処で買うんだ」

「ネット通販です。
 他にもいろいろな学校の物が売っていましたよ」

 守屋は提出された資料を検める。
 確かにネット通販で購入したらしい。値段はまさかの10万超えだ。
 学校制服だから高いのは頷けるが、だとしても1日のためにこれはやりすぎだ。

「次からは買う前に相談しろ」

「はい、分かりました!」

 夕陽は元気よくそう返した。
 守屋もそれ以上追求するつもりはさらさらないようで、呆れたような表情をしたもののそれきりだった。

 守屋の服装は昨日と同じ。
 飛鳥井は昨日より化粧を薄くして、カジュアルなスーツを着込んでいた。
 仁木は服はかわらないもののきちんと整え、カバンも人混みの中でも動きやすいように小さくしていた。不評だった伊達メガネは外したらしい。

 本日のそれぞれの最初の担当区画を確認。
 展示会場入り口で別れて、各位持ち場へと向かった。

    ◇    ◇    ◇

 担当区画の見回りを終えた飛鳥井。
 ホームページが存在しなかったり、登録されている住所に店舗が存在しなかったりしたブースを回ったのだが、〈ツール〉を取引している様子は無い。
 骨董品を並べて売っているのだが、どれをとっても〈ツール〉には見えない。
 裏に隠しているのかとも疑ったが、1小間は小さく、小規模出展者には隠しておけるスペースが存在しない。

 2日目の午前が終わる頃には、この骨董市で〈ツール〉が取引されるという噂も信憑性が薄くなってきた。
 イヤホンを指で押して通話に切り替え、守屋へと尋ねる。

「業者について何か報告はありましたか?」

『今のところはない』

 感情の無い事務的な応対。
 だがそれもそうだろう。怪しいところは全てチェックしているし、そうではないブースへも目を光らせている。
 
 それも栞探偵事務所だけではない。
 この人混みの中には周辺地域の〈ピックアップ〉に加えて、〈ストレージ〉も〈管理局〉の人間も存在している。
 彼らの目を欺いて〈ツール〉の闇取引など出来るわけがない。

「これからブース一通り巡るわ」

『そうしてくれ』

 またもや感情の無い返答。
 守屋はすっかりこの仕事に対してやる気をなくしてしまったようだ。
 昔はこんなではなかった。

 世に出回った〈ツール〉を全て回収してやる! みたいな使命感に駆られたりはしなかったものの、少なくともやる気は存在した。
 それは巧妙に隠された〈ツール〉を見つけ出して自分の実力を証明したいという、野心に近い物だった。
 結果〈ツール〉発見の功績を挙げ続けた守屋は所長を任されるまでに至り、彼の部下だった飛鳥井も栞探偵事務所所属となった。

 それが今やどうだろうか。
 管理職というのはこんなにも人を変えてしまうのか。
 今の彼が何を考えて行動しているのか、飛鳥井にはさっぱり分からない。

 何かきっかけがあっただろうか?
 彼がやる気をなくすようなきっかけ。
 ――そういえばあの妙な指輪をはめてから、彼が目に見えて仕事の手を抜くようになった気がする。

 飛鳥井の視界の端に、青色の襟をしたセーラー服が入った。
 間違いなく夕陽だ。

「あの子、何をしてるの?」

 エスカレーターを下りながら、階下の様子を写真に収めている。
 そのレンズの先にめぼしい展示はない。移動する人々の姿があるだけだ。

 ――彼女は何の目的があってあんなことを?

 気になって、人混みをかき分けて夕陽の後を追いかける。
 彼女は既に骨董品の並ぶ展示会場へと入っていた。
 その背中に手を伸ばすと、触れるより先に彼女が勢いよく振り向いた。

「どうしました、飛鳥井さん?」

「びっくりした。急に振り向くから」

「ごめんなさい。私、触られるのが苦手なので、近づいてくる人に敏感なんです。
 手を伸ばされたのが分かったので思わず振り向いちゃいました」

「いえ、わたしも声をかけるべきだったわ」

 それから人の流れに従って、2人は揃って歩き始める。
 そこはいかにも古い、骨董品と言うよりは発掘品と呼んだ方がいいのではないかという代物が並んでいる。
 土器の欠片や化石。勾玉や銅剣の破片など、素人目にはゴミなのか歴史的価値のある遺物なのかとても区別出来ない。
 そんな通りを眺めながら飛鳥井は問いかける。
 
「それで、さっきから何をしているの?
 業者の調査とも、品物の調査とも見えないけど」

「変わった人を探していました。
 向こうの区画に居る、黒い帽子をかぶったおじさん見えますか? 小太りの、紺色のスーツを着ている人です」

「あの人がどうかした?」

「多分、保管とか管理とかしてる人です」

 〈ストレージ〉もしくは〈管理局〉の人と言いたいのだろう。
 飛鳥井は彼の姿を目で追ったが、彼は行く先々で骨董品を手に取って確かめている。

「どうして分かるの?」

「胸ポケットにさしてある万年筆、小型カメラがついてます。
 普通の人はそんなもの持ち歩きません」

「そう? わたしもよくつけるわよ」

「飛鳥井さんが探偵だからですよ」

 それを言われて飛鳥井も「確かに一理ある」と頷いた。

「で、身内追いかけてどうするつもり?」

「あの人が何を探しているのか確かめています。
 次のブース、立ち止まりますよ。ほら。
 像を手に取りました。アステカ文明の猿の像ですね。模造品ですが」

「なんで分かるの」

「さっきあの像自体は確認しました。普通の像ですよ。
 でも気になるみたいです。詳しく調べています」

 夕陽は近くのブースに広げられている品を見せて貰う振りをして、横目で男の様子を探った。
 飛鳥井もそれを真似ていると、男は猿の像を置いて店主に礼を言い、その場を離れた。

 直ぐに夕陽はそのブースへと向かい、猿の像を確認する。

「やっぱり普通の模造品の像です」

「だから買わなかったのでしょう」

 飛鳥井の言葉を受けて、夕陽は像を戻すと店主に笑顔を向けてその場から立ち去る。
 少し離れてから会話を再開した。

「それはそうです。
 でもあの人もですが、昨日見つけた同じような所属の人も、動物の像を見て回っていました。
 そういえば、例の牝鹿像も動物の像です。
 昨日買った赤べこも、動物の像と言えなくも無いです。
 ところで覚えていますか? 以前に私が見つけたカエルの置物も、動物の像と呼ぼうと思えば呼べてしまいます」

「そうね。だとしたら――」

 飛鳥井は思案を巡らせた。
 彼らは動物の像を探している。もちろん、それは像を探しているのではない。
 動物の像の形をした〈ツール〉を探しているのだ。

 そしてこれまで見つかった動物をかたどった〈ツール〉はどうなったか。
 牝鹿像は〈ストレージ〉によって回収された。
 カエルの置物は? 〈ストレージ〉が直々に事務所を訪れて回収していった。
 赤べこは、昨日守屋によって直接〈ストレージ〉へ渡された。

「保管局は動物の像を特別視してる?」

「私はそんな気がしてきました。
 と言っても、これは今回の私たちの調査とは関係ないことですけど」

「でも止める気もないんでしょ」

「あら、分かります?」

 夕陽は口元に笑みを浮かべて返す。
 それに対して飛鳥井も微笑んだ。

「好きにしたらいいわ。
 どうせ守屋さんもやる気なさそうだし」

「いえ、仕事はきちんとやりますよ。その上で趣味の調査も行うつもりです」

「そうしてくれると教育係としても気が楽だわ。
 ま、わたしの方が成果0だからとやかく言えないけどね」

「でしたらここから2つ向こうの通りで、国鉄の記念スタンプを買うといいですよ。
 多分、買う価値はあると思います」

「それどういうこと?」

「では私はもう少しだけあのおじさんをつけ回してきますね!
 領収書、貰った方が良いですからね!」

 夕陽は人混みに紛れて先へと行ってしまう。
 飛鳥井は止めようとしたが、夕陽が示した先も気になり、そちらへと足を向ける。

 2つ隣の通り。
 品物も様変わりしていて、レトロ玩具や看板など、昭和の香りのする品々が並んでいた。
 その中に1つ、鉄道関連の品を大々的に並べているブースがあった。
 企業でやっているらしく3小間確保し、販売エリアと裏方のエリアがはっきり分かれている。

「すいません。国鉄時代の物はどちらに?」

「それならここだけです。
 国鉄に興味が? この切符切りばさみは――」

「記念スタンプを見せて欲しいわ」

「でしたらこちらです」

 店番が引っ張り出したのは、プラスチックの箱に収められた判子たち。
 あまり価値あるものとは見なされていないらしい。
 飛鳥井は駅名の判子を避けて、記念スタンプらしき2つを手に取る。

 国鉄ハイウェイバスのスタンプと、駅名が潰れて読めない城の絵が刻まれたスタンプ。
 2つを目を皿のようにして見つめていると、店員が口にした。

「2つで3000円で良いよ。
 バスの方は珍しい物じゃないし、駅記念スタンプは肝心の駅名がつぶれてるから」

「そう? では2つとも頂くわ。領収書貰えるかしら」

 支払いを済ませ、品物と領収書を受け取ると飛鳥井はその場を離れる。
 館内の端に用意されていた休憩スペースの椅子に座ると、カバンの中で口紅を判子へと塗りつけ、それをメモ用紙に押しつけた。

 2と並んだスタンプ。
 妙なところは見つからない。
 指先で触ってみると、先に押した駅名スタンプの方は口紅が指についた。
 しかしハイウェイバスの方は指につかない。口紅は乾燥して固まっていた。

 ハイウェイバスのスタンプを確認。
 押印面を触るが、指に口紅はつかない。完全に乾ききっている。
 再度口紅を塗り、スタンプは押さずそのまま経過観察。
 すると、塗りつけたばかりの口紅が見る間に乾いて固まっていった。

「なるほど。そういうこと」

 飛鳥井はハイウェイバスのスタンプを小さな袋へとしまいしっかりと封をした。
 とりあえず、これで何も仕事をしていないとは言われない。
 ただ夕陽に対する疑念は増した。
 何故〈ツール〉を見つけておきながら回収しなかったのか。
 どこかで問いたださなければならない。

    ◇    ◇    ◇

 その日も喫茶店に集合し、それぞれが成果を報告する。
 闇取引業者は全員発見できず。
 〈ツール〉については飛鳥井だけが提出した。

「印章が早く乾く優れものよ」

「それだけか?」守屋はぱっとしない顔で問う。

「それだけ。不満?」

「いいや。なくさないで持って帰れよ。
 報告書は明後日以降で良い」

「守屋さんの方で保管局へ持って行ってくれないの?」

「数日個人管理して問題のあるものとは思えない」

「ごもっともね」

 飛鳥井は寸前まで出かかった「赤べこもそうでしょ」という言葉を呑み込んだ。
 それから守屋は解散を告げて、会計をするためレジへと向かう。

 飛鳥井も立ち上がると、夕陽と共に喫茶店を出た。
 「今日も楽しかったですね」と笑う夕陽へと、飛鳥井は問う。

「2つほど質問あるけど、良い?」

「はい。構いませんよ。
 1つは他の人の調査能力を試したかったからです。最終日まで放置されたら誰かに回収されるのか。誰にも回収されないのか確かめるつもりでした。
 でもどうせ最終日には回収するつもりだったので、飛鳥井さんから守屋さんへ渡して貰った方が良いと判断しました。

 2つめですが、頼めばスタンプ押させて貰えます。
 あの箱の中身全部で2万円くらいの相場ですから、大したものではありません。
 押したら直ぐに気がつきます。
 一般的な顔料インクの場合乾くのに30秒はかかるはずですが、あのスタンプだけ10秒かかりませんでしたから」

 笑顔のまま説明する夕陽に対して、飛鳥井は唖然として言った。

「まだ質問していないわ」

「あら? 別のことが知りたかったですか?」

「いいえ、今の答えが知りたかった」

「それは良かったです。お役に立てたようですね」

 夕陽は屈託のない笑みを向けた。
 飛鳥井はそれを正面から直視できずやや視線を逸らす。
 何を考えているか読み切れない笑顔の裏で、夕陽は何時だって思考を巡らせている。

 この子の目的は?
 問いに対する答えは明確だ。
 ――本当のことを知りたい。

 いつだって夕陽を動かしているのはそんな分かりやすい目的だ。
 だが〈管理局〉の人間を追いかけ、〈ツール〉の謎に迫ったところで、彼女が最も知りたいであろう、”自分自身が何者なのか”について答えは出るのだろうか。
 飛鳥井にはそうは思えなかった。

「ヒトミちゃん、ちょっとユウヒちゃん貸して貰っても良いか?」

 考え込む飛鳥井へと仁木が話しかける。
 夕陽は嫌そうにはしていなかったので、「どうぞ」と口にして少し彼女との距離をとった。

 飛鳥井と夕陽の間に仁木が割って入り、彼は夕陽へと問いかける。

「なあユウヒちゃん。明日なんだけど、業者の調査一通り終えたら一緒に行動しないか?」

「ええと、つまり、このままだと3日間で成果0になってしまうので手伝って欲しいと言うことですか?」

「おっ! 話が早い!
 つまりそういうことだ!」

「もう見つけやすいものは一通り買われてしまったので、明日まで残っているか分かりませんけど、一緒に見て回るのは構いませんよ」

「よっしゃ! なに、心配ない! ユウヒちゃんならきっと活躍できるって!」

 他力本願な奴めと、飛鳥井はじとっとした目で仁木を見たのだが、彼がその視線に気づくことは無かった。

「ちなみに明日の格好は?」

「大学の考古学サークル新入生という設定で行くつもりです!
 仁木さんはOB役をお願いしますね!」

「そりゃあいい、任された!

 上機嫌の仁木は夕陽の肩へ手を置こうとするが、夕陽はそれをしなやかな動きで回避。
 飛鳥井はすかさず彼の脇腹を小突いて「嫌がってるのに触ったらセクハラよ」と厳しく言いつけた。
 飛鳥井を怒らせれば小突かれただけで肋骨を砕かれると認識している仁木はすっかりボディタッチを諦めて、「明日はよろしく!」と元気よく挨拶して駅のホームで別れていった。

「嫌なら断っても良いのよ」

「嫌じゃないですよ。
 明日も展示会が楽しみですね!」

 楽しみなのは事実のようで、夕陽は満開の笑顔を見せていた。
 2人は電車に乗り、夕陽はまた東京で寄っていきたい場所があるらしく途中で別れた。
 展示会2日目も、特段大きなトラブルは起こらず無事に終了したのであった。

    ◇    ◇    ◇

ツール発見報告書
管理番号:TK00066
名称:動体追尾赤べこ
発見者:淵沢夕陽
影響:C
保管:D
特性:付近で動いている物へ若干の指向性を示す

管理番号:KK00289
名称:速乾性スタンプ
発見者:飛鳥井瞳
影響:D
保管:D
特性:押した物が早く乾く

  
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