第37話 襲撃②

文字数 4,272文字

 払い下げられた中古のソ連製兵員輸送車両に揺られて、小谷川あさひは自分の置かれた状況が非常にまずいことになっていると気がついた。

 同じ車両に乗る飛鳥井は平然と拳銃を取り出して整備しているし、同じく隣に座った鴻巣という女性も弾倉に拳銃弾を装填している。

 こいつらは普通じゃない。
 1人だけ私服姿のあさひは完全に浮いてしまっていた。

『これはなんでありましょうか?』

 イナンナが飛鳥井の手にした拳銃を示して問う。

「火薬の力で弾を撃ち出す武器。
 ――指だけで撃ち出せる超高性能な小型弓矢って言った方が分かりやすいかも」

『ほう。武器でありましたか。
 随分見た目が変わったものですな』

「イナンナの生まれた時代からするとそうだね」

 全く人類というのはとかく武器に関しての進歩は著しい。
 イナンナにはきっと、現代には1発で1つの国を焼き尽くせる武器が存在するなどと理解できないだろう。

「イナンナが見てるの?
 これ、〈ツール〉化出来ない? 銃弾がなくならないとか」

 飛鳥井が提案する。
 武器の強化などに加護を与えられるものかと、あさひははなから否定的な態度をとったが、一応念のためにイナンナにも確認をとっておく。

「その武器に加護を与えられるかってさ」

『弓矢をでしょうか?
 でしたら、間違っても家畜に矢が当たらないように、牛よけの加護を授けましょうかしらん?』

「牛に弾が当たらないように出来るって」

 イナンナの言葉をかみ砕いて伝えると、飛鳥井は不服そうに「その特性は必要ない」と返した。

 全くどいつもこいつも加護をなんだと考えて居るんだ。
 神から授けられた力の一部なんだぞ。
 それを武器の強化に使おうだなんて発想がそもそもの間違いなんだ。

 文句の1つでも言ってやろうと考えたあさひだが、周りの面々の様子を見て諦める。
 誰も彼も武器の手入れを行っている。
 これからこの車両は敵が本拠地にしている研究所へ正面から突っ込んでいって騒ぎを起こすらしい。
 正直頭がおかしいんだと思う。
 あさひにはその行為について微塵も理解できない。

 されどそんな車両に押し込められてしまっているのは事実。
 〈ドール〉――あさひに言わせれば神の遣いだが――の姿が見えるからと言う理由で、同行を強要された。
 確かに見える。もし相手が〈ドール〉を所有していれば、あさひの目にははっきりと映るだろう。

 しかし問題はそこではない。
 ここに居る彼らが言うには、相手も銃で武装しているらしい。
 そんな物騒な連中相手にして、一体〈ドール〉を所有しているのが分かったからどうだというのか。

 一体あさひの身は、誰が守ってくれるのか。
 あさひは手渡されたうっすい防弾チョッキの性能を信じることも出来ず身につけていなかったが、突入間近となって慌てて身につけようと試みる。
 しかしサイズが合わなかった。
 身長に対して大きすぎる胸のせいで、どう頑張っても身につけられない。

「バカげてる……」

「だから出発前に身につけろって言ったでしょ」

「だって! こんなの必要になるって思わないよ普通!」

「必要ないなら渡さないわよ。
 それ、中身抜いたら?」

 飛鳥井の言葉にあさひは何を言っているのかと反論する。

「中身抜いたら防弾チョッキの意味ないですよね。と言うか抜けるものなの?」

「そっちじゃなくて、それよ」

 飛鳥井の指はあさひを示していた。
 正確にはあさひの胸元だ。

「何を抜けと?」

「知らないけど、何か詰めてるでしょ。
 身長に対して大きすぎるわ」

 その発言にはあさひもイラッときた。
 自分だって好きで大きくしたわけじゃない。気がついたら勝手に大きくなっていたのだ。

「何にも詰めてないです!
 抜けるならとっくの昔に抜いてますよ! こんなもの邪魔でしかない!」

 怒ったあさひは防弾チョッキを放り投げた。
 それでも不安が勝り、イナンナを呼び出すと彼女へと問う。
 加護がどうとか言っていられない。命がかかっているのだ。

「ねえイナンナ。
 例えばだけど、この服をもの凄い丈夫に出来たりしない?
 怒り狂った巨大な水牛が突撃してきたり、農作業中に鎌が飛んできたりしても傷1つ無いくらいに」

『お任せ下さいませ』

 出来るんだ、とあさひはむしろ驚いて、早速加護の付与をお願いする。
 あさひの身につけていた服はまんべんなく加護が与えられ、どれも水牛が突撃してこようが大丈夫なくらいの強度が与えられた。

 ものは頼みようだなとあさひは内心で笑う。
 飛鳥井の銃だって、害虫を精確に打ち抜ける弓にしたいとか言っておけば、イナンナはきっと加護を与えられたはずだ。

 あさひはイナンナを顔の間近まで寄せると、小声で彼女とやりとりを始める。
 作戦開始までに、自分の身を守る術を用意しておかなければならない。

    ◇    ◇    ◇

 夜も更け、明かりのない山中は闇に閉ざされた。
 聞こえてくるのは虫と鳥の鳴き声。時折獣の声も響く。

 飛鳥井達の車列は、そんな山中の闇を切り裂き、隠れることもなく真っ直ぐにスーパービジョンの研究所を目指す。
 その車列先頭が研究上へと通じる唯一の橋にさしかかったところで、強烈な明かりの照射を受ける。

 地図には登録されていなかった橋の両側に建てられた監視塔から、照射灯が向けられている。
 更に備え付けられたスピーカーから車列の接近に対して警告が為される。
 それ以上近づけば攻撃する、と。

 当然車列は止まらない。
 なおのこと速度を上げて爆走。
 警告後直ぐに放たれた機銃弾をものともせず、装甲輸送車両は橋へと突っ込んでいく。

「対戦車ロケット!」

 先頭を走っていた、飛鳥井達の乗る装甲輸送車両の見張り員が叫ぶ。
 監視塔から放たれたロケットは真っ直ぐ車両へと飛来した。

「待避!」

 飛鳥井は叫び、硬直しているあさひの首根っこを捕まえて後部ハッチから飛び出した。
 対戦車ロケットは装甲輸送車両正面装甲に直撃し、メタルジェットによって装甲を穿った。
 複合材料の装甲は噴流を押しとどめたが、それはエンジンまで到達してしまい、動作不良を起こした車両は黒煙を上げて停止する。
 飛鳥井達は停止した車両を盾にして隠れた。
 次々に後続の車両が現れ、それらを遮蔽物として戦線を上げていく。

「ちょっと! どういうこと!?
 なんで日本で対戦車ロケットが飛んでくるのよ!」

 1人あさひだけは状況について行けずに素っ頓狂な声を上げた。

「飛んできたものは仕方がないでしょ。
 わたしの後ろに。
 生物は大丈夫なはずだけど、一応視界に入らないで」

「は? なんでよ」

「なんででも」

 飛鳥井はメガネを外すと、左目のカラーコンタクトを外す。
 左目を手で覆い隠して鴻巣へと声を投げる。

「手前の監視塔潰すわ」

「〈砂の目〉の使用申請は出していないはず」

「この状況でそんなこと言っていられないでしょ。
 ――なんで知ってるのよ」

「私はまだ公安を離れてない」

 告げられた言葉に飛鳥井は思わず左目を覆っていた手をどけそうになる。
 鴻巣は、兄の事件の真相を知るために、公安を離れてGTCのリーダーに鞍替えしたはずだ。

「そんなの聞いてないわよ」

「〈アナリシス〉の備品を怪力で壊してクビになったバカな調査員には伝える必要がないもの」

「なんですって!
 あれは備品が脆かったのよ。わたしを追い出すために仕組まれた罠よ!」

「言い分は分かった。
 使うなら早く使って」

 鴻巣は飛鳥井が〈アナリシス〉から外された詳しい理由に興味を示さず、この膠着状態を抜け出せるのなら使用許可を得ていない〈ツール〉だろうが構わず使えと無感情に告げる。

「自分勝手な奴。
 だからあんたは昔から嫌いなのよ。
 援護して」

 鴻巣は頷くと、フラッシュグレネードを投擲。
 強烈な閃光が瞬き、スーパービジョンの目を潰す。
 同時に飛鳥井が装甲車両の後ろから姿を現し、左目を覆っていた手を下げる。

 琥珀色の義眼。
 公安によって回収され、超危険〈ツール〉と認定された〈砂の目〉。
 それは視界に入った無生物を、砂塵へと変貌させる。

 飛鳥井は左目で監視塔を直視した。
 コンクリートで固められた監視塔は壁面から砂と化し、上部構造物を支えきれなくなった塔は崩壊する。
 崩れた塔も砂塵と化し、鉄骨の主柱も、スーパービジョンの所有していた武器類も、全て砂となって溶けていく。

「もういい。橋まで崩れる」

 鴻巣が声をかけると、飛鳥井は目をつぶって〈砂の目〉による攻撃を停止。
 有機物のフィルター処理をされたカラーコンタクトを装着し、その上から同じように有機物の膜を張られたメガネをかける。

 直ぐに鴻巣は部下へと攻撃命令を下し、GTCとブラックドワーフの構成員達が、輸送車両を前進させて橋へと迫る。
 強固な盾であった監視塔と、武器を失ったスーパービジョンの兵士達は丸腰のまま橋を渡って対岸の監視塔へと向けて逃げ出していた。

 輸送車両の元に残っていたのは飛鳥井とあさひの2人。
 あさひは飛鳥井へと尋ねる。
 
「どんな加護を与えたらそうなるのさ。
 というか、もう視界に入って大丈夫?」

「蓋したから大丈夫。
 わたしたちも進むわよ。
 あなたしか〈ドール〉を発見できないんだから」

「行くけど、ちゃんとボクを守ってよね。
 まあその目があれば大丈夫だよね。銃弾だって砂に出来るわけだし」

「熱持って耐えられないからしばらくは使わないわよ」

 しれっと言われて、あさひは立ち上がりかけた腰を落とす。

「じゃ、じゃあ危ないじゃないか!
 どうやってボクを守るつもりなの!」

「安心して。これがあるわ」

 飛鳥井は肩から提げていたブックカバーから、1冊の分厚い本を取り出す。
 英語でタイトルが記された古風な本。

「それも、特別な加護が?」

 あさひの質問に、飛鳥井は自信を持って大きく頷いた。

「ええ。
 これは〈鉄の書〉。
 背表紙がもの凄く固いのよ」

 うん?
 あさひが疑問を抱くのもつかの間、飛鳥井は容赦なくあさひの首根っこを掴み無理矢理立たせると、片手で彼女の身体を持ち上げて先行した鴻巣達の後を追い始めた。

 それから間もなくして、あさひが飛鳥井の言葉の意味と、それが何を示すのか理解する。

「バカ! 単細胞! 降ろして! 無茶だって!
 背表紙が固い本って、タダの使いづらい鈍器でしょ!!
 考え直して!」

 あさひの懇願は無視されて、飛鳥井は彼女を担いだまま前線へと駆け込んだ。

    ◇    ◇    ◇

ツール発見報告書
管理番号:TS00011
名称:鉄の書
発見者:不明
影響:S
保管:B
特性:映った非生物を砂に変える

 
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