第16話 裏切り者

文字数 5,305文字

 スーパービジョンとGTCの抗争は、〈管理局〉が介入を開始すると終わりを告げた。
 彼らの逃げ足はすさまじく、〈管理局〉が踏み入ると同時に一目散に逃走。
 〈管理局〉側も追撃を仕掛けたが、捕らえられたのは下っ端ばかり。
 スーパービジョンについてもGTCについても、めぼしい情報は得られなかった。

 〈管理局〉側から〈情報統制局〉が出動し、警察が現場へと干渉するのを押しとどめる。
 その間に〈ピックアップ〉へと、現場に残されているであろう〈ツール〉の回収が命じられた。

 倉庫に戻ってきた守屋。
 彼は仁木と飛鳥井の姿を見つけると歩み寄った。
 仁木の方は乱闘に巻き込まれたらしく服は汚れ怪我をしている。だが軽傷のようで表情はけろっとしていた。
 飛鳥井に関しては完全に無傷。
 服の乱れもなく、彼女にとって今回の相手程度なら楽勝のようだ。
 2人の無事をその目で確認して、守屋は指示を伝える。

「2人とも無事だな。
 上から〈ツール〉の回収を命じられた。警察の介入は1時間は抑えておけるそうだ。
 可能な限り回収してくれ」
 
 だが2人は直ぐに命令に従わず、守屋が1人でやって来たのに疑問を感じる。

「キヨ。ユウヒちゃんは先に回収へ向かったのか?」

 仁木の問いかけ。飛鳥井もその質問への回答をせかすように守屋を睨む。
 守屋は答えた。

「いいや、見つかってない。行方不明だ」

「行方不明?
 オーナーに連絡して、場所特定して貰えませんか?」

「スマホの電源が切られているらしい。
 とにかく、淵沢については後だ。まずは〈ツール〉の回収を優先してくれ」

「部下より〈ツール〉探しを優先しろと?」

 飛鳥井が目を伏せながら問いかけた。
 回答によっては所長相手でも殴るという凄味をきかせている。
 そんな彼女の態度を見ても尚、守屋は平然と返す。

「そういう組織だ。
 お前だって理解しているだろう」

 返答に飛鳥井はむすっとして、きつく一瞥して見せたが頷いた。

「そうね。納得はしないけど、命令なら従うわ。
 直ぐに済ませましょう」

 仁木も指示に従い、俵原商会の箱を開けてまわって〈ツール〉らしき物を探す。
 数点それらしいものが見つかり、それらは梱包されて仁木のカバンに詰め込まれる。
 約1時間の捜索を行ったが、今回の事件の発端である“水牛の像”は発見されなかった。
 そして1時間経っても、夕陽は戻ってこなかった。

「撤収だ。
 先に事務所へ戻ってくれ」

「人が悪いぜ。
 ユウヒちゃんを探すんだろ? 手伝うよ」

 仁木は笑って告げるが、守屋はかぶりを振った。

「いいや。上からの命令で1人で残れと言われた。
 お前達が残ってたら問題になる。だからさっさと事務所に戻るんだ」

 その指示に飛鳥井が眉根を潜め、守屋へと詰め寄る。

「その指示本気なの?
 この状況で守屋さんだけ残す意味は?」

「命令は命令だ。従うしかない」

「――何を隠しているの?」

 飛鳥井は守屋の間近まで迫り、〈鉄の書〉に手をかけて問いかけた。
 だが暴力をちらつかされても守屋は揺るがない。
 彼は真っ直ぐ飛鳥井を見返して毅然と答えた。

「何も隠していない。
 ただ、もし明日になっても自分が事務所へ戻らなかったら、その時はお前からオーナーへ連絡してくれ」

「どういうこと?」

 守屋は何かを隠している。
 そして、彼自身も危険に巻き込まれる可能性がある。
 飛鳥井は全て包み隠さず話すようにと顔を寄せたのだが、守屋は決して口を割らない。

「説明はしない。
 とにかくお前達は帰れ。
 あとのことはこっちで始末をつける」

 飛鳥井は訝しむように守屋を睨み、仁木も不満を露わにしていた。
 されど2人とも、〈管理局〉がどういう組織なのか。1度出された命令がどのような意味を持つのかよく理解していた。

 守屋が上から残れと言われた以上それは絶対だ。
 同じように、1人で残れと言われたのだから飛鳥井と仁木が残るようなら問題になる。
 〈管理局〉は命令無視を軽く扱ってはくれないだろう。
 彼らが政府の機密機関であるのは間違いないのだ。

「納得も理解も出来ない」

 飛鳥井は言う。
 守屋は頷いて同意を示し、されど厳しい口調で告げる。

「しなくて構わない。
 それでも命令は命令だ」

「22時までは事務所で待つわ。
 やること終わったら連絡して」

 一方的に言いつけて、守屋が返答しないのを見ると飛鳥井は踵を返した。
 仁木も別れを告げることなく飛鳥井に続いて倉庫から出て行く。

 2人の背中を見送って、守屋はため息をついた。
 この問題は守屋1人で解決しなければいけない。
 いずれ決着をつけなければいけないことだった。
 だと言うのに守屋は問題を先送りにし、その結果、部下を自分の手で殺すことになった。

 たとえその相手が憎たらしいアホ女だとしても、死ぬ必要のない人間を殺したのだ。
 守屋はこの件について全て自分で責任をとるつもりだった。
 たとえ自らの命を捨てることになっても。必ず。

    ◇    ◇    ◇

 守屋が倉庫を出ると、暗雲が空いっぱいに広がり、大粒の雨粒が地面を叩いていた。
 濡れるのも気にせず指定された場所へと向かう。
 廃工場に入り、その北西側の通用口から外へ。
 通りの向こうに建設中の倉庫があった。
 中規模の倉庫で、今日は工事が休みらしく人の気配はない。

 入り口のパネルは人が1人通れる程度に開けられている。
 守屋は迷わず中へと入り倉庫へ。
 真っ直ぐに進み、奥の区画に通じる扉を開けた。

 殺風景な景色が広がっていた。
 塗装も何もされていないむき出しの倉庫。
 等間隔に柱が並んでいて、奥の方に工事用の資材が積まれている。
 それだけの場所だった。

 倉庫内には雨粒が仮設の天井を叩く音と、守屋の足音だけが響いていた。

 守屋は倉庫の真ん中まで進むと口を開く。

「約束通り来たぞ」

 声が倉庫内に反響する。
 だが相手からの反応はない。守屋はその場でしばらく待った。
 やがて唐突に倉庫奥の柱の陰から声が響く。

「部下は帰ったようだな」

 落ち着きのある年配の男の声。
 彼は柱の陰から姿を現す。
 スーツを着て両手に白手袋をはめた40代後半くらいの男。小太りで、髪には白いものが混じり始めている。
 大きなメガネをかけた表情は穏やかそうに見えるが、そんなのは外面だけ。
 守屋は彼の本質が、金への執着と他人への支配欲に満ちた醜い人間だと知っている。

 〈ストレージ〉関東支部副部長、堤。
 彼は守屋を支配し、〈ツール〉横流しを強要してきた。

 守屋は彼に対して敵意を隠すことなく告げる。

「こっちだって暇じゃない」

「分かってる。
 ともかくご苦労だった。
 ”水牛の像”は持っているな?」

「その前に淵沢の死体について知りたい。
 もう処分したのか?」

 堤は首を横に振る。

「まだ手をつけていない。
 何、あの場所は騒ぎのあった倉庫から離れている。
 後でスーパービジョンの連中に処理させる」

 スーパービジョン幹部。それが堤の裏の顔だった。
 〈管理局〉の裏切り者だ。
 彼は〈ストレージ〉でありながら、〈ツール〉をスーパービジョンへと横流ししている。
 だが恒久保管庫から〈ツール〉を持ち出せばその罪は簡単に露見する。

 だから守屋など〈ピックアップ〉を支配下に置き、発見された〈ツール〉を未回収として処理し、裏でスーパービジョンへと渡していた。
 見返りは高額な報酬金。
 これまで守屋が発見した〈ツール〉もいくつか、調査はしたが見つからなかったと報告書に嘘を書いて堤へと渡されていた。

「それで、“水牛の像”は?」

 重ねて堤が問うと、守屋はカバンの中からそれを取り出す。
 大きな2本の角と、突き出した首回りが特徴的な、赤茶色をした水牛の像。

 守屋は問う。

「渡す前に、これがなんなのか知りたい」

「お前が知る必要はない。
 お前はただ回収しろと命じられた物を持ってくればそれで良い。
 これまでと同じようにな」

 回答を拒否されて、守屋は目を細めて堤を睨む。

「言うことを聞くだけなのは楽で良い。
 だがいい加減、本当のことを知りたくなった。
 どうして“水牛の像”にこだわる。
 何故、淵沢夕陽は死ななければならなかった?」

 僅かな沈黙。
 されどやはり堤は質問に答えない。

「重ねて言う。
 お前が知る必要はない。
 ただ”水牛の像”が必要。それだけのことだ」

「だったら」

 守屋は”水牛の像”を持った手を前に突き出し、指先だけで支えたそれを傾けてみせる。
 “水牛の像”はギリギリ落下しない位置で止まった。だがそれは、守屋が意思次第で簡単に落下することを意味する。

「答えないならこのまま床に落とす」

「命令だ。“水牛の像”を壊してはならない」

 堤は低い声ではっきりと告げた。
 その瞬間、守屋は像を手のひらでしっかりと支える。

 命令に従わざるを得ない守屋。
 その姿を見て、堤は勝ち誇ったように手袋をしたままの左手を前に突き出す。

「お前は利口だ。
 〈契約の指輪〉のルールは分かっているだろう。
 この指輪が存在する限り、お前は私の命令に従わなくてはいけない」

 舌打ちする守屋。
 ――〈契約の指輪〉。守屋と堤の左手にそれぞれ存在する、2つで1組の〈ツール〉。
 指輪を身につけた者同士は、交わされた契約に従わなければいけない。
 守屋は決して堤の命令に逆らえない。
 逆らえば、即座に〈契約の指輪〉によって命が奪われる。
 どちらかが死ぬまで指輪は外せず、契約は続く。

「それでいい。像を――」

 堤が次の命令を口にしようとした刹那、守屋は口元に笑みを浮かべ、”水牛の像”を堤へ向かって投げつけた。
 放物線を描く“水牛の像”。

 堤があっけにとられているうちに守屋は拳銃を引き抜き――

「動くな」

 堤の声が轟いた。
 怒りを秘めた声。咄嗟に守屋は銃を手にしたままの状態で静止する。
 まだ照準を合わしていない。指もトリガーにかかっていない状態だ。
 ここで動けば死ぬことになる。
 それでは無駄死にだ。堤と差し違えられる可能性は0に等しい。

 堤は投げつけられた“水牛の像”を両手でしっかりと受け止めていた。
 それから穏やかだった表情を一変させ、憤怒の形相で守屋を睨む。

「お前がここまで愚かだとは思わなかった。
 いいか。銃の引き金には決して触れるな。もう動いて良い。銃を床へ置け。蹴ってこちらへ寄越すんだ」

 命令が重ねられ、守屋は指示に従い拳銃を堤の足下へと蹴って渡した。
 命をかけた作戦は失敗した。
 敵意を見せた以上、堤は守屋を許すことはない。

 だが守屋はそれでも良いかと考え始めていた。
 死んでしまえば、堤の命令に従い自分の意に反する行動をとる必要はなくなる。

 それにこれは罰だ。
 部下をこの手で始末した。
 許されるはずなどない。当然の報いを受けるだけだ。

「なんだこれは――」

 堤の焦ったような声。
 ――ようやく気がついたか。
 守屋は顔を上げて彼の顔を見た。

 堤は慌てて右手の手袋を外し、“水牛の像”を触って確かめる。
 そんなことしなくても違和感は明らかだっただろう。
 その像はあまりに軽く、柔らかい。

「どういうことだ!!」怒りに満ちた堤の声が響く。

「触れば分かるだろう。
 それは樹脂製の像。塗装で土器に見えるように加工された模造品だ」

「どうなってる!
 本物は何処へやった!! 命令だ、本当のことを話せ!!」

 守屋は一息つき、本当のことを話す。

「分からない。
 だが間違いなく淵沢夕陽が持っていたのはその像だ。
 恐らくだがあいつが自作したのだろう。
 間抜けを罠にかけるために。
 そしてバカな男が2人、その罠にまんまと引っかかった。

 本物はGTCが持ち去ったか、淵沢がどこかに隠したか、はなから本物などあの倉庫には存在しなかったか。
 今となっては誰にも分からないな」
 
 ”本当のこと”をきいて、堤は怒りで顔を赤く染め、手にした”水牛の像”を床へとたたきつける。
 柔らかい樹脂で作られた像はそれでも壊れることなく、床を跳ねて倉庫の隅へと転がった。

 堤はゆっくりとしゃがむと、守屋の拳銃を拾い上げる。

「お前は便利だから使ってやっていたが、もう生かしておく理由もなくなったな。
 命令だ。その場を決して動くな」

 堤は拾い上げた拳銃の薬室を確認。
 既に実弾が装填されているのを確かめ、守屋へと銃口を向け、安全装置を外した。

 守屋は真っ直ぐに銃口を見つめる。
 これは報いだ。
 自分が淵沢夕陽へ行ったことが、そのまま自分に返ってきた。
 それだけのことだ。
 同じ最後を迎えられるのなら、それでも構わない。

 守屋は全てを諦め、引き金が引かれるのを待った。

 だが唐突に、あまりに場違いな、間の抜けた底抜けに明るい女の声が響いた。

「生かしておく理由ならあると思いますよ?
 何故なら私は、守屋さんの質問にはそれなりに回答する気があります。
 ”水牛の像”の行方。知りたいですよね?」

 工事用資材の陰から姿を現した淵沢夕陽は、手にした拳銃の銃口を堤へと向けたまま、ゆっくりと歩いて堤との距離を詰めた。
 相対距離5メートルまで近づくと、彼女は大きな瞳をキラキラと輝かせて満面の笑みを浮かべる。

「これで形勢逆転ですね」

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