第35話 オーナーからの指令③

文字数 6,879文字

「神柱返して!」

 夕陽の姿を見てあさひが声を上げる。
 彼女は夕陽をとっ捕まえようとしたのだが、守屋に制されて、そのまま飛鳥井に捕らえられた。

「ちょっと! 何で邪魔するのさ!」

「後にしなさい。
 逃げやしないわよ」

 飛鳥井にたしなめられてもなおあさひは藻掻くのだが、飛鳥井の細身の身体からは想像できないほどの怪力に押さえ込まれ、身動きとれなかった。

「後で返すと約束しました。
 私、約束は守りますよ」

 そんなあさひへと夕陽は笑顔を見せて、まず守屋へと話したいことがあるのかと首をかしげてみせる。

「この建物はスーパービジョンに見張られているはずだが、どうやって入ってきた?」

「〈ツール〉を使いました。
 2つ1組で、〈ツール〉の存在する部屋同士を繋げます。
 1つは私の潜伏先に。もう1つは――」

 夕陽が指さしたのはあさひだった。
 あさひは思い出したように、カバンにしまっていた神柱の贋作を取り出す。

「小谷川さんに預けておけば、飛鳥井さんのところまで運んでくれると信じてました」

「な、何してくれたの!?!
 これも贋作とは言え祖父の形見だし歴史的遺物なんですけど!」

「後で無効化しますよ」

 夕陽はけろりと述べてあさひの抗議を一切受け付けなかった。
 そんな夕陽を守屋は一瞥して問う。

「〈ドール〉については調べられたのか?」

「はい。イナンナのおかげで。
 いろいろと面白い話を聞けました」

「例えば?」仁木がおどけて問う。

「そうですね。
 〈ツール〉を産み出すには信仰が必要です。
 でもその信仰は一神教とは相性が悪い。
 それこそ日常の道具にまで神が宿ると信じる日本は、〈ドール〉にとって都合が良かったようです」

 面白いでしょ、と夕陽は笑った。
 守屋は問いを重ねる。

「お前の〈ドール〉については?」

「この子ですか?」

 夕陽は右手を前に出して、人差し指を1本ぴんと立てた。
 守屋には〈ドール〉の姿は見えない。
 しかし机の上のスタンダードに触れているオーナーと、イナンナと信仰の契約を交わしたあさひにははっきりと見えた。

 顔の半分ほどある真っ黒な瞳。横に大きく裂けた口。
 髪は黒く、頭に冠のような飾りをつけている。
 服装は真っ黒な布きれをローブのように纏っている。

 イナンナと比べて禍々しいその姿を見て、思わずあさひは短く悲鳴を漏らし、半歩下がって飛鳥井の後ろに隠れた。

「この子についても教えて貰えました。
 ただ、結局私が何者なのか、と言う疑問に答えは出ていません」

 困ったものですと夕陽は笑顔のまま言って、それからカバンから石の柱を取り出す。
 神の遣い、イナンナの神柱。

 夕陽は左手に持ったそれを守屋へと差し出す。
 あさひが取りに行こうとしたがそれは阻止され、神柱は守屋の手に渡った。

 しっかりと両手で神柱を持つと、そこから光が溢れ、身長30センチほどの、人形のような存在が姿を現す。
 金色の髪に、花弁をかたどった髪飾りと三角形の帽子。
 目は閉じたままで口もつぐんだまま。
 右の肩を露出して、クリーム色の巻衣を纏っている。

「これがイナンナか?」

 守屋は口にするが、イナンナは反応しない。

「意思疎通できると聞いたぞ」

「出来ますよ。
 聞き方が悪いんです。
 ね、イナンナ」

 あさひが声をかけるとイナンナは目をぱっちり開いて、あさひの方を見て一礼した。

『これはあさひ。
 お呼びでございましょうか?』

 イナンナが口を開いて喋って見せた。
 それを守屋はぽかんとして見ているだけで、あさひへと尋ねる。

「口が動いたが、なにか喋ったか?」

「喋ったでしょ。
 聞こえてないの?」

 守屋は聞こえてないと告げる。
 仁木も飛鳥井もそれに続き、オーナーも「あたしにも聞こえなかった」と意志を示した。

「んー?
 信仰の契約を交わしてない人間には姿が見えても声は聞こえない?
 あれ? でもそれだと飛鳥井――淵沢夕陽にも聞こえないはずじゃ」

「私はいろいろと変わった状況にあるようです。
 この子とも信仰の契約を交わせていません。
 依り代が私自身なので、祭壇に自分を捧げるわけにもいきませんし。そうでしょう?」

 あさひも夕陽の言葉にそれはそうかもと頷いたが、結局夕陽にイナンナの声が聞こえる理由が何も説明されていないと不満を漏らす。
 その間に飛鳥井と仁木も神柱に触れる。
 依り代に触れたことで、2人にも〈ドール〉の姿が見えるようになった。

「へえ。本当に見えるんだな。
 触ったら――触れないのか」

 仁木はイナンナに触れようとするが、伸ばした手は彼女の身体をすり抜けた。
 飛鳥井もイナンナを、そして夕陽の〈ドール〉を見て、それからオーナーの〈ドール〉を確認する。

「全部姿が違うのね」

「神の遣いにはそれぞれ役割があるそうですから――って、素手で触るの止めて下さい。
 歴史的遺物です。
 それにボクのものです。返してくださいよ」

 あさひが神柱へ手を伸ばすが、飛鳥井に頭を押さえられてそれ以上進めない。
 守屋は渡して良いか思案した。
 しかしイナンナと意思疎通できるのは夕陽とあさひだけ。
 夕陽に神柱を持たせるよりかは、あさひに持たせた方がややこしいことにならないからと、渋りながらも神柱を返した。

「もう! ほんの少しの皮脂でも影響があるんですよ!」

 あさひは手袋をした手で神柱を受け取り、表面を観察して石柱の表面に劣化が無いか確かめると、後でしっかり手入れしないとダメだと結論づけて、丁寧に梱包してカバンにしまい込んだ。

「これで小谷川さんとの約束は守りました。
 では柳原オーナー。私たちの話を始めましょう。
 ――ところで、〈ドール〉を所有しているなら、どうしてもっと早くにその存在を教えてくれなかったんですか?
 〈ツール〉がどうやって産まれるか尋ねたとき、知らないと答えましたよね?」

「機密事項を何も知らないお嬢ちゃんに教えるわけにはいかない立場でね」

 オーナーが不満があるのかと問うように威圧的に言うと、夕陽はにっこり微笑んだ。

「ええ。違いないです。
 私も自分について話さなかったのでお互い様ですね。
 では本題に入りましょう。
 ええと、柳原オーナーはスーパービジョンの笹崎と戦ってでも〈ツール〉と〈ドール〉を回収すると決断されたのですよね?」

 あさひを一旦横にどけて、夕陽はオーナーへと問う。

「そうだね。
 もちろん、それにはあんたの協力が必要不可欠にはなるが、手を貸してくれるんだろう?」

「ええ。その点は間違いなく。
 笹崎さんの居場所に心当たりはありますか?」

 問いかけに対して、オーナーは守屋へと資料を出すように合図する。

「こっちで怪しい場所を調べた。
 と言っても監視されてたから外部の人間を使った調査だが。
 とにかく、8年前の実験――人体ツール化計画だな。あれが実際に行われたとして、その時期に廃棄された〈管理局〉絡みの施設を調べた。

 ちょうど8年前。旧発電所の撤去作業が行われていた。
 現地の調査もさせたが、建物の基礎程度しか残ってなかった」

「それだけですか?」

 守屋が一度言葉を句切ったので、続きを催促するように夕陽が尋ねた。
 守屋は咳払いして先を話す。

「撤去に携わった業者を調べた。
 業者情報は隠蔽されていたが、発電所跡地の建物を外部から秘匿しつつ解体出来る業者は限られる。
 〈管理局〉絡みの仕事を引き受ける業者に絞り込んで、ここ8年以内でそれら業者が手をつけた施設を調べた。
 その一覧がこれだ」

 守屋は紙の資料を手にして見せた。
 夕陽が興味津々といった様子で瞳をキラキラと輝かせたのだが、オーナーが手を差し出すと守屋はそちらへと資料を差し出す。
 資料はオーナーによって机の上に広げられる。

「多いね」

「ええ。
 絞り込みはこれからですか?」

 オーナーの言葉に夕陽も賛同し、守屋へと問う。
 何しろ資料は30枚近くに及び、とても1つ1つ確認しにはいけない数だ。
 問いを投げられた守屋はかぶりを振った。

「関東圏から日帰りで行き来できて、研究に使えそうで、外部から秘匿された、辺境にある建物をリストアップしている」

「絞ってこれですか。
 あ、これなんてどうです?」

 紙の資料を眺めていた夕陽が、1枚の資料を手に取った。
 山梨県東部。山中に存在する変電施設跡地だ。

「ああ。間違いないね」

 オーナーもその資料を詳しく見ると頷いた。
 念のため守屋は問う。

「理由をうかがっても?」

「探偵ならまず自分で考えてご覧。
 答え合わせには付き合ってやっても、説明するつもりはないよ」

 オーナーが回答を拒否。
 守屋は夕陽の顔も見るが、彼女も笑顔を向けたものの、彼の問いに直接答えようとはしなかった。

「ここまで調べて頂けただけでも助かりましたよ」

「お前のために調べたんじゃない。
 大体お前は自分の過去については分かったんだろ。
 まだ知りたいことがあるのか?」

「もちろんです。
 まだ私が何者なのか答えが出ていませんから。
 その点については笹崎さんに聞くのが一番確実です」

 笹崎は人体ツール化計画の責任者。
 夕陽を含む実験体の子供達を何処から連れてきたのか、彼ならば知っている。
 少なくとも夕陽はそう踏んでいた。

「問題は笹崎さん側が今何をしているのかですね。
 逃げる準備をしているかも知れませんし、私を捕まえて研究を続けたいのかも知れません」

「どちらにしろ、守りを固めているとは思うね」

 オーナーの意見に夕陽も守屋も頷く。
 〈管理局〉側の動きを抑えているとは言え、情報統制局へと笹崎を捕まえろとの指令は既に降りている。

「〈管理局〉は直ぐには動かせないという認識で間違いないですか?」

「ああ。
 動かすには時間がかかるだろうね。
 説得するにも懐柔するにも材料が足りてない」

 オーナーの回答に夕陽は悩んだ素振りを見せた。
 されど出した答えは「では私たちでなんとかするしかないですね」という安直なものだった。

 そんな彼女の意見に守屋はため息をついた。

「簡単に言うが向こうは武装してる。
 お前の能力も知られている以上、何らかの対策を打ってくるはずだ」

「それは間違いないでしょうね」

 夕陽は頷く。
 だが守屋の指摘については重く扱うこともなく、楽天的に笑って続けた。

「でも大丈夫ですよ。私もこれまで遊んでいたわけではないです。
 もし相手がそれなりの組織で、戦闘能力があったとしても、必要な情報を得られる準備は整えてきたつもりです。
 最初に言ったとおり、私は自分自身が何者なのか知りたいので。
 そのためならば努力は惜しみません」

 夕陽はゆっくりと部屋の入り口に向かう。
 そして扉を2つノックした。

 重い扉が押し開けられて2人の人物が入室する。
 現れた予想外の人物の姿に、夕陽以外の一同は目を疑う。
 
「そういうわけだ。
 俺たちもこれからは仲間だ」

「人員と〈ツール〉、火器の準備は出来ています」

 1人は金髪オールバックのガラの悪そうな男。
 中小〈ツール〉の売買を中心に活動する非合法組織、ブラックドワーフのリーダー、宇戸田剣。

 もう1人は、スーツを着こなした几帳面そうな女性。
 大型〈ツール〉の貸与を行い、時には〈管理局〉にすら攻撃を加える非合法組織、GTCのリーダー、鴻巣れい。

 夕陽は2人の言葉を受けると振り返り、オーナーへと向き直って言った。

「我々の所有する人員と〈ツール〉は全て提供します。
 スーパービジョン相手でも優位に戦えるはずです」

「我々?」

 守屋が顔をしかめる。
 夕陽の言葉は彼の予想の範疇を超えた事実を意味していた。

「まさかユウヒちゃんがブラックドワーフのボスなのか?」

「GTCのボスでもあったと。
 情報源はあんたね」

 飛鳥井に睨まれても鴻巣は悪びれる様子を見せない。
 それどころか挑発するように、髪を払って「それが何か?」と言ってのけた。

「この嘘つきめ」

 守屋が悪態をつく。
 それには夕陽もとんでもない誤解だと反論する。

「私、ブラックドワーフとGTCのトップでは無いなんて言ったことないですよ」

 いつも通りの夕陽の屁理屈だ。
 守屋は顔をしかめて、これまでの夕陽の不審な言動について考える。

 〈葛原精機の牝鹿像〉奪還作戦の時、犯人がスーパービジョンだと言い当てた。
 展示会でGTCのブースを見つけ出した。
 GTCの倉庫を発見して、”水牛の像”争奪戦を引き起こした。
 堤がブラックドワーフへ発注した〈ツール〉の情報を入手し、GTCに輸送車両を襲撃させ、その〈ツール〉を手に入れた。

 夕陽が2つの組織のトップだったと考えれば、どれも説明がついてしまう。
 ”水牛の像”だって最初から〈ドール〉の依り代などではなく、GTCが所有していたのも夕陽によって作られた物だったのだろう。

「〈ピックアップ〉の所員が敵対組織のボスだったとはねえ。
 いいや、逆だね。
 こっちがあんたを採用しちまったんだから」

「そうなりますね。
 この1件が片付いたらこちらで所有する〈ツール〉は柳原オーナーに預けます。
 ブラックドワーフの売買記録も差し上げますし、メンバーを〈ツール〉回収に動員して頂いても構いません。
 悪い話では無いでしょう?」

 その代わりにこれまでの組織の行動については見逃せという意志を含んだ問いかけに、オーナーは考えるふりをしてから「構わないさ」と返した。
 世に出てしまった〈ツール〉。それもブラックドワーフやGTCの手に渡った品々を一手に回収できれば、その功績は大きい。
 そうなれば組織内部での立場も確かな物になる。次期〈ピックアップ〉局長の座も、〈管理局〉重役の座も狙える立ち位置につける。
 オーナーは打算的に見積もって夕陽の提案に乗った。

「では笹崎さんにこちらの動きが悟られる前に、さっさと捕まえてしまいましょう」

 夕陽が方針を口にするが、守屋はそれに直接賛同はせずオーナーへと視線を向けた。
 オーナーは守屋を真っ直ぐに見て正式な指令を下す。

「守屋。
 栞探偵事務所所長として、スーパービジョン笹崎の身柄と、彼らが所有する〈ツール〉、および〈ドール〉の回収指揮をとりな」

「分かりました。
 直ぐに対応します」

 オーナーから直々に下された指令に守屋は即座に応答した。
 オーナーは守屋の返事を受けて、夕陽へと言いつける。

「あんたが何処の組織のトップだろうと、うちの管轄の探偵事務所所員であることに変わりはない。
 守屋の指示に従って行動しな」

「分かっています。
 私、所長さんのことは頼りにしていますから」

 守屋は「大嘘を」と悪態をついたが夕陽は聞こえないふりをした。

「こっちでも〈管理局〉へ働きかけて、情報統制局の足を引っ張ってる愚か者をあぶりだしてみるよ」

 オーナーの言葉に守屋は「お願いします」と返した。
 それから夕陽へと問う。

「この部屋は今どこと繋がってる?」

「長野県茅野市の賃貸物件です。車両も準備してありますよ。
 あ、戻って来られなくなるので、贋作の神柱は置いていった方が良いですね」

 夕陽があさひへと言うと、彼女はカバンを抱え込んだ。

「何で形見を置いていかないといけないのさ!」

「重くてかさばりますけど持ち歩きます?
 置いていった方が安全だと思いますよ?」

「それは――そうかも知れないけど」

「どうしてもと言うなら止めはしません。
 特性だけ別の物に移すので、一旦取り出してください」

 夕陽が右手の人差し指を振るうと、あさひは現れた〈ドール〉の姿を見てびくついた。
 でも〈ツール〉では無くしてくれるのならと、カバンから贋作の方を取り出した。

 あさひが手に持ったそれへと向けて、夕陽は真っ直ぐに右手人差し指を向ける。
 指先から飛び出した黒衣の〈ドール〉は神柱に吸い込まれ、直ぐに再び姿を現す。
 その手には淡く輝く光の球のようなものを持っていた。

 夕陽は右手を引き寄せて黒衣の〈ドール〉を自分の元へ戻すとオーナーへ頼む。

「この部屋の物、どれか1つ〈ツール〉にさせて下さい。
 重くて簡単に動かせないと良いですね」

「この机はどうだい?」

「ええ。ではそれで」

 夕陽は右手を前に突き出してオーナーの机を指さす。
 光の球を抱えた黒衣の〈ドール〉は真っ直ぐに机へと向かい、それに吸い込まれると直ぐにまた姿を現した。
 手にしていた光の球は消え失せて、〈ドール〉はそのまま夕陽の元へと戻っていく。

「変わった〈ドール〉だね。
 なんにしろ、本当の自分が何者なのか、分かると良いね」

「はい。ありがとうございます。
 では失礼します」

 移動の準備を終えると、守屋が指示を出して一同はオーナーの部屋から出て行く。
 最後まで残っていたあさひは、贋作の神柱を梱包されたままの状態でオーナーの机へと置いて「貴重な品なので大切に預かっていてください」と言いつけ、守屋達の後を追った。

    ◇    ◇    ◇

ツール発見報告書
管理番号:未登録
名称:横浜011
発見者:淵沢夕陽
影響:S
保管:C
特性:2つで1組。存在する部屋同士を繋げる。2つが同じ部屋に存在する場合、および部屋の出入り口が2つ以上開いている場合は無効。

 
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