第36話 襲撃①

文字数 3,356文字

 長野県へと移動した栞探偵事務所と、ブラックドワーフの宇戸田、GTCの鴻巣。そして小谷川あさひは、笹崎の研究施設襲撃に向けて準備を整える。

 目的はスーパービジョンの壊滅ではなく、笹崎の身柄拘束と、〈ツール〉および〈ドール〉の回収。
 研究施設は山奥にあり、接近すれば即座にその存在は露見する。
 一気呵成に攻め込んで速やかに目的を遂げなくてはいけない。

 地形図と不鮮明な航空写真を頼りに作戦を決定。
 現地に配備されているスーパービジョンの人数、武装、〈ツール〉の保有数が不明なので詳細までは詰められないが、方針は定めた。

 細部は現地の状況次第。
 第一目標は笹崎の身柄拘束。
 それだけ決めると装備の準備に取りかかった。

 栞探偵事務所の装備は拳銃と防弾ベスト。
 それらに夕陽が〈ツール〉特性を付与し強化を図る。
 仁木は持ち込んだ〈シュレディンガーの調味料入れ〉の力を移された拳銃を受け取った。

「これ、実際に使ったら危なくないか?」

「運用面は考慮してないです。
 あとそれが〈シュレディンガーの調味料入れ〉であると認識していると、そちらが出ることを期待してしまって拳銃弾が出てしまいます。
 どうしても使いたい場合は、何も知らない人を騙してトリガー引かせてくださいね」

「いやあ、酷いことを言うなあユウヒちゃんは」

 笑いながら仁木は拳銃をしまった。
 使うことが無ければ良いけどと言うと、彼は車両を受領しに駐車場へと出て行った。

 夕陽はそれを見送ると、黙々と道具への〈ツール〉特性付与と、名刺入れにしまっておく〈ツール〉の整理を行っていた。

「笹崎確保についていくからな」

 作業中の夕陽へと守屋が声をかける。
 それに夕陽は首をかしげて見せた。

「足手まといですよ」

「所長命令だ。オーナーの指示でもある」

「そうですけど、危ないですよ?」

 本当についてきます? と守屋の意志を確かめる夕陽。
 夕陽は施設に潜入し、笹崎の身柄を取り押さえる作戦の最重要任務につく手はずだった。
 笹崎が自衛の手段を手元に置かないはずが無く、上手く潜入できたとしても戦闘は避けられない。

 だが守屋は問いかけに迷うこと無く頷き、そして尋ねた。

「お前、笹崎を捕らえる算段はついているんだろうな?」

「もちろんです」

 夕陽は笑顔を浮かべ、えっへんと胸を張って答えた。

「だったらついでに1人くらい守って見せろ」

「えー。
 私が守るんですか?」

「当たり前だ。
 所長命令だからな」

 守屋が厳しく言いつけると、夕陽は困ったように笑いながらも頷いた。

「努力はしてみます。
 でも、あまり守るのは得意では無いかも知れません」

 右手を前に突き出す夕陽。
 途端に右手の指がにょきにょきと伸び始め、それは痩せ細った複数の手になった。
 思わず身を引く守屋。
 手に触れた物質がどうなるのか、それはよく理解していた。
 
 その姿を見て夕陽は微笑む。

「正しい反応です。
 細かく動かせるようにはなりましたが、能力の制御は全然効かないので、触った物全部裏返しにしてしまいます。
 巻き添えを食わないようにだけ注意してください。
 ――本当についてくるつもりなんですよね?」

「――当たり前だ」

 一瞬言葉を詰まらせながらも、守屋は毅然と言ってのけた。
 夕陽も「ではくれぐれも手の先に立たないように」とだけ言いつけて、守屋の同行については拒否しなかった。

「では出発しましょう。
 夕方に向こうに着いた方が都合が良いです。
 笹崎さんとまた会えるのが楽しみですね!」

 夕陽はいつも通り楽天的に笑って部屋を後にする。
 続々と準備を終えた面々が駐車場に集結し、複数の車両へと分乗していく。
 多くはGTCとブラックドワーフの構成員。彼らはそれぞれのリーダーに従って、軍隊のように規律正しく行動していく。

 車両はそれぞれ搭乗者がいっぱいになると出発した。
 目的地は山梨県東部の山中。廃棄されたはずの変電施設だ。

    ◇    ◇    ◇

 夕陽と守屋は山中を小さな明かりを頼りに進んでいた。
 車両を降りて歩くこと数時間。太陽は沈み、空はすっかり夜闇に覆われていた。
 
 登山装備を携えてはいるが、人の手の入らない山の中を切り開きながら歩いて進むのには時間を要する。
 夕陽は手にした鉈を振るって、草木を打ち払って道を作っていく。

「その鉈も〈ツール〉だな」

「ええ。流石に分かりますね」

 夕陽は〈ツール〉の特性を移せたり、触れた物を裏返しにする手を生やしたり出来るが、彼女自身はただの18歳の女性だ。
 特に腕力に秀でているわけでもない。
 それが一振りで木々の枝どころか、細い木の幹まで切り裂いているのだから疑問に思って当然だった。

「便利だな。
 〈ツール〉を見つけてしまえば、使いやすい道具にその特性を移せるわけだ」

「これはイナンナに作って貰ったので私は関係ないですけどね」

 夕陽ははにかんで言うと、鉈が重くて疲れたからと道を作る作業を守屋に押しつけた。
 自身はスマートフォンを操作して情報収集に当たる。

「電波は届くのか?」

「はい。笹崎さんが変電所跡地を研究所にしているわけですからね。
 電波も届くようにされています。
 あまり上質な回線ではなさそうですが。
 ……あー、やっぱり。道路の方は監視されてますね」

「それも〈ツール〉か?」

「ドローンですよ」

 何でもかんでも〈ツール〉では無いと夕陽は笑って告げた。

「基本的に現代技術の方が便利です。
 ただ私は守屋さんが言ったとおり、使いやすい物に特性を移せるのでその点は強みになります」

「だが〈ドール〉があれば好きなように〈ツール〉を作れるんだろ?」

 守屋の問いに夕陽はかぶりを振って答えた。

「そうであったら良かったのですが、残念ながら違います。
 〈ドール〉にもそれぞれ得意分野が存在します。
 例えばイナンナは農耕関係に特化しています。
 何でも切り裂ける鉈は作成出来ますが、笹崎さんが見せたような超高温で燃え上がる銃弾は作成出来ません」

「逆を言えば笹崎には何でも切り裂ける鉈は作れないわけだ」

「そういうことです。
 もちろん、相手の〈ドール〉所有状況にもよりますけどね」

 スーパービジョンがどれだけの〈ドール〉を所有しているかは分からないからと、夕陽は微笑んだ。
 もし笹崎が農耕に関係する〈ドール〉を持っていれば、何でも切り裂く鉈だって作れてしまう。
 だがそんなもしをいちいち考えて居てもきりがないと、夕陽はそれ以上スーパービジョンの〈ドール〉については触れなかった。
 
 2人は山道を切り開き、切り立った崖の真下に辿り着く。
 目的の建物はこの上だ。

「飛鳥井さんたちの準備も出来ているようです。
 さあ。頑張って崖を登りましょう!」

 ほぼ直角の崖を見上げ、守屋は辟易として大きなため息をついたが、夕陽に付き合う道を選択したのは自分自身だ。
 ザイルを身体に巻き付け、夕陽が崖登り用の〈ツール〉を準備するのを待つ。

「にしても、あの小谷川とか言うのは飛鳥井に同行させて良かったのか?
 あそこが一番激しい戦いになるだろ」

「そうですけど、大丈夫じゃないですか?」

 夕陽の返答は軽く、いつも通りの楽天的な笑顔も添えられていた。
 されど彼女は守屋の不安そうな顔を見ると、更に付け加える。

「飛鳥井さんもいますし、鴻巣さんもいます。
 それに小谷川さんはイナンナの巫女です。何とでもなりますよ」

 守屋も夕陽がそこまで言うなら大丈夫だろうと頷く。
 だが夕陽はどちらかといえば別方面が気になるようであった。

「私は仁木さん達の方が心配ですけどね」

「なんとかするさ」

 今度は守屋が楽天的に言うと、夕陽も「そうですね。信じましょう」と自分のことに集中した。
 夕陽が用意した〈ツール〉は金属製の杭のような物で、切り立った崖に突き刺さり、手と足をかける道となる。

「随分、アナログな〈ツール〉だな」

「刺さりやすいし簡単には抜けない保証付きです。
 それとも、命綱1本で登ってみます?」

 その提案をあまりにバカバカしいと一蹴した守屋は、先を進みながら足場を作っていく夕陽の後に続いて崖を登り始めた。

    ◇    ◇    ◇

ツール発見報告書
管理番号:未登録
名称:小谷川001
発見者:淵沢 夕陽
影響:A
保管:C
特性:刃先に触れた物を切断できる
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