第44話 本当のこと②

文字数 2,457文字

「で、結局笹崎は生きてるのか?」

 廊下を歩きながら守屋が尋ねると、夕陽は控えめな笑みを見せて答えた。

「今は生きてると思います」

「思う?
 最後に見たときはちゃんと生きてたのか?」

「その時は死んでました」

 返答を受けて守屋は顔をしかめるも、夕陽のことだ。嘘はつかない。
 とすれば出てくるときに笹崎は死んでいたが、今は生き返っている。
 常識では考えられない事態だが夕陽の手にかかれば起こりえることだ。
 実際彼女は脳天を撃ち抜かれても生き返った。

「それより小谷川さんはどうしました?」

 夕陽のとぼけたような質問に、飛鳥井が答える。

「歴史を明らかにするんだって叫んでどこか行ったわ」

「では大学に戻ったんですね。
 元気そうで何よりです」

 あさひが無事で、研究に身を投じられるほど元気が有り余っているときいて夕陽は安堵した。
 少しばかり、無理矢理巻き込んでしまって申し訳ないとは思っていたからだ。

「鴻巣蓮については何かきけた?」

 飛鳥井が夕陽へと尋ねた。
 尋ねられて夕陽は悩んだ素振りを見せてから答える。

「うーん。笹崎さんから直接は聞けなかったです。
 恐らく実験現場を見られた口封じだと思いますが、その辺りの資料も残っていると良いですね」

 飛鳥井は「そう願うわ」と返す。
 飛鳥井の質問が終わると、今度は仁木が問いかけた。

「ブラックドワーフとか、GTCの連中はこれからどうするんだ?」

「再就職先を探してます。
 GTCのメンバーはそれぞれが特殊な技能を持っているので就職先には困りません。
 ブラックドワーフの人も直ぐ見つかると思います。
 〈ツール〉回収技能を持つ彼らは〈管理局〉にとって得がたい人材のはずです。
 これから免職者が増えるでしょうから」

 回答を聞いて仁木は「そりゃあよかった」と歯を見せて笑った。
 夕陽にとって用済みになったからと捨てられず、彼らにも次の生活が与えられるのは、元ブラックドワーフのメンバーであった仁木にとっても喜ばしいことだ。
 
 栞探偵事務所の一行は目的の部屋に辿り着いた。
 秘書がノックすると声が返り、扉が開かれる。
 4人が入室すると、部屋の主は秘書へと下がっているようにと言いつけた。

 仁木が後ろ手に扉を閉めると、室内には部屋の主――〈ストレージ〉の堤と、栞探偵事務所の4人のみとなる。
 堤の顔色は悪く、寝不足のようで目の下に大きなクマができていた。
 書類棚からは書類がなくなり、部屋中の荷物が段ボールに詰められて、引っ越しの準備をしているようだった。

「お久しぶりです、堤さん」

 彼の事情などお構いなしに夕陽は笑顔で声をかけて一礼した。
 堤は顔を引きつらせながらも、彼女を邪険には扱えず挨拶を返す。

「それで、要件は?
 見ての通りこちらは今とても忙しい」

 手短に話すように要求する堤。
 実際に彼は忙しいのだろう。
 笹崎の身柄はまだ押さえられていないが、彼の行った研究と、〈管理局〉内部に彼に協力した人間が多数いたという事実は明らかにされてしまった。

 関係者は捕らえられて、〈管理局〉絡みの犯罪者として公安に送られるか、失職するか、どちらにしてもまともな扱いは受けない。
 堤の立場についてはまだ微妙なところだが、証拠が集まり次第連行されることだろう。

「笹崎さんから教えて頂いた資料を閲覧したいので、〈ストレージ〉の保管庫に入れて欲しいです。
 この書類ですが、何処にあるかはご存じですよね?」

 書類番号の書かれた紙を机の上に置く夕陽。
 堤はそれを一瞥したが、反応はあまり協力的ではなかった。

「書庫の入室は制限されている。
 書類が見たいからと簡単に人を入れるわけにはいかない」

「まあそうですよね」

 頷く夕陽。
 その書庫に保管されているのはこれまで笹崎達が行ってきた犯罪の証拠に他ならない。
 それは堤の協力を示す証拠にもなり得る。
 彼としては絶対に書庫に人を入れるわけには行かなかった。

「でもどうせ堤さん逮捕されますよね?
 この建物も周り囲まれてましたし、今更書類隠したところで逃げ場ありますか?」

 夕陽の指摘は正しい。
 堤の逮捕は秒読み段階だ。既に部屋中の書類を持ち出され、退去命令も受けている。
 それでも堤は書庫への入室を拒んだ。

「部外者を入れるわけにはいかない。
 脅しても無駄だ。規則に則っているだけだからな」

「まあそれなら仕方ないですね。
 飛鳥井さん、何か言いたいことあります?」

「そうね」

 バトンを渡されて飛鳥井が堤の前に立った。
 彼は暴力には屈しないと飛鳥井の姿を睨むのだが、内ポケットから取り出された身分証を突きつけられて息をのむ。
 警察手帳。しかも公安警察の身分を示す物だ。

「〈管理局〉を介さず、直接あなたを引っ捕らえても良いのよ。
 でももし書庫へ案内してくれるのなら、あなただけは見逃してあげても良い」

 書類を渡すか、公安に捕まるかの2択を突きつけられた堤。
 冷や汗を流し悩んだ振りをしているが、彼がこのような場合にどんな選択をするのかなど、栞探偵事務所の面々はお見通しだった。
 選択を後押しするように守屋が告げる。

「別に笹崎の研究に賛同してた訳じゃないだろ。
 欲しいのは金だ。そうだろ?
 安心して良い。
 あんたの立場が悪くならないように、〈ピックアップ〉から〈管理局〉へ働きかける」

 オーナーの協力も取り付け済み。
 逮捕はされない。〈ストレージ〉関東地区副局長という立場も守られる。
 そうなれば、堤に断る理由など無い。
 それでも外面を保つために嫌そうにしながら、彼はゆっくりと頷いた。

「そうだな。仕方あるまい。
 案内しよう」
 
 堤の協力を取り付けられて、夕陽は満面の笑みを浮かべて礼を述べた。

「ありがとうございます、堤さん。
 それでは書類保管庫まで案内、お願いしますね」

 堤は夕陽から差し出された紙を受け取って、重い腰を上げた。

 笹崎の残した、過去の実験に関する資料がその保管庫に存在するはずだ。
 ようやっと、夕陽は知りたかったことに手を伸ばせる。

「さあ、本当のことを調べに行きましょう!」
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