第43話 本当のこと①

文字数 3,169文字

 暗闇の中で笹崎は意識を覚ました。
 感じるのは激痛。痛みが駆け巡り意識を失うが、直ぐ強引に意識を呼び起こされる。
 気絶することも、死ぬことも出来ず、意識の朦朧とする中、延々と痛みだけを感じる。

 時間が経てば経つほど、痛みはより明確に、鮮明になっていく。
 痛みしかなかった世界に感覚が生じ始める。
 瞳は微かに光の存在を感じ、喉が吐き気と渇きを訴える。

 様々な感覚が蘇っては、それらは全て痛みに支配されていく。
 身体の内側からもぞもぞと何かが這い出ていくような、同時に何かが入り込んでくるような感覚。
 それは痛覚を刺激し、悲鳴を上げたくなるのだが声は出ない。
 痛みに身体をよじろうとしても思うようには動かない。

 永遠に思える苦痛。
 笹崎にはその痛みがどれほど続いたのか分からない。

 漠然と分かるのは、身体は段々と機能を取り戻していること。

 何が起こっている?
 自分に問いかける。
 その問いに答えは出ない。
 思考を司る脳ですら、痛みに支配されて真っ当な考えなど出来やしなかった。

 瞳がぼんやりと目に映る光景をとらえた。
 さびた鉄骨の走る、古い工場の天井。

 ここは何処だ?
 光をとらえた右目を動かして状況を把握しようとするが、首が動かない。
 無理矢理動かそうとすると、激痛と共に繋がりかけていた首がちぎれた。
 痛みに意識を失うも、直ぐに覚醒。ちぎれた首はゆっくりと元の姿に戻ろうと動いていく。
 切断された神経が繋がっていくおぞましい感触に身体を震わせる。

 首が傾いた結果身体の状態が見えるようになった。
 ブルーシートの上に寝かされている。
 まだ手足は繋がっていない状態で、内臓がシートの上を這って移動して、身体の内側へと入り込んでいく。

 バラバラになった身体が、元の姿に戻ろうとしている。
 自分の身体が組み上がっていく様を直視できず目を逸らす。
 身体のパーツがくっつくと同時に神経が接続される。それはパーツが負っていた損傷を痛みとして伝え、ひっきりなしに意識が飛ぶ。
 既にくっついた身体も、傷を修復しているのか針で刺されるような鋭い痛みが断続的に続く。

 頭がおかしくなりそうだ。
 しかしそれも許されない。
 身体は元の姿に戻る方向のみに動いている。

 意識を何度失おうとも覚醒させられ、気を狂わせようともそれすら含めて修復される。
 全てこの得体の知れない力に為されるがままの状態だった。

 やがて金属の階段を降りてくる足音が聞こえた。
 耳は治っていたらしい。

「意識が戻ったようですね。
 無事で何よりです」

 無邪気な明るい声。
 声の主、淵沢夕陽は笹崎の元までゆっくりと歩み寄った。

 修復が続く笹崎の姿を見下ろす。
 笹崎の治りかけの瞳にも彼女の姿が映った。

 夕陽は彼の虚ろな瞳を見て、視力も回復していそうだと笑顔を浮かべた。

「目は大丈夫。
 耳も、聞こえてますね?」

 反応をうかがう。
 ぴくりと笹崎の耳が動く。

「聞こえているみたいですね。
 まだ修復完了まで時間はありますが、一度笹崎さんのおかれている状況を説明します。
 必要なら修復完了後にもまた説明します。ともかく、今は私の言葉を聞いて下さい。
 ――と言っても、身体は動かないでしょうから聞くしか選択肢はありませんけどね」

 夕陽はクスリと笑うと、手にしたビーカーを笹崎の視界の中で振って見せた。

「人間はもちろん、生物は〈ツール〉に出来ない。
 唯一の例外と思われた私も、〈ツール〉になったわけではなく、神の依り代になっていた。
 ここまでは既にご存じかと思います」

 夕陽は確認するように間をとるのだが、笹崎に反応を返す能力がないのを思い出して続けた。

「――ですが例外はあります。
 形を保つ〈ツール〉のいくつかは、生物を破壊するよりも形を保持する特性が優先されるようです。
 このビーカーもそのうちの1つでした。
 私が中学生の頃に発見して、〈フェニックスビーカー〉と名付けました」

 かっこいい名前でしょう? と微笑みかける夕陽。
 笹崎は無反応だが、構わず続ける。

「この〈ツール〉は、形を著しく破壊されると1時間かけて元に戻る特性を有します。
 元の形に戻る〈ツール〉なので、生物に使っても形を保とうとして破壊現象を引き起こしません。
 修復する特性なので、形が崩れても〈ツール〉の特性を失いません。
 結構変わった〈ツール〉だと思います。
 これが通っていた中学校にあったのは私にとっては幸運なことでした」

 夕陽はビーカーをしまってから話を再開した。

「さて。もう理解頂けたとは思いますけど、身体を裏返しにする前に、〈フェニックスビーカー〉の特性をあなたに移譲しました。
 ですので今はその修復途中。
 破壊から40分位ですね。あと20分もすれば完全に元通りです。良かったですね」

 満面の笑みを浮かべる夕陽。
 笹崎は喜べない。
 身体は確かに治っている。
 だがその過程は、あまりにも辛い。
 本来死んでいなければおかしい傷と痛みを与えられたのに、1時間かけてゆっくりと蘇生させられているのだ。
 幾度意識を失おうともお構いなしに、本人の意志など無視して修復が続けられる。

 そんな笹崎の虚ろな表情を見て、夕陽はやはり笑って言った。

「痛いですよね?
 脳が機能回復した時点で痛みは感じます。ですが正常な状態へと戻る過程ですから我慢しないといけませんよ。
 ――我慢できなかったとしても、無理矢理直し続けますけど」

 夕陽は自分の脳天を指さした。

「私も1回やりました。
 頭を撃ち抜かれたんですが、もの凄く痛かったです。
 頭痛でおかしくなるんじゃないかと思いました。
 こんな痛いなら止めておけば良かったと何度後悔したか分かりません。
 でも1時間経てば何もかも元通りです」

 私みたいにね、と付け加えて。夕陽は笹崎の頭の近くにかがみ込む。

「拷問って難しいと思うんです。
 だって痛めつけても必要な情報が得られなかったら死んでしまいます。
 かといって死なないように手加減したら拷問になりません」

 そこで夕陽はぽんと1つ手を打った。

「でもこれなら大丈夫。
 必要な情報が手に入るまで、何度だって痛めつけられる。死んでしまったとしても、1時間すれば元通りです」

 夕陽が浮かべた笑みに、笹崎は恐怖を感じる。
 彼女はどんな手段を使ってでも、口を割らせようとしている。笹崎には自力でこの状況から脱出できる手立てがない。

「状況が理解できましたか?
 なかなか経験できないですよ。死ぬような――実際死にますけど――痛みを何度も味わえるんです。
 私はあなたに恨まれる覚悟は出来ています。ですから容赦なく拷問にかけます。
 身体を裏返しにされて、何度でも再生する。
 でも私は別に趣味でやっているわけではありません。
 ちょっとした情報さえ得られるのなら直ぐにでも止めて良いと思っています」

 夕陽はそこで控えめな笑みを見せて、笹崎の耳元へと顔を寄せて告げる。

「私は、自分が何者なのか知りたいだけなんです。
 あの研究所に集められていた子供。もちろん笹崎さん始め、研究員の身内ではありませんよね?
 その子供たちが何処から連れてこられたのか、それだけ教えて貰えれば、私は満足です」

 夕陽は目的を告げるとすっと立ち上がった。
 まだちぎれたままの笹崎の首。口をきける状態ではなさそうだった。

「20分経ったらまた来ます。
 その時に良い答えが聞けると嬉しいですね。
 では一旦失礼しますね」

 去り際に夕陽は1つ笑みを見せて、笹崎の元から離れていった。
 笹崎は殺してくれと懇願しようと試みたが、喉も肺も修復されていない状態では声も出せなかった。
 
    ◇    ◇    ◇

ツール発見報告書
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名称:フェニックスビーカー
発見者:淵沢夕陽
影響:D
保管:D
特性:破壊されると1時間で元に戻る
 
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