第33話 オーナーからの指令①

文字数 6,499文字

 あさひは飛鳥井に連れられて横浜にあるビルへと入る。
 築年数はそれなりだが、ビル自体は大きく立派で、駅近くというのもあって相当な賃料がかかりそうだった。
 あさひは落ち着かず建物のあちこちを見回して飛鳥井へと尋ねる。

「こんなビル借りられるなんて、探偵事務所って儲かるの?」

「まさか。
 オーナーの借りてるビルです。
 オーナーは管理局の――いえ、ついてから話しましょう」

 一般企業も入るビルだ。
 飛鳥井は人目を気にして説明を後回しにして、きょろきょろと時折足を止めて周囲を見渡すあさひを引っ張るようにしてエレベーターへ。
 そこから14階まで上がって廊下を進み、IDカードを通して扉のロックを解除。

「株式会社、大東総合調査……?
 聞いたことない会社」

 あさひは扉の前で立ち止まり、それから飛鳥井に急かされて室内へ。
 そこはだだっ広い空間に、事務机4つと椅子だけが置かれた殺風景な事務室だった。

「本当にここで仕事しているの?」

 社会人経験の無いあさひにも、こんな物の少ない会社事務所は異常だと分かった。
 社員は飛鳥井の他に2名。両方男性で、1人はあさひへと妙な生物を見るような視線を向け、もう1人は興味津々といった様子で見つめた。

「本来であればさっきの事務所が職場です。
 いろいろあってあの場にいると危険なので、オーナーの物件に居候させて貰ってます」

「オーナーも〈ピックアップ〉?」

「〈ピックアップ〉幹部。
 更にその上の組織、〈管理局〉の重役です」

「おい飛鳥井。
 お前は一体何を話している」

 秘密であるはずの〈管理局〉についての情報が何処の誰とも分からない小娘に話されていて、流石に守屋も止めに入った。
 飛鳥井はそんな守屋を手のひらで示して、あさひへと伝える。

「彼が栞探偵事務所所長の守屋。
 隣に居るのが所員の仁木賢一郎 。
 それともう1人、ここには居ませんが所員が在籍しています。
 それが淵沢夕陽」

「じゃああんたたちの仲間ってこと?」

 あさひは飛鳥井から離れるように一歩後ずさる。

「いろいろあって淵沢夕陽は逃亡中です。
 こちらでも行方を把握出来ていません」

「じゃあ敵なの?」

 飛鳥井は「難しいところ」と曖昧な返答をした。
 守屋がいい加減あさひについて一切説明しない飛鳥井に対して痺れを切らし、詳細な説明を求めて声を上げる。

「飛鳥井。その女は誰で、どうしてここに居る。
 〈管理局〉が所有する情報についてそいつは何処まで知っている」

 飛鳥井は要求に応じるように順を追って話す。

「彼女は小谷川あさひ。
 大学生で、今朝方淵沢夕陽に祖父の形見を盗まれたそうです。
 〈ツール〉の存在。それを管理する〈管理局〉と〈ピックアップ〉について、ブラックドワーフと淵沢夕陽から情報を得ています」

「淵沢に会ったのか?」

 守屋が問うとあさひは頷く。
 守屋は顔をしかめて、1つだけ忠告した。

「いいか。
 〈管理局〉についても〈ツール〉についても、本来ならば世に出てはいけない情報だ。
 一切口外してはいけない。
 分かったな?」

「分かってる。
 祖父の形見だけ取り戻せればそれでいい」

「最初から順を追って話してくれ」

 守屋はあさひへと説明を要求した。
 あさひのために椅子とお茶が用意されて、彼女は祖父の形見と淵沢夕陽について説明する。

 岐阜県大垣市で祖父の遺品整理を行ったこと。
 その際に本物の神柱を発見したこと。
 それが神の遣いイナンナの依り代だったこと。
 物に加護を与える力のこと。
 加護を与えられた物を狙うブラックドワーフと出会ったこと。
 淵沢夕陽に助けられたこと。
 彼女に神柱を持ち去られたこと。

 最初から最後まで話し終わると、守屋は質問を切り出した。

「ブラックドワーフの中にこの男はいたか?」

 示された写真は金髪オールバックの男の姿が映されていた。
 あさひは頷く。

「その人です。
 ボクを追いかけた連中の中ではリーダー格っぽかったです」

「宇戸田剣。ブラックドワーフのリーダーだ」

「?
 でもボスがどうのとか言ってましたよ」

「雇われリーダーで、どうやらこいつの上が居るらしい」

 守屋は口にしながら仁木へと視線を向ける。

「らしいな。
 下っ端には知らされてなかったけど」

 仁木の言葉に守屋は頷く。
 そしてあさひの説明を整理していく。

「神の遣いというのが恐らく〈管理局〉の言う〈ドール〉だろう。
 そして加護を与えられた物が〈ツール〉だ。間違いないか?」

「はい。ブラックドワーフも、淵沢夕陽も、加護を与えられた物を〈ツール〉と呼んでいました」

「淵沢は〈ドール〉の依り代を盗んだと。
 あいつは〈ドール〉の情報を集めるために事務所を離れた。
 〈ドール〉を詳しく調べるためならば依り代を盗むのも納得できる。
 こっちとしても〈ドール〉の情報はほとんど無い。
 その依り代の神柱というのはどんな物体だ?」

 守屋の高圧的な物言いにあさひは不満を漏らしながらも、カバンから梱包材で来るんだ石柱を取り出す。
 神柱のレプリカ。20世紀に作られた模造品だが、細部までしっかりと本物に似せて作られた一品だ。
 それを見て仁木が声を上げる。

「それが神柱か?」

「盗まれたんじゃ無いのか?」

 神柱の元に寄ってくる仁木を無視してあさひは守屋の問いに返す。

「これは模造品。
 今朝起きたら、本物とこれが入れ替えられてた」

 仁木は神柱を詳しく見ようとするが、あさひは素手で触らないでと釘を刺した。
 それでも仁木は神柱に刻まれた文字を睨んで、過去の記憶を掘り起こす。

「どうした?
 何か気になったか?」守屋が問う。

「ああ。
 これ、例の展示会の3日目にユウヒちゃんが気にしてた奴だ。
 売値が100万円だったからユウヒちゃんは諦めたはずだ」

「だが実際は淵沢が手に入れていたと。
 売った古物商は分かるか?」

 問いかけに仁木は頭をひねるが、代わりにあさひが答えた。

「ボクの知り合いがやってる古物店。
 名刺もあるよ。
 あとこれ、展示会で神柱を買い取った女の名刺。これも知り合い?」

 あさひが手渡した名刺を守屋は受け取った。
 東京大学、歴史文化愛好会。笠置祐子。
 肩書きも名前も偽物。だが記された電話番号だけは本物だ。
 それは夕陽の会社用スマートフォンの番号だった。

「淵沢が使った偽装名刺だ。
 ってことは買ったのは淵沢で間違いないな」

「でも待てよ。100万円、あの時のユウヒちゃんは払えたのか?」

 仁木の問いに守屋も少しばかり思案する。
 100万円の支払い能力は夕陽には問題なくあっただろう。
 しかし仁木と共に行動している段階では支払えなかったはずだ。
 児童養護施設出身で、高校卒業して直ぐに就職。わずか1ヶ月で骨董品に100万円支払ったら自分が普通の人間では無いと宣言しているようなものだ。
 夕陽はその情報を隠そうとしていた。

「お前がGTCに捕まった後、淵沢は単独行動しただろう。
 その時1人で買いに行った」

「100万円は直ぐには出せないって言ってたぞ」

「だから直ぐには無理でも、後でなら出せたんだろう」

 仁木と守屋が議論していると、飛鳥井が1つ思い出したことがあってぽんと手を打った。

「確かあの日、俵原商会――GTCのブースから、売上金が持ち出されていましたよね?
 些細な金額だから俵原商会としては気にしないという話でしたけど」

「そういえばそうだったな」

 守屋はPCを操作して当時の捜査記録を開く。
 俵原商会から得られた情報がまとめられたファイルを見ていくと、展示会当日の売上金と回収された金額の間に誤差があったと記述がある。
 その誤差は100万円。
 数十万円のカメラや時計などを扱っていた俵原商会にとっては僅かな金額だが、その日、ブースを訪れた淵沢夕陽にとっては意味のある金額だ。

「100万円抜かれてる。
 俵原商会のブースは、仁木が“水牛の像”を見つけた時点で騒ぎになっていた。
 その騒ぎに乗じて売上金に手をつけるのは、あいつにとっては造作も無いことだろう」

 守屋は夕陽が神柱購入の資金をどうやって捻出したのか結論を出す。
 責任は全てGTCになすりつけられる。夕陽が疑われることは無い。

「俵原商会から盗んだ金で神柱を購入。
 思い出したがあの日、簡易保管庫であいつはトートバッグを重そうに抱えていた。
 これが入っていたと考えれば説明もつく」

 模造品の神柱は、幅15センチ、高さは25センチほど。
 全て石で出来ていて、それなりの重量があるのは明らかだった。

「本物の神柱は淵沢の手の中か。
 しかし盗んでどうなる?
 調べると言ってもどう調べる?
 〈ドール〉に〈ツール〉を作らせて、どんな特性が得られるのか調査するのか?
 あいつが知りたいのは、〈ドール〉の存在理由やどのように生まれたのか。
 そして自分の持つ〈ドール〉が何者なのか。ひいては自分が何者なのかという問いのはずだ」

 守屋は推論を並べていく。
 依り代を盗み、〈ドール〉を手中に収めて、一体そこから先どう調べるのか。
 確かに手元に〈ドール〉があるかないかの差は大きい。
 だが夕陽も〈ドール〉なら所有している。その姿を、守屋はその目で確認していた。

「あいつは今更別の〈ドール〉を手に入れてどうするつもりだ?
 自分の〈ドール〉と他の〈ドール〉の能力を比較するつもりか?
 それ以上の〈ドール〉についての秘密は知りようがないだろう」

 続けて推論を口にしていく。
 だが守屋の推論に、あさひは首をかしげ、何を言っているのか理解できないと言った風で意見した。

「そんなの、聞けば分かるでしょ」

 あさひの何気ない言葉。
 それに守屋はしかめた顔を向けて、バカバカしいと一蹴した。

「〈ドール〉が質問に答えてくれるのか?
 だったら最初からこんな面倒な話になってない」

「はい?
 質問したら答えるに決まってます。
 イナンナは神の遣いだから、人間の疑問に答えるのは当然でしょ」

 それが当たり前と言ったようにあさひが告げた。
 だがそれは守屋を始め栞探偵事務所の人間にとっては、想像を遙かに超えた事象だった。

「お前の〈ドール〉は人間と意思の疎通が出来るのか?」

「出来ますよ。
 と言うか、他の神の遣いでも出来ると思うけど」

「いや、少なくとも淵沢の持つ〈ドール〉は意志を示さなかったはずだ。
 それに〈管理局〉や笹崎の所有した〈ドール〉も」

「きちんと信仰を捧げなかったからでしょ。
 当時の様式で祭壇作って、奉納品を献上して、祈りを捧げれば、信仰の契約を交わした巫女として認めてくれたよ。
 言葉も交わせるし、当時の知識も教えてくれる」

 守屋たちは言葉を失った。
 〈管理局〉の誰も、〈ドール〉の本当の扱い方を知らなかったのだ。
 小谷川あさひだけが〈ドール〉と正式に契約を交わした。
 その〈ドール〉は人間と意思疎通が出来る。
 となれば夕陽がそれを奪うのは当然だ。
 〈ドール〉についての知識を、〈ドール〉自身が教えてくれるのだから。

「会話が出来る〈ドール〉となれば、淵沢が入手したくなるのは当然だな」

「だからって祖父の形見を盗らないで欲しいんですけど」

 あさひはむくれて見せたが、その意見を守屋は取り合わない。
 代わりに質問を投げつけた。

「淵沢の〈ドール〉を見たか?」

「見てない」

「淵沢にはお前の〈ドール〉は見えていたんだな?」

「〈ドール〉じゃなくて神の遣い。名前はイナンナ。
 ――見えてたよ。会話も出来てた」

 その言葉に守屋は違和感を感じる。

「淵沢はそのイナンナとやらに信仰を示した訳ではないだろう」

「んー、そういえばそう。
 でもイナンナとはボクが信仰の契約を交わしてるし、依り代を持っている人間には神の遣いが見えるなら、話せてもおかしくないんじゃないの?」

 あさひの意見を受けて、半分くらいは納得した守屋。
 続いて飛鳥井が問いかける。

「神の遣いは、物に加護を与えて〈ツール〉化出来るのよね。
 〈ツール〉を見つけたり、〈ツール〉の特性だけを抜き出したりも出来るの?」

「イナンナは自分が加護を与えた物は分かるって言ってた。
 特性だけ取り出せるかどうかは確認しなかった」

 飛鳥井もあさひの回答に疑問を覚える。

「淵沢さんの〈ドール〉はあらゆる〈ツール〉を発見し、〈ツール〉の特性を移動できた。
 その代わりに〈ツール〉は作成できない。
 〈ドール〉にもそれぞれで役割があるのかも」

「それはあるかも。
 イナンナは農耕を司る神の遣いだから、農耕から離れた加護は与えられないって言ってた。
 神の遣いにも得意不得意があって、加護を管理する神の遣いとかも居るのかも」

 飛鳥井もあさひの意見に頷く。
 実際はどうなのか確かめたいが、答えを知る存在は夕陽の手の中。
 神の遣いイナンナが居なければ答え合わせは出来ない。

「で、ボクが気にしてるのはその淵沢夕陽が何時になったら神柱を返してくれるのかだけど」

 あさひが非難するような目で守屋を睨む。
 守屋は「そんなの知るか」と答えたい気持ちを抑えて、深くため息をつくと栞探偵事務所側の事情を説明する。

「淵沢はスーパービジョンという厄介な組織に狙われてる。
 人体ツール化計画というバカげた実験計画があって、あいつはその実験サンプルだったらしい。
 他のサンプルは全部死んだがあいつだけが生きている。――右手に〈ドール〉を宿らせた状態で。
 そう言った事情もあって、実験を仕切ってたスーパービジョンの笹崎が血眼で淵沢を探してる。
 この場所も見張られている以上、あいつも簡単には顔を出せないだろう」

 突然スーパービジョンやら人体ツール化計画といったワードを出されてあさひは困惑したが、頭の中で情報が整理できると口を開く。

「人体ツール化って、つまり人間自体に加護を与えるってこと?
 バカげてる。神への冒涜です」

「それを大真面目に研究してる人間に言ってやってくれ」

「大体そのスーパービジョンとか言うの、〈ピックアップ〉でなんとか出来ないんです?」

「それも厄介なところだ。
 〈ピックアップ〉と同じく〈管理局〉に属する〈ラボ〉という組織があるが、スーパービジョンはそこの幹部を中心に形成されている。
 〈管理局〉内の〈ストレージ〉もスーパービジョンへ関与している。
 正直〈管理局〉とスーパービジョンの関係について全容を把握出来ていない。
 簡単には手を出せない状態だ」

 あさひは「身内の問題じゃん」と切り捨てる。
 実際その通りで、スーパービジョンは〈管理局〉内部に生じた組織であり、その活動内容は〈管理局〉の思想から離れているものの、〈管理局〉内部にも活動に手を貸す協力者が複数存在している。
 〈ピックアップ〉の下部組織である栞探偵事務所単独で相手に出来る組織ではない。

「じゃあそのスーパービジョンが諦めるのを待ってるってこと?」

「違う。単独で勝手には動けないだけだ。
 オーナーに事情を説明して、今後の対応を考えて貰っている。
 〈管理局〉内部の問題であるからこそ、〈管理局〉内部の人間にしか手を出せない」

「で、対応の結論は何時出るの?」

 あさひは単刀直入に尋ねる。
 あさひにとってはスーパービジョンとのいざこざなど関係ない。
 欲しいのは奪われた神柱だけだ。

 守屋はあさひの言葉に辟易としながらもこれからの予定を告げる。

「今日これから、オーナーと対話する機会がある。
 進捗があれば何か伝えてくれるはずだ」

 あさひは遠慮することなく言った。

「それボクも参加して良い?」

 守屋はうんざりした様子で、あさひへと冷たい視線を向けた。
 だがあさひの申し出を否定はしない。代わりに賛同もせず、その結論を他人へ押しつけた。

「オーナーの許可が出たらな」

「分かった。じゃあオーナーに頼む。
 言っておくけど、ボクは神柱を返して貰うまであんた達を逃がさないからね」

 あさひはふんぞりかえって、出されたお茶を一気に飲み干す。
 守屋はあさひの相手をするのが面倒で、飛鳥井へと「お前が連れてきたからお前が責任持って監視しろ」と言いつける。
 飛鳥井もそれについては、教育対象が夕陽からあさひに変わっただけだと二つ返事で受け入れた。
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