第36話 チャリティーコンサート

文字数 1,520文字

 チャリティーコンサート後、談笑している一樹とシンガーを見た。桜はその場になんとなく出ていく気持ちになれなくて、ロビーの外に出る。夕暮れ時になっていて、コンサートの出待ちしているファンが寒い中、楽しそうに話し込んでいる。桜がぼんやり見ていると、一人が近づいて来た。
「Maiさんのファンですか?」
「あ…。あの…」と桜がどう説明していいのやら困っていると「ご新規さんだー」と勝手に解釈された。
 ぱっつん前髪の短めボブの女の子が自然な笑顔で笑いかける。
「一緒に出待ちしよう」と言われて、なんとなく断れなくてみんなのところに連れて行かれた。
 他の人たちはそれぞれ話していたけれど「ご新規連れてきたー」とその女の子が言うと、みんなが笑い出した。
「ちょ、ゴーイン」
「困ってるじゃん」
 そう言ってる割にみんなが近づいてきた。
「直で聞いたの、初めて?」
「あ、前のチャリティーコンサートの時、飛び入り参加されたのが初めてで」
「あー、チャリティーの関係の人かぁ…」
 まぁ、そう言われればそうとも言えなくないか、と桜はまた説明の機会を失った。
「私たち、体は元気なんだけど、心がちょっと…。でもMaiの歌を聞いて、すごく元気になったんだ」
「そうそう。まるでお日様みたいな歌声だから、なんかちょっとずつ元気になってきて…。まだ学校には行けないけど…、ご飯食べれるようになったりして」
「うん。それで…こうして仲間もできたし」
 まだ十代の子供たちみたいな子ばかりだった。
「死ぬことばっかり考えてたのにね」と明るい声で言う。
「死ぬこと?」と思わず桜は聞き返した。
「うん。辛くて、辛くて…さ。でもこうして知らない誰かと繋がって、それから…元気になって…」
 周りの子たちが素直に頷く。
「Maiはこんな私たちにも優しく接してくれて」
「うんうん。本当に大きくて、温かい人」
 まるで本当に太陽みたいな人なんだな、と桜は思った。そうこうしているうちに、Maiが表に出てきた。みんなが彼女に駆け寄る。
「寒いのにありがとー」と大きな声で言う。
 本当に弾けるような笑顔でみんなとハイタッチをしていった。声をかけれるだけかけていく。
「ありがとう。来てくれて」
「遠いのにー」
「気をつけて帰ってよー」
「うんうん。またね」
 タクシーまでの短い距離だけど、一人一人声をかけていく。ファンは嬉しそうに声を上げた。僅かな時間だけど、ファンと触れ合って、タクシーに乗る。
「またねー。絶対、会おうねー」と窓から声をかける。
 そう言われて、みんなも「またねー」と声を上げていた。
 見えなくなると、まるで太陽が沈んだように、意気消沈して、ファンは固まって駅まで歩き出した。その後ろ姿を見て、桜は胸が締め付けられる。

 死ぬことばかりを考えていた、と言っていた。桜ははっきりと死を意識して希望したことはない。ただあの時、生に対してどうでもいい気持ちにはなった。ここから落ちて…どうなってもいい、と思った。ふと、死がすぐ隣にあった瞬間だってあった気がする。空を見ると、ゆっくりと暮れていく時間だった。
「桜」と一樹に呼ばれて駆け寄る。
 桜の荷物も抱えて出てきてくれていた。芽依からもらった花束も手にしている。
「寒いのに…」と言われる。
 慌てて腕を取って、一樹の体に体を寄せた。
「どうかした?」
「…好きです」
 今感じているこの気持ちをうまく説明するのが難しい。
「え?」
「バレンタインだから…」
「この花束…僕が用意したのじゃないけど」と言って、桜に渡してくれる。
「桜のこと、愛してる」
 その言葉が桜の心を掬い上げてくれる。
「私も…」
 もう少ししたら、あの日見た月が登るだろう。桜はあの綺麗な月が静かに見ていたのを思い出した。
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