第43話 結婚式

文字数 1,342文字

 朝からいい天気で、空気は冷え込んでいた。三月下旬とはいえ、朝はまだ寒い。
 桜は神社の横の会館で化粧と着替えをしていた。真っ白に顔を塗られて、白無垢を着せられると、自分が人形になったような気がする。一樹は別室で着替えていると言う。
「桜…おめでとう。綺麗よ」と母親が涙を拭きながら言った。
「お母さん、ありがとう」
「お母さんね。桜に会えて、本当に幸せだった。楽しかったし、可愛かったしね。それにこんなに幸せな花嫁さんになってくれて…」
 桜も涙を溢す。すぐに横からティッシュで押さえられて、白粉をはたかれた。
「さぁ、泣いてたら白粉まみれになるから。神様にきちっと報告しましょうね」と母親は気分を変えるように明るい声を出す。
 控室から出て本殿に向かうとき、近所の人たちが見に来てくれていた。
「桜ちゃん、綺麗よ」と昨日の前川さんが声をかけてくれる。
 小さい頃から知っている顔の人たちが口々に「おめでとう」と言ってくれた。
 陽が当たっているせいか、気温が少し上がったように思える。集まってくれた人たちの優しい気持ちが桜の心を温かくしてくれた。

 一樹は先に本殿に入って待っていた。燕尾服は着慣れているが、着物は七五三の五歳以来だった。でも女性よりは楽なんだろうな、と思って座って待っていると、白無垢を着た桜が入ってきた。綿帽子で少しだけしか顔が見えないけれど、それが美しく見える。本当に綺麗で、神聖な姿だった。
 祝詞を上げてもらい、三々九度をする。
 西洋のように誓いのキスはないが、指輪の交換を行った。二人でなるべくつけていても違和感のないデザインにしようと決めていたものだ。籍は入っているけれど、こうして結婚式をすることで桜は夫婦になれた実感がようやく生まれたような気がする。

 式は滞りなく終わり、家族写真、二人の写真を撮る。桜の木の下で並んで撮っている時、桜は本当に縁のある木だとつくづく感じて見上げる。桜の花が風で小さく揺れた。
 綿帽子をとって、可愛くヘアアレンジされた姿でも写真を何枚か撮った。
「一樹さん…。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
 少し照れたような顔でお互い写真に収まる。穏やかな早春の結婚式の日で忘れられない一日になった。

 その後、着替えて、会食をするのだけれど、母親は「無事に済んで良かったわ」とあんなに泣いていたのにあっさりした顔で言う。
「これから市内の方に行くんだろ?」と父親が言う。
 少し観光もして帰ろうと一樹と言っていた。二人は頷く。
「ドイツに桜さんを連れて行きますけど…。絶対に大切にしますので」と一樹が言うと、父親は頭を深く下げた。
「娘をよろしく」
 お酒に書かれたメッセージと同じだった。
「はい」と一樹も頭を下げた。
 そして和やかな会食が始まった。桜の小さな頃のエピソードを母親が語ったり、一樹は海外生活の話をしたりした。突然、家族と言う訳にはいかないけれど、こうして家族になって行くんだな、と一樹は思った。一樹にとって家族というものがまだ分からないけれど、桜の両親を見ていると少しだけわかったような気がした。
 特に口に出して伝えることはないけれど、そこにある当たり前の愛…。そして思い出を重ねていく家族の時間を一樹もこれから築いていきたいと思った。

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