第33話 選択した場所

文字数 3,130文字

 二人で何枚も写真を撮ってもらう。お互い見つめあって写真を取るなんて、恥ずかしいけれど、なんだかこそばゆい気持ちもあるけれど、二人は幸せだった。
 スタジオの端で片付けながら、撮影を見守る二人がいた。
「良いわねぇ。幸せオーラが漂って」と鉄雄が言う。
「はい。素敵なお二人です」と芽依が微笑む。
 すると少し余ったレースに桜を付けていたのを鉄雄は芽依の髪に乗せた。
「似合うわよ」
 赤くなって、芽依が俯く。
「ごめんね。モンプチラパン」
「どうして謝るんですか?」
「結婚式してなくて…」
「でもたくさんウエディングドレスは着たので」と芽依は笑う。
「モデルとして…でしょ?」
「でもいつも鉄雄さんの花と一緒だったから」
 そう言うと大きな手で頭を撫でる。
「本当にあんたのことは大好きなのよ」
「分かってます」と芽依は言う。
 幸せいっぱいの笑顔で写真に収まる二人を見ながら、憧れない訳ではなかった。それでも芽依はやっぱり鉄雄の側にいたくて選択したのだから、と笑顔を見せた。撮影が無事に終わる頃に、鉄雄の恋人、晴がスタジオに芽依の赤ちゃんを連れてきた。
「灯花」と鉄雄が手を出すと小さな手を伸ばす。
 赤ちゃんが入って来たのを桜はうっかり見つめてしまった。
「ごめん」と一樹に謝られてしまう。
「あ、違います。可愛いから、普通に見ただけです」と言うと、芽依が近づいてきて、ヘッドドレスを外してくれた。
「お疲れ様です」とにっこりと笑いながらリボンを解いてくれる。
「今日は素敵なヘッドドレスとお花ありがとうございました」
「とっても綺麗でしたよ」と芽依は微笑んだ。
「あの…赤ちゃん、芽依さんのお子さんですか?」
「そうなの。着替えたら、ぜひ見てくださいね」と芽依から言ってくれる。
「はい。すぐ着替えてきます」と桜は言った。
 芽依は一樹のブートニアを外す。
「よかったら、お花纏めてお持ち帰り用にお渡ししましょうか?」
「ありがとうございます。きっと喜ぶと思います」
「可愛らしい奥さんですね」と芽依は言った。
「はい…。すごく助けられてます」
「そうですか。お似合いだと思います」
 そう会話しながら、一樹は目の端に映る男性二人の関係性が気になった。友人とは言えないような距離感がある。でも夫婦のスタイリストだと説明を受けていたので、一樹は分からないが、プライベートなことなので、知らないふりをした。
「永遠の片思いです」と不意に芽依が言う。
「え?」
「ずっと夫が好きで…仕事も一緒で、幸せです」と微笑む。
 もう一度、背景の男性を二人を見る。きっと彼らが恋人同士なんだろうと一樹は思った。そして芽依はブーケをバラして、もう一度、持ち帰りできるように花を纏めていく。すると鉄雄がやってきて「私がするから、灯花を抱っこしてて」と言った。
 小さな手を必死で伸ばして母親に抱かれる赤ちゃんを見ていると、なぜか一樹は不思議な気持ちになる。自分は母親に抱かれた記憶がない。けれど、しばらくは子育てしていたと言うのだから、抱いてくれたはずだった。
 ぼんやり見ていると「抱っこしてみますか?」と芽依に聞かれた。
「あ、いえ。あの…着替えて来ます」と一樹も着替えに行く。
 先に桜が着替えて、すぐに芽依のところに行った。
「わぁ可愛い。女の子ですか? お目目くりくり」
 そっと抱っこさせてもらう。じんわりと暖かさが伝わってくる。そして小さな手が首の後ろに回った。その自然な動きが桜には不思議だった。誰にも教えられてないのに、と。赤ちゃんはじっと芽依を見て、不思議そうにしていた。
「私に抱っこされてるの気づいたら泣いちゃうかな」と桜は少し心配になる。
「どうかなぁ。灯花、良いねぇ。抱っこされて」と赤ちゃんを芽依はあやした。
「とうかちゃん? 素敵な名前ですね」
「はい。主人がつけてくれて。灯りと花という感じで…。優しい子に育って欲しいって願いを込めて」
「わぁ。素敵。私も赤ちゃん欲しいなぁ」と桜は一樹がいないのを確認してから言う。
「旦那様が嫌がってるんですか?」
「いいえ。…私のことを思って。しばらくは…って。でもこんなに可愛いなんて」と思わず力が入りそうになるのを我慢する。
「良いお母さんになりそう」と芽依が言うと、桜は笑った。
 しばらくすると、赤ちゃんが少しずぐり始めた。芽依が抱っこしようとすると、ドア付近で立っていた男が大きな歩幅で近づいてくる。
「灯花…、多分、お腹空いてるから。ミルク作って来るまで抱っこしておくから」と赤ちゃんを抱き上げた。
「あ、晴さん…。お願いします」と芽依が慌てて出て行った。
 恐ろしく顔の整った美形で、スタイルも良くて、背も高い。服もアシンメトリーのシャツを着ているが、少しも変に見えない。赤ちゃんは慣れているのか、抱っこされて泣き止んだ。桜は側にいて良いのか分からなくて、どうしようかと思っていると、話しかけられた。
「旦那さん…。ピアニストの桜木一樹?」
「はい、そうです。ご存じですか?」
「昔…撮影でヨーロッパに行った時に、日本人のピアニストの演奏会があるって聞いて…、まぁ、見た目も良かったから行ったことがあって」
「そうなんですね」
「疲れてたし、寝ると思ったんだけど。クラシックで寝なかったの初めてだった」と無愛想に言われる。
「それは当然です」と桜はちょっとむきになって言った。
 ふっと息を吐くように笑って「なるほど。で…楽しみにしてた。それが全然音沙汰なくて。今のいままで忘れてた」と言った。
「じゃあ、チャリティコンサートぜひ来てください。入場料無料です。あ、募金箱ありますけど」
「ふーん。気が向いたら行こうかな」
「今、ものすごく頑張ってるんですから」と何故か少し怒り気味で返答してしまう。
 するとミルクを持った芽依と着替え終わった一樹が同時に来た。ミルクを芽依から受け取ると、晴は手慣れた様子で赤ちゃんにあげる。
「じゃあ…。また」と言って、赤ちゃんを連れて去っていった。
「あ…」と芽依は言う。
「すごく慣れてますね」と一樹は言った。
「灯花のこと、大切にしてくれてて。意外なんですけど、赤ちゃん、好きみたいです」
「あ、ヨーロッパで一樹さんのコンサート聞いたって言ってました」
「え? そうなんだ」
「チャリティーコンサート誘ってみましたけど…」
「チャリティーコンサート?」と芽依が聞く。
「赤ちゃん連れでも大丈夫です。ラジオ局のロビーでするので。良かったら来てください」と桜が言った。
 日付と場所を教えて、二人は頭を下げて、スタジオを出る。睦月は仕事があるからと途中で抜けていた。すると後ろから慌てて鉄雄が走ってくる。
「ブーケ、忘れてるわよー」と大声で言われた。
「あ、そうだった」と桜が駆け寄って受け取る。
「もう。すごい有名フローリストの作品なんだから」と自分で言って笑った。
「ありがとうございます。今日は本当に素敵でした」
「こちらこそ、素敵な二人を見させて頂いて」と鉄雄がおどけて、西洋式のおじぎをする。
「芽依さんによろしくお伝えください」と言うと、鉄雄が「良い子でしょ? 私の可愛いモンプチラパンなの。一緒に仕事してくれて…優しくて」と自慢する。
「はい。一緒に仕事ができるなんて羨ましくて」
「えー?」と鉄雄は笑った。
「私はお仕事では何もお手伝いできることないですから」
「そんなことないわよ。…側にいるだけで…幸せってすごいことなのよ」
「え?」
「そう言うのが伝わって来たから。末長くお幸せにね」と言って、軽く手を振って、鉄雄は戻って行った。
 花から良い匂いが漂ってくる。不思議な夫婦だな、と桜は思った。
「桜、帰ろう」と一樹が声をかけてくれる。
 一緒に帰る場所が同じだという幸せが永遠に続きますように、と桜は願った。
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