第48話 始まる恋と終わった恋

文字数 1,545文字

 収録が終わった後、DJに「同棲する前に、勇気出して、気持ち伝えた方がいいんじゃないの?」と一樹は言ってみた。
「そうっすね。はー。でもそんなにうまく行くと思いますか?」
「それは…分からないけど」
「だって、俺が大学生の頃、向こうは小学生ですよ?」
「まぁ、だんだん歳の差なんて埋まるから」
「こっちは汚れてしまった小汚い大人で、向こうはまだアイドルとか追っかけて…」と言い訳をたくさん言う。
 長くなりそうだったので、一樹は置いて帰ることにした。
「まぁ、とりあえず、同棲の前に話はした方がいいと思うよ」と言って、手を振った。
「そういうところが冷たいんですよ」とDJは文句を言っていた。
 一樹は山崎を探す。山崎からメッセージが来ていて「ゆっくり飲みたいから、桜ちゃん、我が家で待ってもらって」と書いていた。
「分かった。どこ?」と返信する。
「すぐ行くわ。スタジオ前で待ってて」と返事が早かった。

 しばらく待っていると、急いで来て、慌てて「帰ろう、帰ろう」と一樹の肩を押す。
「捕まったら面倒臭いから出よう」と言われて、一緒に早足で帰る。
 遠くで「山崎ー」という声が聞こえた。
「え? 大丈夫? いいの?」
「いい。いいから」とそのままラジオ局から出て、すぐにタクシーに乗り込む。
「暇なおじさんに飲みに誘われそうになっただけだから」と山崎は運転手に行き先を告げる。
「あれ? ママ、まだお店やってるの?」
「例の銀行員とは破局したらしい」
「そうなんだ…。難しいね」
「そうなると思ってたけど」と山崎はため息をつきながら言う。
「じゃあ、しばらくお店続けるの?」
「それがさ、二十も若いイケメンが入ってて、店も改装して…若い女の子の客も多くなったんだって」
「へぇ」
 山崎が言うには愚痴を聞いてほしい、女性たちがスナックに来るようになったらしい。それでイケメンを雇ったら大繁盛するようになっていると言う話だった。
「それじゃあ、よかったね」
「まあね。イケメンは親戚の子らしいから…、色恋沙汰はないと言ってたけどね」
「あのさ…。好きなの?」
「え?」と山崎は驚いたように聞き返した。
「ママのこと。前から思ってたんだけど」
「…好きっていうか、戦友って感じだけど」
 歯にものが挟まったような言い方で言う。一樹はそれ以上何も聞かずに黙っていた。
「…好きだったよ」と呆れたような声で言う。
「え?」
「一緒に、銀座で騒いで…。接待客見送って、二人でその後、合流して、おでん屋で、愚痴言って、深夜の喫茶店でコーヒー飲んで…。…好きだったよ。そん時は」
「言わなかったんだ」
「…できなくて」
「え?」
 一樹は山崎がEDだと聞いて驚いた。仕事のプレッシャーが強くて、鬱になりかけていた、とも言う。その上、不規則な生活が祟って、できなくなったと言う。
「気持ちは君のCDに助けられたんだけどね。…どうしても体はどうにもならなかった。睦月に会う前に一度だけ、ママとホテルに行ったことがある。酔っ払って記憶を無くしたふりをしていたけど、…できなかった」
「…それで?」
「それで、言えなかった。好きだって」
 ちょうどその頃、上司である睦月の父親に彼女との結婚を推されていたらしい。
「え? じゃあ…」
「葉子は俺の血は入ってない。でもちょうど良かったと思って。俺は作れないから」
 初めて知った話で、一樹はなんて言っていいのか分からなかった。
「そんな俺に家族ができたんだから、奇跡だって思うだろ?」
 確かに葉子は睦月に似ていたが、山崎には少しも似ていなかった。タクシーは静かに止まる。小さな店は外観も少し変えて、モダンな店になっていた。これなら若い女性も入りやすい。スナック静子は「Calme《カルム》」の看板を上げていた。フランス語で、静か、穏やかなという意味だった。
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