第39話 お見合いの付き人

文字数 2,099文字

 今日は桜の友達、佳とラジオのDJのお見合いだった。桜は時間があったので、付き合うことにした。お見合いおばさんのように頃合いを見て「では後はお二人で」と言って立ち去るつもりにしている。佳は美容師をしているので、髪は青色に染めていて、左右に三つ編みお団子アレンジをしていた。
 先に佳と会って、二人で話をした。別にDJの話ではなくて、最近の話で、桜が一樹の弟に会ったとか、ちょっとした行き違いの話を相談した。
「桜がやきもち?」
「そう…。なんか、他の女の人と一緒にいるの見て、もやもやするのって、やきもちでしょう?」
「それは間違いなくやきもち」と佳が笑いながら言う。
「そんなの初めてで…」
「おいおい」と肩を軽く叩かれる。

 DJが指定した場所は洒落たイタリアンバーだった。入り口付近で待っているとDJが大きく手を振って近づいてきた。
「へー。イケメン」と佳が言う。
 イケメン? と思わず首を傾げてしまうが、奇抜な髪型をDJもしているので、その髪型の趣味は合う気がした。
「初めましたー」と明るく言う。
「さすがDJですね」とのっけから笑い出す佳だった。
(これって、私いらないかな?)と桜は思ったが、「とりあえず入りましょう」と言われてバーに入った。
「桜木さんに桜さんにはお酒を飲ませないように言われてるんで。ごめんなさい。ジュースにして」と言われる。
「えー。私もお酒ダメなんだー」と佳が言う。
「え? ほんと、じゃあ、ここで軽く食べて、ケーキ食べ行こうよ。俺、甘いもの好きだけど、一人で入る勇気がないからさ」と言って、DJがさっさとメニューを決めて「後、好きなの頼んで」と言った。
 この二人が恋愛に発展するかは分からないけれど、相性は悪くなさそうだった。
「アイドル好きって聞いたんだけど、どこのグループ?」と佳の興味を覚えていてくれた。
 そのアイドルはすごく頑張ってるとか、スタジオに来た時も礼儀がいいとか色々教えてくれた。
「サインもらってあげようか?」
「いいんです。そういうのは。自力でゲットしたいんで」と佳は断る。
「なるほど、筋金入りなんだ」
 楽しそうに喋っているのを見て、桜はそろそろ頃合いかと思った。すると、美味しそうなニョッキや、イベリコ豚のバルサミコ酢焼きなどが運ばれてくる。せっかくだから食べて、と言われて、食べてみる。DJがお勧めというだけあって、どれも美味しかった。
「そうだ。DJさんのお名前は?」
福田翔(ふくだしょう)
「えー。普通にかっこいい名前。顔もかっこいいし」と佳は言う。
「そんなこと言われたの初めて」とちょっと照れていた。
 何だか可愛らしい人だな、と桜は思った。仕事している時はすごくちゃきちゃきしているし、喋り方がDJ風だから軽いのかと思っていた。
「あの…一樹さんから聞いたんですけど、すぐにでも結婚したいんですか?」
「あ、いや。恥ずかしい。何だか桜木さんが幸せそうなので、僕もいつも猫と暮らしてるんですけど、そろそろ結婚したいなぁって考えてて」
「えー。まだ若いのに?」と佳が驚いていた。
「いやー。三十五だからね。桜木さんと同じ年で…」
「そうなんだー」
「それで頼んだけど…。桜ちゃんと同じ年だから…。それこそ結婚なんて考えてないよね? 今日は楽しくご飯食べて、美味しいケーキ食べて帰ろう」とちょっと申し訳なさそうな顔で言う。
「え? 私、仕事ばっかりだから、出会いなくて…。またデート誘ってください。あ、気に入ってくれたら…でいいんですけど」と佳が言うので、桜は驚いた。
「僕と?」とDJは指を自分に向けて聞く。
 佳が笑いながら「他に誰かいます?」と言う。
「え? え? ほんと?」
 桜も佳を見て「ほんと?」と聞いてしまった。
「えー? だって、性格もいいし、見た目もタイプだし…。悪いところある? あ、結婚するなら、仕事やめてとか言ったり、アイドルの追っかけはやめて欲しいとか言うなら、今ですからね」
 首を全力で横に振っているDJを見たら、桜はおかしくなった。それでご飯を食べて、ケーキ屋に向かう時にお別れしようかと思ったけれど、そのケーキがまた美味しそうで、でも桜もそろそろ帰らないと、と思ってケーキだけテイクアウトすることにした。
「じゃあ、後はごゆっくりお二人で」とずっと言ってみたかった台詞をようやく言えて、家路に着いた。

 電車に乗っていると、一樹からメッセージが届く。
「今、どこ? 家にいる?」
「今、電車です。思ったより、遅くなってしまって」
「じゃあ、駅で待ってるから、一緒に帰ろう」
 そう言われると温かい気持ちになる。佳とDJがどうなるかは分からないけれど、もし一緒に暮らすことができたらいいな、とぼんやりと思った。待ってくれる人がいる駅に電車がゆっくりと近づいていく。
 もうすぐ春が来る。結婚式をして、この場所からドイツに向かう。出会って数ヶ月の人と結婚するなんて、一年前の自分は思ってもみなかったな、と窓の外を眺めながら電車に揺られていた。
 一年前はまだ学も生きてたな、と思うと、少し胸が痛くて、目を閉じる。電車の揺れを感じながら、早く一樹に会いたいと願った。電車は定刻通りに駅に着いた。
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