第46話 恋と友情と夜中のラジオ

文字数 2,843文字

 スパゲッティをくるくるフォークに巻き付けながら、桜は佳に聞いた。鉄板で焼かれたナポリタンは焦げ部分があるものの、それがまた香ばしい匂いと食感があった。
「好きなの? それとも友達止まり?」
「うーん。まだ何とも言えない。猫を飼ってるからって、部屋に誘われたの」
「うん。それで」と思わず、ごくりと唾を鳴らす。
「それでね。猫と遊ばせてもらって、デリバリーピザ食べながら、音楽聞いて、私の推しのアイドルの曲やら、今流行ってる曲やら…。それで家まで送ってもらったの」
「何も? なし?」
「なし」
「キスも?」
「ないよ。だから、あ、私はタイプじゃないんだなーって思って。結構、奇抜な格好してるし…。向こうもしてるから、いいと思ったけど。そしたら、アパートの更新月が近づいてるって話をしたら、一緒に住む部屋借りる? って言われて」
「え? 何も言ってこないのに?」
「そう…。変かな?」
「だって、何にも知らないのに、一緒に暮らすの?」と桜は心配で不安が膨らむ。
「それ、桜が言う?」
 確かに桜もお互いをよく知らないまま、なし崩しに一樹と一緒に住んでいた。
「…確かに。でも一樹さんだったから、よかったけど」
「桜から手を出したの?」
「…それは」
「流されちゃったの?」
「うーん。そうじゃないけど…」
 曖昧な言葉ではっきりしない桜に佳は笑いかけた。
「今の私もそんな感じ」
「佳…」
「好きって気持ち、よく分からないし。でも一緒に部屋に住む? って聞かれて、正直、嬉しかった」
「…そっか。私が聞いてみてもいいけど、佳がちゃんと聞いた方がいいと思うから。…もし、何かあったら話は聞くし、うん」と桜は言った。
「友達って、辛いでしょ? 私だって、本当は歳の離れたピアニストと付き合ってるって聞いた時は本当は心配だったよ」とにっこり笑った。
 そんなこと一言も言ってなかったのに、と桜は目を丸くする。
「でも桜が…恋してる顔だったから」
「佳は恋してる顔か…分かんないよ」
「接客業で鍛えたポーカーフェイスだもん。あははは」と明るく笑う。
 友達に心配されて、でも黙っていてくれて、桜は佳の友情に感謝した。
「幸せになって、よかったね」
「ありがとう」
 いつか、佳に同じことを言える日がくるといいな、と桜は思った。

 明るいオープニングのテーマに沿ってDJタカシーンがいつも軽快に喋る。
「こんばんはー。みなさん。春が近いと動物も恋しちゃいますよね。あ、これ、僕の友達の話なんですけどね。えっと歳の離れた女の子…十歳以上下で、その子が可愛くて、でも自分はおじさんだからどうアプローチしたらいいなあーって相談されて。はい。友達にね。みなさんアドバイスを受け付けますので、教えてください。どうしたら仲良くなれるのか。諦めろと言うアドバイスは振られてから募集するから、ちょっと今日は待ってね。あ、友達の話ね。では今日の一曲目は…」
 一樹は吹き出しそうになりながら、聞いていた。
『その友達はどういう経緯で知り合ったのですか? 知り合った経緯によって、アプローチも違うと思います。お互いの趣味が合うなら、趣味で近づいたり…』
『おっさん、さっと告白してみればええねん。時間かけてもしゃーないで』
『十歳以上ってハイスペックじゃないと無理だと思います。正直な話』
『デートを重ねて相手の動向を探る』
『そもそもデートとかしたんですか?』
 リスナーから驚くほどの回答が来た。
「どれもこれもお役立ち情報、サンキューです。そしてもし歳の差恋愛してるよって人がいたら、ぜひエピソードとリクエスト曲も添えて、送ってください。なるほどねぇ。デートを重ねるねぇ。これって、やっぱり世代的にデートはどこ行ったらいいんですかね? 引き続き、年齢差の恋について教えてくださーい」
 友達の話として、うまい具合にアドバイスと引き出すだけでなく、番組もいつも以上に賑やかになっている。
『まさかタカシーン、恋してない?』
「してないしてない。してるしてる。年中、恋焦がれてるから」
『タカシーンは歳の差について、どうよ?』
「それは…関係ないって言いたいけど、やっぱり気になるお年頃だよねぇ」
『歳の差ってあろうが、無かろうが…結局は相手に対するリスペクトと思いやりだよー』
「間違いない」と言って、リスナーに見えるはずのない親指を立てる。
 ラジオは双方向性に向いているメディアだ。電波に乗って、音が届くと言うのに、不思議とリスナーとDJの距離は近く感じる。
「さて、いつものピアニスト桜木一樹さんですが、もうすぐドイツに行かれると言うので、みなさん、寂しくなりますよねぇ。たまに帰ってきた時はまた番組に出てもらおうかと思ってます。チャリティイベントも引き続き行っていくので、どうぞご期待ください。後ですね。今日のテーマにぴったりなんですけど、ご結婚されて。しかも年下の可愛らしい女性と。どういった手練手管で結婚したのか聞いてみたいと思います」
 まさか自分に振られると思ってなかったので、一樹は驚いた。
「こんばんは。桜木一樹です。今までありがとうございました。ピアノをこの番組で弾かせてもらって…、今までとは違って新しい世界に触れることができて、良い経験をさせて頂きました。チャリティコンサートも毎年必ずやっていきたいなと思ってます。後、シンガーと一緒にアルバムも作ってるので、そちらも楽しみにしていてください」
「で、どうやって、奥さん捕まえたんですか?」
「捕まえた…っていうか。好きになったら、好きになってくれてた…って感じです」
「わー。今ままでで一番役に立たないコメントでしたね。顔がいいので、何もしなくてもいいってことですか」
「そんなことないですけど。あ、食べることが好きだったので、大量にパンを買ったのがよかったのかも」
「パン? プレゼント作戦にしては…ちょっと」
「まぁ、欲しいものと合致したら、値段はどうでもいいんじゃないですか」
「結局、大した努力せずに、ゲットできたって自慢ですか? お帰りください…と言うのは冗談ですけど。まぁ、僕知ってるんですけど、奥さんのこと。ほんと、可愛らしい方で…。やっぱりピアノとか弾けたりしたからですかね? とこっそり思ってます。で、また桜木さんも彼女には優しいんです。もうね。僕なんかには冷たいんですけど…。そういうオンオフですかね」
「え? 優しくしてるつもりですけど」
「いや、もっと優しくして。では早速、リクエストコーナーいきますよ」

 ラジオは時間と共に移ろって、消えていく。音楽と一緒だな、と一樹は思った。夜のひととき、一体、何人の人がこの番組に耳を傾けているのだろう、と不思議な気持ちになる。リクエストがきたアニメ曲を編曲して、弾いたりして、今日が最後の出演だと思うと感傷的にはなった。ここで弾かせてもらって、本当に世界が広がった。クラシックだけでなく、ジャズや、アニメの曲、そしてシンガーとの共作まで。
 人生ってどうなるか分からないな、と思いながら演奏した。
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