第41話 桜咲く

文字数 1,717文字

 結婚式の前日になる。桜と一緒に新幹線で彼女の実家に向かう。一樹は初めてのことなので緊張していた。
「すごく小さい家だけど、よかったら泊まって」と言われたので、一樹はそうさせてもらうことにした。
 しばらく窓の外を見ていたが、桜がうとうとし始めたので、一樹は肩を貸す。桜の温もりが心地よくて、一樹も眠りに誘われた。一眠りしたおかげで、気持ち良く目が覚める。思ったより、遠いので一樹は驚いた。
「着くよ」と起こすと、桜は目を開けて、微笑んだ。
「一緒に帰れて嬉しいです」
「ごめんね。今まで…来れなくて」
「えー? じゃあ、着いたらおいしいもの食べましょう」と桜が張り切るので、一樹は笑った。

 駅ビルで少し美味しいもの食べてから、また在来線に乗る。だんだんのんびりした風景に変わっていく。こんなところで桜は育ったんだな、と一樹は外を眺めた。一時間ほど乗って、最寄駅に着く。タクシーで桜の実家まで戻った。
 大きな神社を通り過ぎると、小さな弁当屋が見える。
「ここです」と少し恥ずかしそうに桜が言った。
「へえ」
 黄色のテントに「お弁当 つかもと」と書かれている。
「ただいまー」と声をかけると、奥にいた母親が出てきた。
「おかえりー」と満面の笑顔を見せる。
「今日は。すみません。お邪魔します」と一樹が頭を下げると、母親は慌てたように返した。
「やだ。お邪魔なんて。今、ちょうど暇だから。あ、お父さん、外に出てるのよ。さ、上がって」と言って、横のドアから階段に上がるように言う。
「お昼時が終わったからもうあとはぽつぽつなの。田舎だから…晩御飯に少し…って感じで」
「そうなんだ」
 細い階段を上がったら、小さな居間と台所があった。ちゃぶ台が置かれている。
「一樹さんって…正座…できる?」
「できる…と思う」
 ささっと座布団を置かれて、その上に座るように言われる。
「でも無理しないで。足、崩していいから」と桜は笑って、台所に行った。
 手を洗うと、急須にお湯を入れて、お茶を作る。
「一樹さんがこの家にいるなんて、すごく不思議な気分になる」
「そう?」と言いつつも、一樹も落ち着かない気分だった。
 しばらくすると母親が上がってきた。
「今日はもうお店閉めるわね」
「え? いいの?」
「いいに決まってるでしょ? 明日はお休みさせてもらうし、常連さんには桜の結婚式ですって言ってるのよ」
 桜は照れ臭くなって、茶を運んだ。
「塚本さーん」と下から呼ぶ声がしたから桜が降りていくことにした。
 降りると近所のおばさんだった。
「桜ちゃん、明日、結婚するんだってね」
「はい。もう籍は入れてるんですけど…」
「そうなの? ちょっと神社に覗きにいくわね」
「えー」と言ってると、一樹と母親も降りてきた。
「あらあら。前川さんじゃない」と母親が言うと「え? 桜ちゃんの旦那さん?」と驚いたような顔をする。
「初めまして…」と一樹が頭を下げると、前川さんは「男前じゃないのー」と黄色い声を上げる。
「明日ね…近所の人たちでやじ馬に行こうかと思ってて」と前川さんが言う。
「あら。泣けやしないじゃないの。困ったわねぇ」と母親が言う。
「だって、赤ちゃんの頃から知ってるのよ」と前川さんがしみじみ言う。
 おばさん二人が盛り上がっているので、落ち着かなくなり、桜は一樹を誘って神社に向かった。夕方までには時間があるが風が少し冷たい。鳥居をくぐると長い階段がある。
「桜、毎日、ここを上がってたの?」
「そうですね。小さい頃は元気だから…」と桜は言う。
 階段を登ると、一樹は驚いた。桜が咲いている。東京よりも温かいから桜の開花は早いのだろうけれど、ここに来るまで桜の花が咲いているのを見たことがなかった。
「ここだけ開けてるから、日当たりがいいのかも」と桜は言う。
 不思議な景色だった。桜の向こうに本殿が見える。
「きっと…。ずっと小さい頃から見てた桜のこと、お祝いしてくれてるのかもしれないね」
「え?」と桜は聞き返した。
 一樹がそんなことを言うなんて思いもしなかったからだ。でも桜は口には出さなかったが、そんな気がしていたので嬉しくなる。
「明日はお世話になります」と桜は呟く。
 風は冷たいけれど、春が近づいているような淡い空だった。
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