第45話 友達の恋

文字数 2,054文字

 東京に帰ってきて、桜は佳に会いに行く。夜ご飯を一緒に食べようと誘って、地元のお土産を渡す予定だった。
「遅くなるなら、迎えに行くから」と一樹に言われる。
 一樹もちょうどラジオ局の帰りで遅い日だった。桜は一樹に近づくと、体をもたせかける。
「嬉しいです。一緒に帰れるの。いつもありがとうございます」
「うん。じゃあ、もし話が弾んで遅くなっても近くで待ってるから。ゆっくりしてきて」
「一樹さん。ありがとう。お弁当作りましたよ。ラジオ局で食べてくださいね」
「いつもありがとう」と言って、桜にキスをする。
「一樹さん」と言って、桜が体に抱きつく。
「どうしたの?」
「なんか…好きすぎて…どうしたらいいかな?」と桜が真面目な顔で言うから、一樹は笑った。
「それはありがたくて…困るな。少しでも一緒に入れるように駅まで送るよ」
「大丈夫です。一樹さんはピアノの練習してください」と言って体を離した。
「いいのに…」
「いいんです。じゃあ、また夜に」と言って、桜は家を出た。

 夕方に家を出て、駅まで歩く。ドイツに行く前に佳になるべく会っておきたかった。佳とDJの付き合いはどうなっているのか分からないからその話も聞きたいし、結婚式の写真も見て欲しいと思っている。
 駅で人の多さに驚いていたが、それも徐々に慣れた。二度と会わない人と、どれほどすれ違っているだろうと思う。こんなに人が多いのに、関われる人はごくわずかだ。そして一樹と出会えたことを桜は幸運に感じる。
 自分からこんなに愛せる人がいるとは思っていなかった。
(佳にもそんな人ができるといいな)と思いながら、待ち合わせ場所まで電車に揺られる。
 待ち合わせ場所に着くと、佳が手を振ってくれる。人混みをかき分けて急いで向かうと、佳が「急がなくていいのに」と笑ってくれた。
 優しい友人との付き合いは心が落ち着く。佳とカジュアルなレストランに入る。お酒は飲めない佳はいつも可愛い店を知っている。席に着くと、女子トークが全開した。お土産を渡すと、桜の結婚式の写真を見せて欲しいと言われる。
「わぁ、綺麗ねぇ。桜も咲いてたの?」
「そうなの。日当たりいのかな? 不思議だった」
「へえ。桜も綺麗だし…。旦那様も男前だねぇ」
「ありがとう。佳はどうなった?」と聞いてみる。
「それがね…。同棲しようかって話なの。二人で部屋を借りた方が通勤にお互いにいいし…。それに…ちょっと広いとこ借りれるし」と佳が言う。
「え? じゃあ、付き合ってるの?」
「うーん。そうよね。ただのシェアハウスって感じじゃないもんね?」
「どうして私に聞くの? 彼に聞いてないの? っていうか、付き合ってないの?」と思わず桜は質問攻めにしてしまった。
 佳は少し困ったような顔を見せた。
「ご注文はお決まりですか?」とウエイトレスが来るまで二人は何も決めてないことに気がついた。

 ラジオ局に向かう。山崎が出てきて、「桜ちゃん、綺麗だった。睦月から見せてもらったよ。天気良くてよかったな」と一気に話す。
「うん。すごく綺麗だった」
「はー。謙遜という言葉もないくらい綺麗だったんですね」
「そう。綺麗で…。見惚れてしまった」
「もういいや。今日、時間あったら、飲んで帰ろう」
「うん。桜も友達と会ってるから…」
「友達って、うちのDJとお見合いした?」
「そう。…で、うまく言ってるの?」
 山崎は首を体操するように右左に傾ける。
「ま、本人に聞いて」と言って、去っていった。
 控室に入って、お弁当を食べようとした時、DJが入ってきた。
「お疲れ様っす」
 まだ何もしていないのに、そういう挨拶だ。
「こんばんは。あの…桜の友達とどうなってるの?」
「え? 桜木さんまで気になるっすか?」
「まぁ…ちょっと」
「ぶっちゃけ…。好きなんですけど。年が離れてて、どうしたらいいのか分からないんですよ」
「あ…まぁ、そうかな」と一樹は歳の差について考えてみた。
「うちに来て、猫と遊んで、帰って行きましたけど、帰さない方がよかったんっすよね? でも…なんか手を出すのって…」
「うん?」
「猫と遊びに来た子に手を出すって…、猫を餌に手を出す変態見たいじゃないっすか」
「ちょっと待って。相手の気持ちは聞いたの? 自分の気持ちは決まってるの?」と一樹は質問する。
「可愛いんすよ。ひたすら。もうそれ見てるだけで尊いっていうか。アイドルオタクなのも、何もかも」
「…うん。それで…付き合うの?」
「付き合いたいですよ。でも言い出せなくて、家を一緒に借りよっかって言ってしまって」
「え? 付き合う前にそんな話したの?」
「いや、彼女が更新月が近づいてきたって言うから…」
「シェアハウスのルームメイト?」
「いや、そんなつもりは…」と言って、DJは口をモゴモゴさせた。
 そして「教えてくださいよ。恋愛マスター」と泣きつかれた。
「リスナーに聞いてみれば?」と一樹はため息混じりに言う。
「あ、それ、いいっすね」と意外な反応でDJが少し元気を取り戻した。
 その日のオープニングで前代未聞のDJ自らのお悩み相談を始めた。
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