番外編 デイミアン伯爵が願ったデリック殿下の幸福
文字数 2,340文字
僕が牢獄から解放された日。
側近だったデイミアンが、全ての責を負って処刑されたことを知った。
僕は『デイミアンの甘言 に乗って、今回の事態を引き起こした』のだそうだ。
ソルムハイム王国でひっそりと婚礼の儀が行われた。
花嫁の身体が弱く、本来の儀式に耐えられないと判断しての事だと表向きには公表されている。いや、事実そうなのだけど。
「デリック。見て、朝露に濡れたお花がキラキラとして綺麗だわ」
そう言って、薄着のままテラスから庭に降りようとするジゼルを制止した。
「ダメだよ。ジゼル、ちゃんと上に何か羽織らないと……」
僕は、ジゼルに上着を掛けてあげる。
「だって今の、この時間しか見られないのよ。日が高くなってしまったら、朝露なんてあっと言う間に消えてしまうんですもの」
そう言ってジゼルは僕に笑いかける。
良くも悪くも、これが僕らの日課になっている。
ここはソルムハイムの王宮の離れ。身体が弱く後どれくらい生きられるかわからないというジゼルの為に、それでもここの国王は敷地内に森を作り庭には花が咲き乱れるような空間を作っていた。
そして、16歳になったジゼルに僕という夫まであてがっている。
昨年まで僕はこの国の王立学園に留学していた。学園の寮ではなく、王宮内のゲストルームに滞在していた僕がふと目にしたジゼルに一目惚れをしたという設定をジゼルは信じ込まされている。
まぁ、ジゼルに一目惚れをしたという事以外は事実なのだけれども。
何も知らないというのは、幸せなのか不幸なのか……。
「ジゼル。この綺麗な風景を見るのも大切だけど、朝食も大切だよ」
そう言って、僕はジゼルを中へと促した。
「朝は食欲が無いのよね」
「朝も……だろ? スープだけでも飲まないと栄養が取れないよ」
僕はにこやかにそう言って、ジゼルと室内に入って行った。
ジゼルはもうコルセットが必要なドレスを着る体力はない。婚礼の儀の後も、しばらく寝込んでいたくらいだ。
やわらかな布越しに触れても細い体。何かあるとすぐに寝込んでしまう。
そんな妻に、優しい態度でいるのはたいして苦にもならない、だけど。
「ごめんなさい、デリック。すぐに寝込んじゃって……私は貴方に何もしてあげられてないわ」
苦しい息の中、ジゼルは微笑みながらそんな事を言う。
そのたびに、僕の胸は少し痛むんだ。
最初は、打算があった。
なんだかんだ言ってジゼルは、国王からも周りの人々からもとても愛されている。彼女に上手く取り入れば、この事態をなんとか出来るのでは無いかと。
だけど、彼女は知っていた。一度、命の危険がある程の発作が訪れた時に
「ごめ……んね。父に……逆らえ……なかったの……でしょ?」
小さくとぎれとぎれに言った言葉だったけど、ジゼルの手を取り寄り添っていた僕には、はっきり聞こえてしまっていた。
僕の演技など、とうの昔に見透かされてしまっている。
だけど、彼女の僕に対する態度は変わらない。優しく微笑んでくれるんだ。
夜、夫婦の寝室でいつものように眠る準備をしていた。
最近は、ジゼルの体調も悪くはない。
僕は、ジゼルの前に跪きその手を取って甲に口づけをした。
「僕はジゼルを心から愛してます。僕と本当の夫婦になってもらえますか?」
ジゼルはビックリして僕を見ていた。
こんな時ですら、打算的な僕に嫌気がさす。
ジゼルはどんなに僕が……周りが頑張っても、後数年で死んでしまうだろう。
その後、僕を待っているのは死ぬことも出来ない孤独だけだ。
だけど、一生会う事も許されないかもしれないけれど、ジゼルと僕の子どもがこの世界に存在してるというだけで、今の様に心穏やかに生きていける気がするんだ。
そんな僕の打算など、ジゼルは見透かしているのだろう。なのに……
「はい。喜んで」
少し頬を染めてそう返事をしてくれるんだ。
「お父さま~。今日は私ダンスの先生に褒められたんだよ」
「こら、フルール。礼儀通りに入ってきなさい。もうすぐ君もデビュタントだろう?」
学園から帰るなりに部屋の扉を勢いよく開けた娘に、僕は苦言を呈していた。
「はぁ~い」
扉をぱたんと閉めて、今度は礼儀正しく入って来た。
ジゼルと僕の娘。
あの子を産んだ後、ジゼルはしばらくして体調が悪くなり1年も経たず亡くなってしまった。
君は体調が悪いのに、赤ちゃんを乳母に任せることは最後までしなかったね。その分、僕も頑張ったけど……。
全く、打算でどうにかなる相手では無いよね、赤ちゃんは。
君が好きだった花にちなんで『フルール』と名付けられた娘は、君と違って元気で僕と違って素直に……いや、逆だね。
身体の強さは僕に似て、打算の無い素直さは君に似たのだったね。
だけど、そのおかげで僕は君と過ごした王宮の離れに今も住んでいられる。
僕がここから出ていけないのは変わらないけど、娘とは引き離されなかった。
今も君の……ジゼルの愛した庭は相変わらず花が咲き乱れている。
君の代わりに朝露でキラキラとした花々を見るのが、僕の日課だ。
その時だけは、ジゼル……君が隣にいるような気がするよ。
昔、英雄クラークが言っていた。
『デイミアン伯爵は、お前の幸せを願って処刑台に上がったんだ』と。
僕は、今でも打算的な男だけど、それなりには幸せになれたと思う。
デイミアン……これで、満足かい?
※ここまで読んで頂いて、感謝しかありません。
ありがとうございました。
側近だったデイミアンが、全ての責を負って処刑されたことを知った。
僕は『デイミアンの
ソルムハイム王国でひっそりと婚礼の儀が行われた。
花嫁の身体が弱く、本来の儀式に耐えられないと判断しての事だと表向きには公表されている。いや、事実そうなのだけど。
「デリック。見て、朝露に濡れたお花がキラキラとして綺麗だわ」
そう言って、薄着のままテラスから庭に降りようとするジゼルを制止した。
「ダメだよ。ジゼル、ちゃんと上に何か羽織らないと……」
僕は、ジゼルに上着を掛けてあげる。
「だって今の、この時間しか見られないのよ。日が高くなってしまったら、朝露なんてあっと言う間に消えてしまうんですもの」
そう言ってジゼルは僕に笑いかける。
良くも悪くも、これが僕らの日課になっている。
ここはソルムハイムの王宮の離れ。身体が弱く後どれくらい生きられるかわからないというジゼルの為に、それでもここの国王は敷地内に森を作り庭には花が咲き乱れるような空間を作っていた。
そして、16歳になったジゼルに僕という夫まであてがっている。
昨年まで僕はこの国の王立学園に留学していた。学園の寮ではなく、王宮内のゲストルームに滞在していた僕がふと目にしたジゼルに一目惚れをしたという設定をジゼルは信じ込まされている。
まぁ、ジゼルに一目惚れをしたという事以外は事実なのだけれども。
何も知らないというのは、幸せなのか不幸なのか……。
「ジゼル。この綺麗な風景を見るのも大切だけど、朝食も大切だよ」
そう言って、僕はジゼルを中へと促した。
「朝は食欲が無いのよね」
「朝も……だろ? スープだけでも飲まないと栄養が取れないよ」
僕はにこやかにそう言って、ジゼルと室内に入って行った。
ジゼルはもうコルセットが必要なドレスを着る体力はない。婚礼の儀の後も、しばらく寝込んでいたくらいだ。
やわらかな布越しに触れても細い体。何かあるとすぐに寝込んでしまう。
そんな妻に、優しい態度でいるのはたいして苦にもならない、だけど。
「ごめんなさい、デリック。すぐに寝込んじゃって……私は貴方に何もしてあげられてないわ」
苦しい息の中、ジゼルは微笑みながらそんな事を言う。
そのたびに、僕の胸は少し痛むんだ。
最初は、打算があった。
なんだかんだ言ってジゼルは、国王からも周りの人々からもとても愛されている。彼女に上手く取り入れば、この事態をなんとか出来るのでは無いかと。
だけど、彼女は知っていた。一度、命の危険がある程の発作が訪れた時に
「ごめ……んね。父に……逆らえ……なかったの……でしょ?」
小さくとぎれとぎれに言った言葉だったけど、ジゼルの手を取り寄り添っていた僕には、はっきり聞こえてしまっていた。
僕の演技など、とうの昔に見透かされてしまっている。
だけど、彼女の僕に対する態度は変わらない。優しく微笑んでくれるんだ。
夜、夫婦の寝室でいつものように眠る準備をしていた。
最近は、ジゼルの体調も悪くはない。
僕は、ジゼルの前に跪きその手を取って甲に口づけをした。
「僕はジゼルを心から愛してます。僕と本当の夫婦になってもらえますか?」
ジゼルはビックリして僕を見ていた。
こんな時ですら、打算的な僕に嫌気がさす。
ジゼルはどんなに僕が……周りが頑張っても、後数年で死んでしまうだろう。
その後、僕を待っているのは死ぬことも出来ない孤独だけだ。
だけど、一生会う事も許されないかもしれないけれど、ジゼルと僕の子どもがこの世界に存在してるというだけで、今の様に心穏やかに生きていける気がするんだ。
そんな僕の打算など、ジゼルは見透かしているのだろう。なのに……
「はい。喜んで」
少し頬を染めてそう返事をしてくれるんだ。
「お父さま~。今日は私ダンスの先生に褒められたんだよ」
「こら、フルール。礼儀通りに入ってきなさい。もうすぐ君もデビュタントだろう?」
学園から帰るなりに部屋の扉を勢いよく開けた娘に、僕は苦言を呈していた。
「はぁ~い」
扉をぱたんと閉めて、今度は礼儀正しく入って来た。
ジゼルと僕の娘。
あの子を産んだ後、ジゼルはしばらくして体調が悪くなり1年も経たず亡くなってしまった。
君は体調が悪いのに、赤ちゃんを乳母に任せることは最後までしなかったね。その分、僕も頑張ったけど……。
全く、打算でどうにかなる相手では無いよね、赤ちゃんは。
君が好きだった花にちなんで『フルール』と名付けられた娘は、君と違って元気で僕と違って素直に……いや、逆だね。
身体の強さは僕に似て、打算の無い素直さは君に似たのだったね。
だけど、そのおかげで僕は君と過ごした王宮の離れに今も住んでいられる。
僕がここから出ていけないのは変わらないけど、娘とは引き離されなかった。
今も君の……ジゼルの愛した庭は相変わらず花が咲き乱れている。
君の代わりに朝露でキラキラとした花々を見るのが、僕の日課だ。
その時だけは、ジゼル……君が隣にいるような気がするよ。
昔、英雄クラークが言っていた。
『デイミアン伯爵は、お前の幸せを願って処刑台に上がったんだ』と。
僕は、今でも打算的な男だけど、それなりには幸せになれたと思う。
デイミアン……これで、満足かい?
※ここまで読んで頂いて、感謝しかありません。
ありがとうございました。