第53話 牢獄の中 世界を超えてまで

文字数 1,466文字

 夢……夢だよね。
 あんな地獄にまた私は……。

 あたり一面、焼け野原で……いや、まだあちらこちらで炎が上がっている。
 熱を持った空気。空爆の音、人々の叫び声。そして、人の焼ける臭いと腐臭。
『助けて。熱い』
『死にたくないよぉ~、誰かぁ~』
 瓦礫の下、誰かから足を掴まれた気がした。

 だけど、私の両手には子供たちが、背中には幼子まで背負っている……すぐそこに、火の手が迫っていた。
 ごめんなさい……私。
 私は、子ども達の手を引いて、助けを求める声を無視して走り出した。
 どうせ私の力では、瓦礫はどけることが出来ない。心の中でそう言い訳をして逃げまどった。

 実さんは、戦地に行っている。私は、自分の子ども達とお妾さん達と一緒に恐ろしい爆撃の中逃げまどっていた。
 先の大空襲で、夫のお妾さんの一人は私を庇って亡くなってしまっている。
 戦地から戻ってきたら、実さんは死なせてしまった事を怒るだろうか。




 私は、気が付いたら目を開けていた。
 もう何度この夢を見ただろう。前世では、もう何度も見慣れた夢だった。
 また、私は今世でも人を見捨てようとしたから? だから、またあの時の夢を……。


 ここは……薄暗い。だけど、横にぬくもりを感じて。
 私は意識を失う前の事を思い出して、ガバッと飛び起きた。
 私の横にはダグラスが転がっている。私たちは、冷たい石畳の上に転がされていた。
 ダグラスは額に脂汗を浮かべて苦しそうな息をしている。
 背中にはまだ剣が刺さったままだ。無理に抜かれなくて良かった。抜いたら血があふれるように出てしまうから。

 ここは……王宮内の牢屋だろうか。簡易ベッドに小さなテーブル、前には鉄格子が()まっている。反対側の壁の上の方に、明かり取り用の小さな窓があった。

 結局、気を失っても私たちは離れなかったのだろう、ダグラスと一緒くたに同じ牢に入れられている。
 苦し気だが、ちゃんと息をしているダグラスを見て少しだけホッとした。
 私が放ったエリアヒールがダグラスの傷を少しは癒したのだろう。もう、出血自体は止まっている。
 普通の人ならとっくの昔に死んでしまっているような状態だけど、最悪の状態では無いと思う。

「ダグラス」
 力が回復してはダグラスにヒールをかける。軽い傷は回復していっているけれど……。
 背中の剣が抜けるほどの魔力は回復していない。一度、枯渇してしまったらなかなか回復できないのだろうか。

 ダグラスの顔色はどんどん悪くなっていっている。荒い息をしていなければ、死んでると間違われるような顔色だった。
 本当に、生きているだけ……苦しみながら生きているだけだわ、こんな状態。

 日本で空襲の後、こんな状態の人間を何人も見た。あの人たちはそのまま亡くなってしまったけれど……ダグラスは、死ぬことも出来ない。
 

 私の生命力を使ったら……そう思って身体の中から力を集める。

『メグが死んだら俺の身体も勝手に死んでしまうんだ』
 
 自分の命を使おうとした私の行動が止まった。
 ここに着いた日にダグラスが言った言葉が、頭の中によみがえる。

 私が死んだら、ダグラスも死んでしまう。

 ひどい。

『だからそのつもりで、メグも身体を大事にしろ』

 ひどい、ひどすぎる。
 自分の命と引き換える事も出来ない。


 こんなのひどすぎるよ。ダグラス。
 私は、なんでこんなひどい男の事を……

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