第43話 ルーブルシア王国側 ウイリアムの思惑

文字数 2,069文字

 エミリーは、夜遅くにこっそり自室を出る。
 ウイリアムの居場所、王族が幽閉されそうな場所は兵士に訊きだしていた。
 近衛は駄目だ。絶対に教えてくれない。それどころか、デリックに告げ口をされてしまった。

「まだ聖女様は、あの罪人(つみびと)……ウイリアムの事が好きなのですね。僕の事だけを見てくれたら良いのに……彼は貴女を平民に落とそうとしているのですよ」
 近衛に訊いた日、エミリーは寂し気な顔をしたデリックに追い詰められていた。
「ただの平民に戻ってしまっては、僕たちはもうこんな風に会う事も出来ない」
 デリックは、エミリーを抱きしめ甘い声で囁くように言う。

 この世界の男は、乙女ゲームの登場人物になれるくらいだから本当にイケメンぞろいだ。
 でもね、デリックも素敵だけど、ウイリアムも好きなんだよね、とエミリーは思う。もともと、エミリーにその手の禁忌は理解できない。
 だから日本でも、クラスメートの彼氏に手を出し放題だったのだから。



「エミリー、来てくれたんだね。嬉しいよ」
 ウイリアムは、大げさに手を広げ喜んだ。即座にエミリーを抱きしめる。
「久しぶりだ。よく顔を見せてくれ。少しやせたんじゃ無いのか?」
 少し身体を離しエミリーの顔を上に向けさせて、顔をまじまじと見る。
 エミリーが訪問しているのは、真夜中に近い。

 はしたないと思っているのか、侍女が嫌な顔をしていた。
「ウイリアムこそ。ああ、それよりメモに書いてあった資料持ってきたの、これで良かったかしら。大変だったのよ、デリックのデスクから持ってくるの」
 実際、エミリーが頼んで書類を持ち出した兵士は言い訳もさせてもらえず、首をはねられていた。エミリーが、この兵が不埒な事をしようとしたと騒いだからだけど。

「ありがとう。本当にエミリーは優秀だね」
 ウイリアムはエミリーの髪を撫でながらお礼を言った。
「ウイリアム、本当に少しやせたんじゃないの? そこのあなた、ちゃんとお世話してるの?」
 エミリーは、侍女の方をキッとにらむ。

「こらこら、そんな怖い顔をしないで。エミリーの笑顔だけを刻んでおきたいんだ」
「そんな、もう会えないみたいな」
「会えないだろう? 今は軟禁で済んでいるけど。私の罪状は、聖女様に対する不敬罪だよ」
 エミリーは、よくわからないという顔をしていた。そんなエミリーを見てウイリアムは力なく笑って見せる。

「不敬罪は、死罪だからね」
 見事に、デリックは以前ウイリアムがしたことをなぞっている。
(だけどね、私にも譲れない矜持があるんだ……そのためには、どんな事でもやるさ)

「そんな。そんな事させないわ。絶対にさせない。聖女の名に懸けてウイリアムを死罪になんて、させない」
 エミリーはそう言って、ウイリアムに抱き着いてきた。
「それは、心強いな」
 そんな権力(ちから)は、エミリーにはない。だけど、こちらの行動からデリックの目を逸らせ、充分な時間稼ぎになってくれるだろう、ウイリアムはそう思いながらエミリーを見送った。



「何か言いたそうだね、レティ」
「別に……わたくしごときが……」
 そう言いながらレティは明らかに不機嫌になっている。

「エミリーは、私の役に立ってくれるからね。仕方ないんだよ」
「わたくしもっ。わたくしも、ウイリアムの役に立てますわ」
「そう? 少し、危険かもしれないよ。そんな危険な目にレティを遭わせたくないのだけど」
「危険なんて、あなたが居なくなることに比べたら」

「良い子だね、レティ。じゃあ、お願いしようかな。今から書く手紙とこの書類を私と懇意にしている文官に届けるだけで良いのだけど」
「そんな事で良いのですか」
「うん。頼めるかな」
 ウイリアムはレティに、穏やかな笑顔を向ける。
 持っていると分かっただけで、処刑されてしまうような書類だけどね……そう思っても、ウイリアムはかけらも表情(かお)に出さない。外交で培ったポーカーフェイスは、完ぺきに機能していた。

 エミリーが持ってきた書類は、ウイリアムが必要としていた書類だった。
 これで、デリックがソルムハイム王国と繋がっているという物的証拠はそろう。
 ウイリアムがアイストルスト王国に滞在中、デリックの子飼いの密偵とソルムハイム王国の密偵がかなりうるさかった。

 この外交から帰る時に、アイストルスト王国からこちらの使用人に紛れさせて連れ帰った密偵にこの書類が渡れば、デリックの独断でソルムハイム王国との関係を持ったと証明が出来る。

 これで、我がルーブルシア王国は安泰だ。

 レティに書類と手紙を渡し、ワゴンの下に隠しアイストルストの密偵(ぶんかん)のところまで運ぶようにお願いした。
 ウイリアムは部屋に1人残され、ふぅ~と一息つく。やるだけの事はやった。

 私の命などはどうでもいい……ウイリアムは心からそう思う。
 もとより、この命などとうに国に捧げたものなのだから……と。
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