第19話 とりあえずお水から

文字数 1,834文字

「お水なんて、どうかしら?」
 数日後、なんとかこの場所にも慣れ。使用人達も平民と同じ動きが出来るようになった頃。
 私はお店にみんなを集めて、店内で売るものを提案していた。

「水?」
 ダグラスは、なんだかピンと来てないようだ。
 他の使用人達もきょとんとしている。

 使用人は、王宮侍女頭のクレアと剣も使える文官のボブ、純粋に文官のベンの計3人。
 店には出て来ないので話し合いに参加してないけど、水くみや洗濯なんかの雑用をするために通いで来てくれている女性が数名。
 全て、王宮から派遣されていた。

 私の護衛任務に就いているダグラスは、王宮騎士なので、たまに王宮にも顔を出している。
 まぁ、説明はここまでにして。

「生活用水が井戸水だから、安全で美味しい水は売れると思うのだけど。平民の上流階級や下位貴族に」
「それは売れるでしょうけど、その安全な水はどうやって」
 ボブは、私に訊いてくる。当然の疑問だ、だけど。
「……うちで使っている裏の井戸からくみ上げた水。その安全な水なんだけど」

「「「え?」」」
「ああ、なるほど。どうりで王宮で飲む紅茶よりうちのが美味しいのか」
 ダグラスは一人納得しているけど、他の人たちはうちに住み込みで働いていて、ほとんど外で飲食しなくなっていたので、気付かなかったようだった。

 ……って、ダグラス。今あなた、紅茶が美味しいのを、全面的に水のおかげだって言ったわね。

 ダグラスと違って、王宮からこちらに案内してくれたボブは何かを察したようで、ダグラスに小声で助言しようとしている。
「ダ……ダグラス様。家の紅茶が美味しいのは、メグ様が心を込めて入れてくださっているからですよ」
 ダグラスは、その助言に怪訝そうな顔をした。
「紅茶なんか、誰が入れても同じなんじゃないのか?」

 その瞬間、ピシッと空気が割れる音がした。
 ボブとベンは怯えている。
「ええ、そうでしょうとも、旦那様。紅茶なんて、誰が入れても同じ。わたくしが懇切丁寧(こんせつていねい)にメグ様に入れ方を伝授した紅茶も、その辺のメス猫が入れた紅茶もみんな同じでしょうとも。ねぇ、メグ様」
 クレアの口調が、王宮侍女に戻っている。一部下品な表現もあったけど。
 こ……怖い。怖いわ。クレア・シャーロック、さすが王宮で侍女頭をやっていただけはある。

「猫に、紅茶が入れられるわけがあるまい」
 空気読んでよ、ダグラス……あなた、本当に日本人だったの?

「は……話がそれたようだけど、つまり私の癒しの魔法で水に入っている身体に有毒な部分を排除することが出来るのよ。最初に容器入りの水を買ってもらって、次からはその容器を持ってきてもらったら、割安に水が買える仕組みにするの」
 前世で日本のスーパーとかでも、そういう売り方をしていた。
 ちょっとお金がある方なら、美味しくて安全な水を欲しがるのではないかと思う。

「そうですわねぇ。私もここで生活するようになって、お肌の張りも違うというか、髪の毛の艶も良いというか……美容にも良いと言えば奥様方にも」
 そういえば、クレアのお肌……20代半ばにしては、化粧しなくてもしっとりつやつやだわ。
 そう思って男性陣の方を見たら、ボブとベン二人がかりでダグラスの口を押さえていた。

 何やってるんだか……。


「それでは商業ギルドに登録しますが、お水だけで良いのですか?」
 ベンが言ってくる。こちらは、元々商業ギルドのトップもしているのだそうだ。
 普段は王宮にいたので、ギルドにいるのは代理人。

「そうねぇ。先々、ポーションって言うの? そういうのも売りたいのだけれど」
「ポーションを売っているお店は何か所かありますが、みな冒険者ギルドの近くに店を構えてますよ。ギルドでも、ポーションを格安で売ってますし」
 新規参入は難しいのでお勧めしませんと暗に言っている。なるほどね。

「とりあえずは、お水ね。後で何か増えても良いような登録にしておいて欲しいわ」
「かしこまりました。それではメグ様も、一緒に行かれますか?」
「行った方が良いのでしょう? 顔つなぎもかねて」
 私はベンが訊いてきたことを、正しく受け取った。
 ベンは、私が行かないと言ってもちゃんと仕事をしてくれると思うけど、大切な場面で人任せにする人間に経営なんてできっこない。

 ベンは、にっこり笑って肯定してくれた。
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