第29話 ウイリアム王太子殿下との会談 女神様の思惑 

文字数 1,077文字

「では、戻って来てはくれないと……」
 王太子の口調が少し硬い物になった。

「戻らなくとも、わたくしがこの世界にいるだけで瘴気は浄化され、結界も強固なものになりますわ。タイムラグがあるだけで、それこそ世界中が恩恵をこうむれます」
 私は王太子の態度とは、逆ににこやかに言って見せた。

「それでは……」
 私は侍女に目配せをして、この会談を終わらせようと席を立った。
「マーガレット。私は」
 王太子から、腕を掴まれる。
 この期に及んで何を言おうとしているのだろう。この男は……。
 
 護衛の騎士が動くのが見えた。さすがに殺気をあらわにすることはないけど。

「手を……お離し下さいませ。ウイリアム・ルーブルシア王太子殿下」
 周りを察知しすぐに手を離してはくれたけど、まだ何か言いたそうだ。

 わたしは、王太子の方に近付き持っていた扇子で口元を隠す。
「わたくしの実家と和解なさいませ」
「そんなことが出来るなら、とっくに……」
 王太子も私に合わせ、小声で抗議してくる。

「簡単な事。『自分こそが聖女だと(かた)り、本物の聖女を追い出した悪女』とでも言ってエミリー様を処刑すれば、簡単に和解に応じましょう? もともと、側妃の実家はうちの分家筋なのですから」
 信じられないといった顔で、王太子から見られた。
 私も信じられない。この言葉が自分の口から発せられたものだなんて。
 女神は、私の意識とは別にシレッと今の立場で最良になる言葉を発していたのだけれども。

「戻ります」
 そう侍女に告げ、侍女と警護の騎士を連れて私は退出していった。

 王太子は呆然としているようだけど気を取り直したように、私とは反対の国賓用ゲストルームのある方向に戻って行くようだった。

 
 
 私は侍女の先導で、護衛に囲まれ廊下を歩きながら、私の中の女神に訊いていた。

『さっきの会話、誰かに聞かれでもしたらどうするのよ』
『あら、私がそんなドジするわけないでしょう? 声なんて近くにいた侍女にすら届いてないわよ』
 間違ってエミリーを召喚したくせによくも言う。
『でもねぇ、あの子。えみりは、どうせ殺されちゃうのよ、第二王子に利用されて……。私としては、そっちの方が良いのだけど。温情? 王太子が処刑したほうが楽に死ねるわ』
『どういう事?』
『ん~。ここまでしか言えない。このまま王太子がえみりを処刑しちゃったら、罪悪感で里美がどうにかなりそうだったから、教えただけだもの』
 
 そう言ったっきり、私がいくら心の中で呼び出しても応答がなかった。
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