送別会(2)

文字数 741文字

 彼は控えめだった。
 時々視線を送ってみるとゆっくりとしたペースで飲みながら皆の話に合わせて笑っていた。

 魅力的だった。

 今日はどうにかして上村課代と話したい。少しでいいからプライベートな会話をしてみたい。

 莉乃はさっきからずっとそう思ってチャンスがめぐって来るのを待っていた。

「仕事が終わったら男が迎えに来るんだよな。」

 荻野という営業の男性がこれ見よがしに言った。さも自分は莉乃が隠している仮面の下を知ってるんだとでも言いたげに。

 ずっと以前に柾生が会社のビルの外で待っていたのを見られたことがあるのだ。

「ね?松本さん。俺見たもん。」

「人違いじゃないですか?」

 莉乃は素っ気なくかわした。

「いや、そんなことないよ。はっきり見たもん。」

 荻野はしつこく食い下がった。うんざりする男だった。年齢は莉乃より少し上くらい。

 莉乃と柾生を見かけたことくらいなんでもないのにまるで莉乃の弱みでも握っているかのように含みのある表情でもったいぶっている。

 荻野はいつもその弱みでもなんでもないネタで自分と莉乃は秘密を共有しているかのように振る舞った。

 (馬鹿みたい)

 莉乃はわざと荻野の方は見ないようにして他の男連中に愛嬌たっぷりのとっておきの笑顔を向けた。

 本当にこの荻野という男にはうんざりしていた。もう少しお酒が入るとあからさまに言い寄ってくるのが常だ。

 案の定、荻野はそれから何かにつけ莉乃の前で面白くもない話を大袈裟に話してみたり下ネタめいたことを言ってみたりした。
 舐めるようなあからさまな視線がまとわり付くようで莉乃は不快だった。目は半分座りかけていた。

 薄笑いを浮かべた口元からいやらしい台詞が出てくる間中、莉乃の顔や体の上から下まで視線が這い回っているのがわかってゾッとした。
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