失ったもの(3)

文字数 640文字

「下の子と食べてるとお姉ちゃんが帰ってきたりパパが帰ってきたりでゆっくり食べるなんて出来ないんだよね。」

  「うちは1人だからそんなことはなかったな。直人が塾行ってる時も。うちのはいつも遅いから家では滅多に食べないし。」

  「それは羨ましい。」

  「まあね。楽だけど。」

 楽だけど・・・真理沙はその後に続く言葉を口にするのをつい躊躇った。惨めとは言わないまでも寂しげに感じたから。

  楽といえば楽だけれどはりあいがない。最近では家で誰かと一緒に食事をすることは滅多になくなっていた。

  「じゃ私は買い物して行くから。」

 モールの手前まで来て真理沙は言った。

  「じゃあね。また来週。」

  佳代子は駅に向かって行った。

 帰宅した時には完全に真っ暗になっていた。玄関から入るとすぐコートも脱がずにバルコニーに出て急いで洗濯物を取り込んだ。

  腕に洗濯物を抱えたまましばし眼下に広がる夜景を見ていた。点々と輝く家々の灯り。

  綺麗だった。

  悲しくなるくらい。

 部屋の灯りをまだ点けていない真理沙の家だけが暗やみに取り残されているように感じた。

  真理沙はもう一度ぐるりと夜景を見渡してから部屋に入った。カーテンを引いて部屋の灯りを点けた。

  風呂のスイッチを入れてから買ってきた物をしまった。

  疲れていた。椅子に座ってしまったら何もしたくなくなるのはわかっていたから急いで簡単な惣菜を作り始めた。

  風呂が沸いた時には牛すき煮が出来ていた。作っておけば後で直人が食べるかもしれない。


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