凍える夜に(1)

文字数 741文字

「この前教えていただいたお店、これから行ってみようと思って。そこの裏入った所ですよね?」

 真理沙は腰をほんの少し浮かせて窓の外を指差した。首に当てられたタオルの熱がじんわりと効いて気持ちいい。

「ああ『であいもの』ですか?そう。そこ入ったとこですよ。」

 美容師の門倉洋輔は真理沙が指差した窓の外に目を向けながら答えた。

 前の職場の飲み会のあの日にカットしてもらって以来、ここの美容室に来るのは三度目になる。

「お店のご主人?お友達って。」

「そうなんですよ。何度か通ううちに親しくなって。これから行かれるんですか?」

「友達と行ってみようと思って。予約とかいります?」

「いや。そんな肩の張るような店じゃないですよ。オススメです。宮内さんが行くなら後で俺も行こうかな。」

 今日は友人の奈央と二人で会うことになっていた。昨日久しぶりにLINEが来て急に会うことになった。

 真理沙は特に予定もなかったし勇人は相変わらず毎晩遅く最近では家で夕飯を食べることはほとんどない。

 直人もそうだ。友人だか彼女だかの家に泊まることも多い。そのくせ突然帰って来て食べるものが無ければぶつぶつ文句を言う。
 だから家には常備菜の類がいくつか冷蔵庫に用意してあった。白米だけはいつでも食べられるように炊いてある。

 今日のように友人と会ったりしない日には真理沙はそんな質素な夕餉を一人でささっと済ます。

 勇人はここ最近のように連日極端に遅くならない時でも接待やら残業やらで夕食を食べない時が多かった。
 だから真理沙も待たないで一人で済ませて欲しいと言われていた。

 もう一人で簡単に済ます夕餉もわびしいとは思わない。人間は痛みとか寂しさとかいう感情にある程度は鈍感になれるものだ。
 辛い感情には鈍くなるに越したことはない
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