夏のはじまり(1)

文字数 631文字

 前期の試験も終わると大学は長い休みに入る。

 交通費も無駄に感じたしバイトもいくつか掛け持ちしていたので和志は帰省する気がなかった。

 母親は電話してきていつ帰って来るかと聞いてきたが、そのたびにのらりくらりとごまかしていた。

 バイトや交通費のことは嘘ではないが帰りたくない理由は別にあった。

 試験期間は自制していたこと、遊びやサークル活動なんかに心おきなく没頭できる。

 開放感と始まったばかりの夏。
 何もない地元に帰る気なんてさらさら起きなかった。

 でももっとはっきりした理由が別にあった。

 つい最近知り合ったばかりの女の子。ふと気づくと彼女のことばかり考えている。

 こんな気持ちは初めてだった。

 講義の終了時刻を告げるブザーが鳴り終わり答案用紙を提出して席に戻った。

 早い者はそそくさと荷物を片付け部屋を出て行き始めている。

 和志は席に戻るとその長い腕を思い切り伸ばして大きく伸びをした。

 ふと視線をずらすと一列前の席に座る女の子がまったく同じ動作をしていた。

 次の決定的な瞬間・・・

 その女の子はストレッチをするみたいに腕を心持ち斜め上に上げた姿勢のまま後方にいる和志の方を振り返って向いた。

 目が合った。

 二人ともほとんど同じような動作の途中で。

 女の子は一瞬バツが悪そうに笑ってからさらに大きく伸びをして、和志に向かって今度は完璧な笑顔を向けた。

「終わったね!」

 和志は伸びの姿勢のまま固まった。

 馬鹿みたいに腕を伸ばしたままその子の笑顔に見とれ頷いた。
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