なくなってしまった何か(1)

文字数 466文字

 しばらくして振り返ると彼女の後ろ姿は雪の舞い散る夜の中に小さな影となって同化していった。

 1人になると急に寒さに気づいたように体がぶるっと震えた。ポケットに両手を突っ込む。

 アパートの前まできて部屋を見上げた。
 明かりがついていない。

 ということは莉乃はまだ帰っていないか寝てしまったということだろう。

 レースのカーテンしか引かれていないらしいからまだ帰っていないのだろうか。

 (今、何時だよ?)

 柾生は嫌な熱さと痛みを持った胸やけのような物が湧き上がって来るのを感じた。

 そんな嫌な味の胸やけを無理やり飲み下しながら階段を上がり玄関の鍵を開けた。

 (いない。)

 莉乃の脱いだ靴はなかった。

 莉乃の方が職場が遠いので柾生が早番の時でも朝は莉乃の方が早く出る。

 以前は柾生が遅番の日で莉乃が早く帰った時なんかは莉乃が作った夕食を2人一緒に食べることもよくあった。

 最近は莉乃と食事はおろか、ろくに会話もしていない。

「ただいま。」

 柾生の口から出たその台詞は間違って発声されてしまったみたいに誰もいない暗い部屋の中に吸収されてしまう。
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