偶然(2)

文字数 976文字

 しばらく目を伏せて何か躊躇うような様子の後、改まったように両手をテーブルの上に置いて組み合わせ背筋を伸ばしてまた真理沙の顔を見た。

「それ。」

 男は真理沙の胸元を飾るネックレスを指差した。

「え?これ?」

 真理沙はネックレスを見下ろして手で触れた。

 男は黙って頷いた。

「これが何か?」

 なんと言うことのない安物のネックレスだった。ただアメジストのような石の色とデザインが気に入って買ったものだ。

「それ、どうしたんですか?」

「え?どうしたって。何が?」

 ネックレスは半年ほど前に地域のイベント会場に出ていたフリマで買ったものだった。一目で気に入って迷わず買った。確か迷うような金額でもなかったはず。

「買ったんですか?」

「はい。」

「どこで?」

「フリマで。あの、何なんですか?これが何か?」

 この頃には真理沙の中で警戒のベルが鳴り響いていた。目の前の男はほとんど不審者のような気がしてきた。

「見せてもらえませんか?」

「え?」

 真理沙の表情に戸惑いと不信感と警戒心を見て取ったのだろう。
 男は観念したように首から同じ色合いの石を使ったチェーンを引き出した。デザインはメンズのそれで真理沙の物とは違うがペアにも見える。

「それ、多分これとペアのですよね。よく見せてもらえませんか?」

 この男の言動の意味が見えてきた。真理沙はネックレスを外して男に見せた。

 男は手に取って何かを確かめていたがやがて静かに真理沙に返して寄越した。

「ありがとう。すみませんでした。」

 打ちのめされたような顔色だった。

「あの、これ・・・」

 真理沙はなんと言って良いかわからずテーブルにネックレスを静かにおいた。

「いいんです。もう。ありがとう。」

 男はぬるくなったコーヒーを一口飲んで言った。それきり黙ってしまった。

「あの、これ、お返ししましょうか?」

 なんだかいわく付きのネックレスを今更身につけるのもはばかられる。

「いえ。それはあなたのですから。すみませんでした。気にしないでください。」

「え?でも・・・」

 男は席を立ち上がった。

「待って。」

 真理沙はネックレスを渡そうとした。

「この子でしたか?」

 確かめるのをためらっていたのを吹っ切るように男は急に画像を見せた。

 真理沙は黙って頷いた。

 男は真理沙のイエスの返事を咀嚼してから飲み下す間、真理沙を見つめていたがやがて静かに立ち去った。
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