酔わせて。狂わせて。(3)

文字数 472文字

「この前本社に行った時、上村さんと会った日。」

「うん。」

「総務に行ったらこれと同じ指輪をしてる人が目の前にいたんです。」

 そういうことか。麗香と莉乃は同じ会社の社員だ。偶然会っても不思議ではない。

 卓哉はほんの少し胸を撫で下ろした。しかし同じ会社ということは安堵などしていられない。

 莉乃の細い指先がほんの微か卓哉の左手の薬指をかすめた。瞬間、卓哉の中にこの女に触れたいという強烈な衝動が走った。

 卓哉は自分の横顔に向けられた莉乃の強い視線を意識していた。今目を合わせたら衝動を抑えられる自信がない。

 莉乃の指が今度ははっきりわかるように卓哉の指輪がある部分を撫でた。卓哉は心臓を直にぎゅっとつかまれたような気がした。

 莉乃は自分の仕草の効果をしっかり意識しているようだった。卓哉は催眠術にかかったようになすがままになっていく自分を止められなかった。

 莉乃のペースでマジックをかけられ酔わされていく感覚。甘美で抵抗できない誘惑の渦にのまれていく自分。

 どうなってもいい。この波にのまれたい。
 目の前にいるこの女が欲しい。

 卓哉はそう願っていた。


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