哀しいキス(1)

文字数 724文字

「あ、やばい。花火、車に置いてきた。取りに行ってくる」

 勇人が言った。勇人と和志や他の男子はグリルの準備や荷物運びの途中だった。

「私が取ってくる。そっちやってて。鍵貸して。」

 香織はそう言って勇人から鍵を受け取って車に向かおうとしていた。

「後ろに置いてあるから。1人で大丈夫?道わかる?」

「大丈夫。まだ明るいし。そこ降りてみぎだよね?看板出てるし1人で平気。」

「じゃあ悪いけどよろしく。」

 かなりの時間が経っても香織は戻らなかった。

「遅いな。俺見てくる。」

 勇人が言った。

「俺も行くよ。」

 勇人に続こうとして美里に腕をつかまれた。

「行かないで。」

「でも何かあったら・・・」

 言いかけた和志を遮って美里が言った。

「何かあっても宮内くんがいる。」

 振り返って美里を見た。

「香織に何かあったなら香織は宮内くんに来て欲しいはず。中村くんじゃなくて。」

 その通りなんだろうと思った。勇人に続こうとしていた足が止まった。

「こっち向いて。」

 美里が言った。

「ちょっとだけでいいから私を見て。」

 美里の声の切実さに美里の目を見ずにはいられなかった。

「私の目を見て。」

 美里の目は今にも溢れ出しそうな涙で潤んでいる。

「私の目に映るのは中村くんだけ。香織の目には宮内くんしか映らないの。」

 美里の瞳から涙が一筋頬を伝った。

「私を見て。」

 和志は目を離すことが出来なかった。

 美里は両方の瞼を閉じた。涙がまた溢れた。

 美里は背伸びをして固まったままの和志の唇にキスをした。和志はどうしていいかわからなかった。

 美里の両目から溢れる涙を拭って静かに抱き寄せた。慰めるように。

 美里はそっと唇を離してゆっくりと和志から離れた。女の子達の輪の中を通り抜けて宿泊棟の方に消えた。













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