凍える夜に(3)

文字数 747文字

 よく場所を聞いていたから良かったものの、地元の人間でもそこを民家だと思って素通りする人も多いだろう。『であいもの』というその店は一見普通のドアの脇に小さく控え目な看板が出ているだけだった。
 ちょっと気後れしながらドアノブに手をかけた。

「え?こんなとこに店あったんだ。」

 後ろにいた奈央も何年もこの街で暮らしているがこの店は知らなかったらしい。

「最近通ってる美容師さんに教えてもらったの。オススメだって。」

 真理沙はドアを開けながら奈央に言った。

「その人、来られたら後から来るかも。年下のイケメンだよ。奈央の好きなタイプ。」

 真理沙がからかうように言うと奈央は目を輝かせた。

「嘘、マジで?テンション上がっちゃう。」

「いらっしゃいませ!」

 ドアを開けて中をのぞき込むと店主らしき人の元気な声と、声の割にシャイな感じの笑顔が真理沙と奈央を迎えた。
 カウンターのほかは座敷席がいくつかある程度のこじんまりした店だった。

 入って行くまでは勇気がいるものだったがすぐに店のゆったりした雰囲気に和まされた。内装は和洋折衷と言うかアジアンテイストとでもいうか、落ち着いた焦げ茶を基調にしているが暗すぎることもない。

「なかなかいい感じの店だね。」

 席につくと奈央が言った。

「そうだね。入る前はちょっと気後れしたけど。いいって聞いてたから。で、何飲む?」

 真理沙と奈央は最初ビールにしてお通しの貝とワケギのぬたをつまみながらメニューを選んだ。

「乾杯。」

 軽くグラスを合わせる。飲みながら食事の注文をしていった。

 店の主は気がおけない感じがするのにやたらと前に出てくること無く押し付けがましさを感じさせない雰囲気。

 料理は無論、店内の装飾品であったり傍らに配置された季節の植物だったり、さりげない配慮が感じられた。
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