旅(3)

文字数 723文字

 それがなんだったのかはわからない。わかりたくもなかった。

 香織は勇人を思って泣いていた。その事実を知ってしまうだけで十分だった。

 (勇人のことだけしか見えないんだね・・・俺に抱かれてる時でさえ。)

 俺は香織の悲しみを癒やすことも勇人を忘れさせることも出来ないのか?

 でも、いつかは・・・

 香織の悲しみが癒える時も来るだろう?


 長い年月の間に引き出しにあった何か、いや、引き出しそのものさえどこにいったかわからなくなった。

 でも香織の胸にはいつも和志が触れることを許されない鍵のかかった引き出しがあった。

 それはどんなにこじ開けようとしても開かない秘密の引き出しだった。

 北へ向かう航空機の窓側のシートに深く身を沈めて目を閉じた。

 幸いなことに機内は空いていて隣は空席だったし騒ぐ子供もいなかった。

 (こじ開けることは出来なくても開いたのは分かるんだよ・・・)

 香織の変化はすぐにわかった。その変化をもたらしているのが誰なのかも。

 否定しようと楽観的に考えてもみた。何度も何度も否定した。受け入れられなかったから。

 それでも次第に確信した。

 香織は勇人に会っている。

 ある晩、帰宅が遅くなった香織の満たされた顔を盗み見た。香織にあんな至福の表情を浮かべさせることが出来るのは勇人しかいない。

 それからは否定するのは止めた。

 勇人だと認めればすべてが符合する香織の変化。

 それでも和志は追及しなかった。追及出来なかった。香織を失いたくなかったから。

 (失う?得てもいないのに?)

 俺は何をしようとしているんだろう?

 この飛行機はどこへ向かっているのか?俺をどこへ運ぶのか?

 旅の終わりはどこへ向かっているのか?

 和志はその行き先さえわからなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み