【4・おにぎり】死の商人だって自炊したい1

文字数 1,362文字

 神崎が暮らしているのは、国境から五十キロほど奥まった、国内でも一番大きい軍事基地――のはずだった。が……。

…………
 実際に彼が来てみると、あまりの施設のオンボロさに目眩めまいを起こしかけた。今回の仕事はデスクワークだから、絶対に空調のある所にしてくれと、念を押していたからだ。

 彼は空港から乗ってきたGSS社の冷房の効いた装甲車に回れ右しそうになったが、

暑いのやだーおうちかえりたいー
させるかボケェ!!
『ガッ、ドガガッ!』
速攻で運転手のマイケルに蹴り出されて無事着任するに至ったのは言うまでもない。

 この基地、施設のショボさだけならまだマシだ。


 数十年遅れた骨董品クラスのポンコツ兵器や、明らかに使い道のない意味不明な兵器が大量に敷地内に転がり、以前悪い売人にでも捕まったであろう様が、彼には容易に見て取れた。


 結局は、そんな時代遅れな装備のおかげでGBI社は大口受注を取り付けるに至るのだが。

 ――それから半月後。
『おう、最近どうだ? 結構いい数字出してるみたいじゃないか』

 午前中のゴタゴタのせいで、神崎が事務所で遅い昼食を取っていると、東京支社の菊池から電話がかかってきた。

 日本との時差は四時間、こちらは昼下がり、あちらは夕方だ。

ご苦労さまです。まぁぼちぼち、って所ですね
 神崎は口の中のおにぎりを、少しぬるくなったノンアルコールビールで一気に喉の奥に流し込む。今日はこれで三本目だった。
『浮かない声だな。トラブルか?』
いや……そういうわけじゃないんですけどね。

なんというか……

『どうした? お前にしちゃえらく歯切れの悪い』
(まあ、歯切れ悪くもなりますがな……)
『なんだなんだ、お前らしくもないぞ』
そうですか? 

うーん……実は、自分の仕事の結果にイマイチ納得出来てないというか……

『何を言うかと思えば。大そうな数字だと上は言ってるんだ、もっと自信持て』
ありがとうございます。

んで、他に何かありますか

『いや。それじゃ頑張れよ。以上だ』
了解っと

 神崎がこの国に着任して半月ほど経つが、大統領府のパーティーでの一件もあり、一躍人気者となった彼の商売はすこぶる好調だった。

 

 予想以上の営業成績に、先日金一封(微々たる金額だったが)が出たばかりだった。おかげで直属の上司である菊池はご満悦で、最近ひんぱんに電話をかけてくる。

 今日のように。


 しかし、売り上げの内訳のそこそこ大きな部分を占めているのが、日に日にエスカレートする社員たちの盛大なムダ遣いだったということは、上司になかなか言い出せなかった。

 自分がこの現場に派遣されたのは、一ドルでも多く顧客から絞り上げるため。

 なのに連日、宵越しの銭は持たないとばかりに、カラーコピーした商品カタログ片手に、神崎のデスクを訪れる「ムダ遣い志望」の社員たちが後を絶たず、彼は頭を抱えていた。

(それ、ホントは顧客用のカタログなんだけどさぁ……)

 と、ぼやく神崎を無視して、社員たちは日頃のストレスを膨大な買い物で発散していた。


 民間軍事会社の社員といえば、高くもない給料のくせに刹那的な生活をしている訳だが、アマゾンも届かないような場所で好きなものが買えるとなれば、手当たり次第注文したくなるのが人情というものだ。


 おかげでこんな場末の「神崎商会」の売り上げはうなぎ登りだった。

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登場人物紹介

神崎有人


永遠の時を生きる人外。民族楽器演奏や作戦立案に長じる。

兄の経営するPMC「GSS社」の平社員。ネトゲが趣味。

プレゼンの腕を買われ、武器商人として中央アジアの某国に派遣される。

自身が『白猫』と呼称する、ある女性を探している。

神崎怜央


有人の兄。同じく、永遠の時を生きる男。生物科学に長じる。

多国籍企業「GBI(グリフォン・バイオロジカル・インダストリー)社」のCEO。バイオ産業を基幹に、軍事産業、民間軍事会社、海運等々手広く商いをしている。NYに本拠を置くが、日系企業である。

有人の務めるPMC「GSS(グリフォン・セキュリティ・サービス)社」はGBIの子会社。

菊地


神崎有人の直属の上司。GSS社日本支部長。

強面の外見からは想像しにくいが、面倒見の良い性格。

好きな食べ物 チョコレートパフェ

アジャッル副司令


神崎有人の赴任先の責任者。年かさのわりには好奇心が強い。

大統領一族とは因縁浅からぬ関係。国内各部族の長老にも顔が利く。

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