【1・一時帰国】キミこそ俺の探していた君2

文字数 3,233文字

 ようやく仕事を片付けた神崎は、一路東京へと向かった。

 深夜基地を出る会社の輸送機に便乗した神崎は、カタールのドーハ空港で途中下車し、そこから早朝出発の民間機で十数時間、関空を経由して成田空港に到着した。


 こんな長い空の旅も、愛しの麗ちゃんと会えると思えば全く苦にもならなかった。

 それもそのはず、お金持ちの神崎青年は行きも帰りもファーストクラス。

 大きな座席でゆったりくつろぎつつ、キャビンアテンダントから最上のサービスを受けていたのだから。

 遅い到着になってしまったが、帰国の報せだけでもと思い、神崎は麗に電話をかけた。

ただいま。いま日本着いたよ。これから東京に向かうからね
『おかえりなさい。成田に出迎えいけなくてごめんね』
いいんだ、そんなこと。じゃ、電車来るから切るよ
『うん。きをつけてね』

 神崎はドーハ空港で買った中東土産を抱え、成田エクスプレスに飛び乗った。

 新宿でNEX成田エクスプレスを下車した神崎が病院近くのホテルに着いた頃にはもう、時刻は深夜になっていた。


 長旅で疲れていた彼は、フロントに少し遅めのモーニングコールを頼んだ。

 シャワーを浴びて、バスローブ姿でベッドに転がっていると、狙いすましたように麗から電話がかかってきた。

『いまどこ?』
 ごそごそと衣擦れの音がするので、おそらく布団の中にもぐってかけているのだろう。
ん、病院のすぐそばのホテル
『すぐ来て。窓から手振るから』
明日までガマンなさいって。

俺は長旅で疲れてるんだから、寝かせてよ~

『じゃいい。いつ来るの?』
諦めもまた早い。

ダメならダメでいいのだろうか?

面会時間になったらすぐ行くから
『待ってる』
じゃ寝るよ。おやすみ
『おやすみ~』
そう言うと、麗は電話を切った。

 翌日、神崎は病院に併設されている小さな花屋で花束を購入した。

 出来合いの花束はバラにかすみ草という組み合わせだったが、少しベタな気がしたので、店員に任せて季節の花を取り混ぜにしてもらった。

さて、髪よし。花よし。ネクタイよし。土産よし。あと、なんだ? ま、いっか
 彼は病院のロビーの姿見でチェックをしつつ、ついてもいないズボンのほこりをパンパンとはたいた。

 意味のない行動を取ることで神崎は逸る気持ちを抑えてはいるが、実際は麗の病状を考えると喜んでばかりもいられなかった。


 菊池から送られた彼女の病状に関するレポートからは、楽観出来る材料が見つからなかったからだ。

 臓器移植が叶わなければ、彼女はそう長くは保たないだろう。

 ――彼女はあてもなく、ドナーを待っていたのだ。
 それ故、彼女が自分に縋りたい気持ちも理解は難くなく、彼女の『来るまででもいいよ、私』などという言葉が、己の死期を悟っていることから発せられたのだと分かった。
『なんとかしたい』そんな気持ちを胸に秘め、彼は麗の病室のドアを叩いた。
どうぞ~

 ドアの向こうから、聞き慣れた呑気な声が聞こえる。

 両手が荷物で塞がっていた神崎は、無機質な引き戸の取っ手を肘で横に押しやった。


 ドアが滑るように横に開くと、ベッドの上で麗が本を読んで待っていた。

 彼女は、普段のおさげ頭&パジャマ姿だった。

 明るく清潔な個室には、普段身の回りの世話をしている母親はおらず、今は彼女だけだった。


 室内には小さなソファとローテーブル、テレビに小さなロッカー、と最低限の調度品がある。

 ベッド横のワゴンには、彼女が普段使っていると思われる、メーカーのロゴをスワロフスキーでデコった、白いノートPCが置いてあった。

お、おじゃまします……

 上ずった声で挨拶をした。

 柄にもなく緊張した神崎が、顔を引きつらせて入っていく。いくら毎日のように話していても、直に会うとなると、カチコチに固くなるようだ。

わーいっ、ホントにきた~!
 麗は文庫本を放り出し、大はしゃぎでベッドから飛びおりた。
あのねぇ……俺は珍獣ですかい……
 彼女のリアクションにいっぺんに緊張がほぐれたのか、神崎の引きつった顔が和やかになった。
はい、有人さんが来ましたよ。麗さん
わ~、本物だ~。本物だ~。本物の有人さんだ~
麗は素足でぺたぺたと神崎の側に歩いてきて、嬉しそうにじろじろと眺めている。
も~~、スリッパくらい履きなさいよ、って………………

 至近距離で麗を見た瞬間、神崎は思わず息を飲んだ。

 彼の双眸は、何かに驚いたように大きく見開かれ、手にしていた荷物が足元にストン、と落ちた。

……どうか、した?
 神崎の只ならぬ様子に、麗が不安そうな顔で声をかけた。

  『君、なのか?』


   神崎は我が目、いや我が感覚を疑った。

   そこに立っている彼女こそ、長年探していた『彼女』だった。



  『てっきり……諦めてたのに』


  『お帰り……僕の白猫……』


  『遅くなって……諦めようとして……ごめんよ……』

 感極まった神崎は、思いっきり麗を抱き締めた。

 そして、麗の髪に顔を埋めて、肩を震わせ啜り泣いた。


 長い間、探し求めていた女性を見つけた歓びと、彼女に対する申し訳ない気持ちとで、彼の心は激しく乱れていた。

 何故『彼女』を見つけることが出来なかったのか。それは彼にも分からない。

 ただ、さすがの彼でも、ネットを介しての状態では、彼女が『彼女』だと感知することは出来なかった。


 直に顔を合わせないことには、相手が自分の妻の転生体である、と認識が出来ない。だから、今の今まで気が付かなかったのだ

んぅぅ……、どうしたの? 有人さん、ねぇ
 腕の中で、苦しそうに麗が声をかけたので、神崎は彼女を解放してやった。
ごめん…………
大丈夫?
小首を傾げて、心配そうに見上げる麗。

顔をぐしゃぐしゃにした神崎が、時折鼻を啜っている。

 あまり不安にさせてもいけないと、何とか気持ちを抑え込んだ神崎は、手の甲でごしごしと涙を拭いて、床に落とした荷物を拾い上げた。

 そして少々顔を引きつらせながら、無理に笑顔を作り、

もう、大丈夫、うん。ずっと、会いたかった、だけだから
と切れ切れに言った。
なら、いいんだけど
 言葉通りに受け取ったのか、麗は少し顔を赤らめながら頷いた。
ほら、あちらのお土産だよ
照れ隠しにカタールの空港で買った、土産物の入った紙袋を麗に手渡した。
ありがとう~。開けていい?
いいよ

 興味津々に紙袋を覗き込みながら彼女は尋ねた。

 手提げ袋の中から、微かに香料の香りが漂ってくる。きらびやかな、繊維製品――衣類のようだ。

えっと……花瓶どこかな。これ、入れないとね
神崎は室内を見回した。

花瓶を見つけて、洗ったり花を生けているうちに気が紛れ、段々落ち着いてきた。

 麗は、早速紙袋からストールを取り出して体に巻き付け、姿見の前でポーズを取ったり、くるくる回ったりしては、嬉しそうに色んな角度から眺めている。
どう? ねぇねぇ
ん? ああ、すごくかわいいよ、うん。あ、写メ撮らせて
はーい☆
っていうかぁ、いまどきあんま写メとか言わなくない?
おっさんですいませんねえ
 神崎は花瓶を枕元に置くと、鞄からデジカメを取り出して、麗の写真を何枚も撮った。
な~んか、すごく嬉しそうだね~有人さん。顔、チョーにやにやしてるよ?
えっ! マジ? や、やだなぁ
指摘されて彼は両手で顔をごしごしとこすりだした。
(死ぬほど嬉しいんだから、ニヤけもするさ……)
ねえねえ、なんでスマホのカメラじゃなくてデジカメなの?
俺の携帯電話は、普通のスマホじゃなくて会社から借りてる衛星電話だから
ふーん……
じゃ、普段使う用のはないの?
いつも世界中を飛び回ってるから、まとまった休暇の時に現地でレンタルするぐらいかな。正直、プライベートで通話する相手はほとんどいないし……
今はいるでしょ?
ああ。落ち着いたら、考える
うん。わたし、有人さんとおそろいの買う~
はいはい。買ってあげるよ
わーい、やったあ~



――でも、なるべく早く、ね
ああ。もちろんだ。そう待たせはしないさ
 なるべく早く。

 麗のその言葉が、有人の心をわずかに昏くする。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

神崎有人


永遠の時を生きる人外。民族楽器演奏や作戦立案に長じる。

兄の経営するPMC「GSS社」の平社員。ネトゲが趣味。

プレゼンの腕を買われ、武器商人として中央アジアの某国に派遣される。

自身が『白猫』と呼称する、ある女性を探している。

神崎怜央


有人の兄。同じく、永遠の時を生きる男。生物科学に長じる。

多国籍企業「GBI(グリフォン・バイオロジカル・インダストリー)社」のCEO。バイオ産業を基幹に、軍事産業、民間軍事会社、海運等々手広く商いをしている。NYに本拠を置くが、日系企業である。

有人の務めるPMC「GSS(グリフォン・セキュリティ・サービス)社」はGBIの子会社。

菊地


神崎有人の直属の上司。GSS社日本支部長。

強面の外見からは想像しにくいが、面倒見の良い性格。

好きな食べ物 チョコレートパフェ

アジャッル副司令


神崎有人の赴任先の責任者。年かさのわりには好奇心が強い。

大統領一族とは因縁浅からぬ関係。国内各部族の長老にも顔が利く。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色