【1・一時帰国】キミこそ俺の探していた君2
文字数 3,233文字
ようやく仕事を片付けた神崎は、一路東京へと向かった。
深夜基地を出る会社の輸送機に便乗した神崎は、カタールのドーハ空港で途中下車し、そこから早朝出発の民間機で十数時間、関空を経由して成田空港に到着した。
こんな長い空の旅も、愛しの麗ちゃんと会えると思えば全く苦にもならなかった。
それもそのはず、お金持ちの神崎青年は行きも帰りもファーストクラス。
大きな座席でゆったりくつろぎつつ、キャビンアテンダントから最上のサービスを受けていたのだから。
遅い到着になってしまったが、帰国の報せだけでもと思い、神崎は麗に電話をかけた。
神崎はドーハ空港で買った中東土産を抱え、成田エクスプレスに飛び乗った。
新宿でNEXを下車した神崎が病院近くのホテルに着いた頃にはもう、時刻は深夜になっていた。
長旅で疲れていた彼は、フロントに少し遅めのモーニングコールを頼んだ。
シャワーを浴びて、バスローブ姿でベッドに転がっていると、狙いすましたように麗から電話がかかってきた。
ダメならダメでいいのだろうか?
翌日、神崎は病院に併設されている小さな花屋で花束を購入した。
出来合いの花束はバラにかすみ草という組み合わせだったが、少しベタな気がしたので、店員に任せて季節の花を取り混ぜにしてもらった。
意味のない行動を取ることで神崎は逸る気持ちを抑えてはいるが、実際は麗の病状を考えると喜んでばかりもいられなかった。
菊池から送られた彼女の病状に関するレポートからは、楽観出来る材料が見つからなかったからだ。
臓器移植が叶わなければ、彼女はそう長くは保たないだろう。
ドアの向こうから、聞き慣れた呑気な声が聞こえる。
両手が荷物で塞がっていた神崎は、無機質な引き戸の取っ手を肘で横に押しやった。
ドアが滑るように横に開くと、ベッドの上で麗が本を読んで待っていた。
彼女は、普段のおさげ頭&パジャマ姿だった。
明るく清潔な個室には、普段身の回りの世話をしている母親はおらず、今は彼女だけだった。
室内には小さなソファとローテーブル、テレビに小さなロッカー、と最低限の調度品がある。
ベッド横のワゴンには、彼女が普段使っていると思われる、メーカーのロゴをスワロフスキーでデコった、白いノートPCが置いてあった。
上ずった声で挨拶をした。
柄にもなく緊張した神崎が、顔を引きつらせて入っていく。いくら毎日のように話していても、直に会うとなると、カチコチに固くなるようだ。
至近距離で麗を見た瞬間、神崎は思わず息を飲んだ。
彼の双眸は、何かに驚いたように大きく見開かれ、手にしていた荷物が足元にストン、と落ちた。
『君、なのか?』
神崎は我が目、いや我が感覚を疑った。
そこに立っている彼女こそ、長年探していた『彼女』だった。
『てっきり……諦めてたのに』
『お帰り……僕の白猫……』
『遅くなって……諦めようとして……ごめんよ……』
感極まった神崎は、思いっきり麗を抱き締めた。
そして、麗の髪に顔を埋めて、肩を震わせ啜り泣いた。
長い間、探し求めていた女性を見つけた歓びと、彼女に対する申し訳ない気持ちとで、彼の心は激しく乱れていた。
何故『彼女』を見つけることが出来なかったのか。それは彼にも分からない。
ただ、さすがの彼でも、ネットを介しての状態では、彼女が『彼女』だと感知することは出来なかった。
直に顔を合わせないことには、相手が自分の妻の転生体である、と認識が出来ない。だから、今の今まで気が付かなかったのだ
顔をぐしゃぐしゃにした神崎が、時折鼻を啜っている。
あまり不安にさせてもいけないと、何とか気持ちを抑え込んだ神崎は、手の甲でごしごしと涙を拭いて、床に落とした荷物を拾い上げた。
そして少々顔を引きつらせながら、無理に笑顔を作り、
興味津々に紙袋を覗き込みながら彼女は尋ねた。
手提げ袋の中から、微かに香料の香りが漂ってくる。煌びやかな、繊維製品――衣類のようだ。
花瓶を見つけて、洗ったり花を生けているうちに気が紛れ、段々落ち着いてきた。
麗のその言葉が、有人の心をわずかに昏くする。