【2・茶番】クライアントはいつも勝手1
文字数 2,382文字
三月十一日の早朝、神崎は成田空港を発ち、約十四時間かけてドーハ国際空港に到着した。そこから小型機を乗り継いでさらに数時間、丸一日がかりでこの国にやってきた。
以前彼がこの国を訪れたときには、天にはただ鳥と雲が舞うのみで、人間はラクダの背に揺られて運ばれるものだった。
その頃彼は、楽器を携え、行く先々で『吟遊詩人』と呼ばれ、敬われていた。
だが今の彼は、武器を携え、行く先々で『請負人』と呼ばれ、蔑まれている。
神崎は、新規顧客である『中央アジアのとある小国A』に海と空を渡ってやってきた。そして、現地に到着してみて、彼はようやく自分の仕事の内容に合点がいった。
――というよりも、痛感させられてしまったのだ。
神崎青年よりも一ヶ月ほど前に現地入りをした、先発隊のGSS社々員・武装警備員一七〇名は、顧客の注文どおり早速国境周辺や主要施設の警備を始めていた。
国境付近では若干小競り合いはあるものの、最新鋭の武装を纏った傭兵達の姿が早速威嚇効果を発揮し、目立った衝突は発生していなかった。
しかし――。
民間軍事会社というのは基本的に請負い仕事であるがため、現状が多少実際と違っているのはままあることだ。
しかし、ここまでひどい客はこの会社創立以来だった。
このまま顧客に振り回され続けていたら、遅かれ早かれ社員から死人が出ていたことは間違いなかったからだ。
いくら自分たちが一介の雇われ兵士だからといっても、ムダ死にさせられてはたまらない。
海兵隊上がりのマッチョな指揮官グレッグ隊長が、GIカットの金髪を床に擦り付けながら、涙目で神崎青年に土下座している。
彼は現場の指揮は得意だが、大きな警備計画そのものを根本から見直す知的な作業は、脳筋の彼にとって相当な苦痛らしい。
ゲームで言うと、FPSは得意だが、戦略シミュレーションは苦手、ということになる。
と、顔をぽりぽりと掻きながら、グレッグの手渡した赤字のやたらと入った紙の束を面倒臭そうに受け取る神崎。
しかし数万単位の兵を動かす事でさえ朝飯前な彼にとって、たかだか数百人規模の兵を盤上に置き直すことなど苦でもない。
彼はグレッグがうやうやしく差し出した冷たいドクペを喉に流し込みつつ、資料の束をパラパラめくり、情報を頭に流し込んでいった。
彼の見立てでは、組み直し自体は大したことはなく、金も問題ないが、実現するためには時間と人員が必要だった。
一通り資料に目を通した彼は、グレッグに更なる資料を要求した。
俺がやったのは、バカ大将殿の代わりに、全軍の指揮をやったってだけ。
少し前に流行ったゴーストライターならぬ、ゴーストゼネラルってカンジですかね……
――それこそ、正に茶番だ。
結局神崎は再訪の懐かしさを味わう間もなく、グレッグ隊長に拝み倒されて渋々警備計画の見直しをする羽目になったが、これも神崎の性格をよく知った上での、グレッグの演じた「茶番」でもあった。
神崎はその後一週間で治安維持チームの立て直しと増強に成功、さらに国軍と警察の再教育プログラム「リフレッシュ・コンサルティング・サービス」の受注も獲得することになる。
半ば休暇気分でやってきた神崎にとって、着任早々付き合わされた「茶番」の数々に、先が思いやられる気分だった。