【1・拒絶】やっぱりラスボスはパパ1

文字数 2,924文字

最終章 白猫

「選べ。大人しく麗を治療させるか、ここで俺に頭を射抜かれるか!」


 神崎は麗の父親の額に銃口を突きつけた。

 父親は半ば悲鳴のように、裏返った声で神崎に噛みついた。


「お、俺を、殺す気か」


「俺は本気だ。――あんたのよく知っている『コントラクター』、なのだからな」

ただいま、麗

 神崎有人は、万感の思いで日本の地を踏みしめた。


 自衛隊機を振り切り、神崎の乗った機体は神奈川県南西部にある獅子之宮総合病院付属湯河原総合病院に到着した。

 彼は愛機を病院裏手のヘリポートに着陸させると、待ち構えていた病院スタッフたちと共に、麗のいる病棟に向かった。


 神崎はこの病院のヘリポートに直接乗り付けるために、わざわざ面倒なVTOL=垂直離着陸機を選んだのだ。


 東側に海岸を臨む高台に作られたこの病院は、周囲を森に囲まれ、広大な敷地を有していた。また温泉地に近いこともあり、リハビリや保養施設も兼ねた複合保健施設だ。

 神崎は、麗の今後の療養も考慮に入れ、設備は全く同じだが、都市部の本院よりも長期入院向きで風光明媚なこの病院に彼女を入れたのだ。

 神崎は半ばフラつきながら、白衣の職員達二名と共に病院の廊下を手術室に向かって歩いていた。

 この数日間の想像を絶する激務と、それに加えて長時間の長距離飛行の末だ。さすがの彼でも真っ直ぐ歩いているのが不思議なくらいだった。

彼女の容態は
 神崎が背の高い方の職員に尋ねた。
オペ開始から約二時間経過したところです。万全の体制で臨んでいますが、現在予断を許さない状況です。ただ今本院からの応援もこちらに向かっています
応援……
 三人は、赤いランプの点灯した手術室の前で立ち止まった。神崎は、手術中の文字を見つめ、
麗……済まない……
そう呟くと、拳を握りしめた。
 ふと、背後から誰かが恐る恐る声を掛けてきた。
神崎君……なのか?
あ……はい……神崎です……

 ふらりと振り返り、力なく答えた。

 神崎には、体力など少しも残っていなかった。気力だけで、麗を想う気持ちだけで、その場に立っていたのだ。


 問いかけてきたのは、麗の父親だった。

 そして、傍らには麗の母親も寄り添っていた。


 しかし神崎は酷い頭痛と目眩で、二人の様子から何かを読み取ることは出来なかった。

 足元がふらつくと、メガネの方の職員が神崎を支えた。

有人様、しっかり……

済まない……大丈夫だ……

 神崎のコンディションは最悪だった。

 流れ弾に当たった傷も痛かった。

 自分で足に刺したナイフの傷も痛かった。

 接続端子をブチこんだ首筋の神経もズキズキと痛かった。


 ……でも、麗が死んでしまうことと比べたら、そんなことはどうでもよかった。

もしかして、君はあれに乗って来たのか?

 麗の父親が、廊下の窓の外を指さした。

 彼の示す先には、病院のヘリポートがあった。

 そして、神崎の乗ってきた機体もそのままだった。

 どこからどう見てもそれは、金持ちの私物ではなく軍用機にしか見えない。


 麗の父は、侮蔑の混ざった冷ややかな眼差しを、無遠慮に目の前の男に投げた。

 神崎は、唇を噛んで俯くことしか出来なかった。

中東にいたと言ってたが……、君は、GBI社の人間ではない
 神崎は、はっと顔を上げた。背筋を戦慄が走った。
やはりそうなんだな。この間君の迎えのヘリが来た後、気になって色々と調べさせてもらったよ
 そう言う父親の目は、目の前の疲れ果てた戦神を侮蔑しきっていた。
(……これは、ああいう時の目だ。そう、バケモノを見る目だ)
 神崎は反射的に、大量の悲しみと苦しさがフラッシュバックし、息が苦しくなった。
何を……ですか
民間軍事会社、GSS社についてだ。その過程で、私はおかしなものを見つけた
おかしな、とは
戦場ジャーナリストのインタビュー記事に写った、あるコントラクターの写真だ。そう、中東のあるテロ活動の頻発した場所で、今みたいに武装していた――君の写真を
っ………………

 現在の彼は、ほぼ丸腰とはいえ昨日の敵本拠地潜入の際に着ていた、紺の特殊部隊用装備を身に纏ったままだった。

 所々汚れたり、血糊や硝煙の匂いが付いている。


 どうがんばっても言い逃れが出来なかった。

何なの? その民間なんとかって
 麗の母親が自分の夫に尋ねた。
金で戦争を請け負う企業さ。こいつはコントラクター、所謂いわゆる傭兵――血で汚れた人殺しなんだ
 麗の父は、神崎に死刑宣告をするかのように、そう吐き捨てた。
失礼ですが、有人様は――

 見かねた背の高い職員が、口を挟んできた。

 神崎はそれを手で制し、

やめろ。何を言ったって、言い訳にしかならん
ですが……
 何かを言いたそうにしながら職員は引き下がった。
転院の件は感謝している。しかし麗には、これ以上ここで治療を受けさせるわけにはいかない。手術が終わったら、元の病院に連れて帰る
ちょっとまて、麗を殺す気か! ふざけるな!
 神崎が激高した。瞳が紅く染まる。
何人もの人間を手にかけてきた君に、言われる筋合いはない
塩野義さん、考え直してください。それではお嬢さんが亡くなってしまう

 メガネの職員も父親の説得に回った。

 誰がどう考えても、正気の沙汰ではなかった。

俺は、人間風情に何と言われてもいい。しかし、麗を殺そうというのなら話は別だ
 神崎はそう言って、血の色に光る双眸で麗の父を睨め付け、さらに言葉を続けた。
どんな金でも金は金だ。貴様は自分の下らない見栄や世間体や主義主張のために、娘を見殺しにするというのか? それこそ貴様のエゴだ!
うるさい! 麗は俺の娘だ! どうしようと俺の勝手だ!
あなたやめて。落ち着いて、ね?
見かねた麗の母親が制止しようとするが、半狂乱の父親にはね飛ばされ、背の高い職員に抱きとめられた。
麗は俺のものだ! 貴様なんかに殺されてたまるか! 本気で連れて帰る気なら、今ここで殺してやる!

 神崎は腰のベレッタPx4を抜き、父親に真っ直ぐ銃口を向けた。

 ひっ、と小さく悲鳴を上げ、父親は一歩後ずさった。

有人様、落ち着いてください! どうか銃を収めてください
ど、どうせ威嚇だろう? ここは日本だからな

 そう言う父親の足は震えている。


 次の瞬間すぐ後の壁に一撃、弾丸が打ち込まれた。

 無機質な病院の廊下に銃声が響く。


 神崎は父親の額に銃口を突きつけた。

選べ。大人しく麗を治療させるか、ここで俺に頭を射抜かれるか!
お、俺を、殺す気か
 半ば悲鳴のように、裏返った声で神崎に噛みついた。
俺は本気だ。――あんたのよく知っている『コントラクター』、なのだからな
麗を……人殺しなんかに……渡してたまるか

 震える声で抵抗の意を告げる父親。

 哀しみと絶望で、猛っていた神崎の心が黒く沈んでいく。

 ――なんで、こんなことになったんだ。俺はただ、麗を救いたいだけなのに――

 ――人間なんか、クソッタレだ――

(麗は、貴様のモノじゃない。俺のモノなのに……)
 神崎の表情は、悔しさと悲しさでひどくゆがんでいた。
(お前が不甲斐ないから、麗がこんなに苦しんできたというのに……)
 殺意の失せた神崎が、父親の額から銃を下ろそうとした、その時――
『バシュッッ!』
 廊下の向こうで何かが破裂したような、大きな音が響いた。
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登場人物紹介

神崎有人


永遠の時を生きる人外。民族楽器演奏や作戦立案に長じる。

兄の経営するPMC「GSS社」の平社員。ネトゲが趣味。

プレゼンの腕を買われ、武器商人として中央アジアの某国に派遣される。

自身が『白猫』と呼称する、ある女性を探している。

神崎怜央


有人の兄。同じく、永遠の時を生きる男。生物科学に長じる。

多国籍企業「GBI(グリフォン・バイオロジカル・インダストリー)社」のCEO。バイオ産業を基幹に、軍事産業、民間軍事会社、海運等々手広く商いをしている。NYに本拠を置くが、日系企業である。

有人の務めるPMC「GSS(グリフォン・セキュリティ・サービス)社」はGBIの子会社。

菊地


神崎有人の直属の上司。GSS社日本支部長。

強面の外見からは想像しにくいが、面倒見の良い性格。

好きな食べ物 チョコレートパフェ

アジャッル副司令


神崎有人の赴任先の責任者。年かさのわりには好奇心が強い。

大統領一族とは因縁浅からぬ関係。国内各部族の長老にも顔が利く。

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