【1・拒絶】やっぱりラスボスはパパ3
文字数 2,677文字
麗が気づくと、見知らぬ病室の中にいた。
腕には点滴といろんなコードが取り付けられ、顔には呼吸器の透明なマスクがあった。
僅かに頭を左右に動かして周囲を見ると、小さなモニターが幾つもあり、麗の現在のバイタルサインが表示されていた。
数日前、急に苦しくなって倒れたことを思い出した。
この湯河原にある獅子之宮総合病院に転院してすぐのことだった。
とにかく、状況が分からなかった。
今、自分がどうなって、両親はどこで、そして……有人はどこなのか。
麗は、呼吸器のマスクを外し、誰かを呼ぶことにした。
頭上を手探りして、コールスイッチを探していたが、なかなか見つからない。
ふと、ドアを開けて誰かが入って来た。
白衣を着ている男性。
見たことはないが、おそらくこの病院の先生なのだろう。
それは、長髪を束ねて腰まで垂らし、痩身長躯で切れ長の目も涼やかな知性溢れる男性だった。
暖かみのある有人とは真逆のクールな印象もあったが、メタルフレームの眼鏡の奥には、どこかで見たような色を感じた。
麗は胸をまさぐりはじめた。
手術をしたと聞いて、麗はある違和感に気が付いたのだ。
――本来存在するはずの違和感が、存在しない違和感を。
最初に見たときから、誰かに似ていると思っていた。
空気が、目の奥の光が、似ている。確かに。
そう言って彼は、目の色を一瞬澱ませ、眉根を寄せた。
だが麗には気づかれることはなかった。
彼の言葉には、逃れ得ないような強制力がこもっていた。それは、先送りされた「死刑宣告」のようなものだった。
この男こそ、本当の死神だったのかもしれない、と思った。
麗は、だんだんこの男のことが「こわい」と思い始めていた。
彼の自分を見る目が、触れれば切れそうな程冷たくなっていくのが分かる。
先のない自分には、彼を幸せにすることは出来ない――。
彼に甘えて、彼を縛ってはいけないのかもしれない。
でも……。
怜央の、髪をもてあそぶ手が微かに震えていた。
僅かに肩が上下し、何かを押さえつけているのが伺えた。
鈍く大きな音が頭上に響いた。何かが強く壁にぶつかった音だ。
怜央が思いっきり壁を殴ったのだ。
強く打ち付けられた白い拳から血が滲んで、壁に赤い痕を残していた。
彼の理知的な顔は、今や憎悪に満ちた形相に塗り替えられ、細い切れ長の目は、麗の顔を射貫くほど睨み付けていた。
怜央の態度の急変と、自分に全力で向けられる憎悪に麗が震えていると、怜央は麗の枕元にドン、と乱暴に手を着き、麗の顔に鼻先が触れるほど顔を近づけた。
と、低く呻く彼の声は、怒りで震えていた。
何故自分は、この男の逆鱗に触れてしまったのだろうか?
恐怖で凍り付いた思考では、なに一つ明確な答えを出すことは出来そうにない。
でも、何故……?
怜央は急に体を起こし、腕組みをして大きくため息をついた。
麗を見下ろす目は、ただの冷たい視線に戻っていた。
まるで虫けらでも見るような、感情の籠もらない目だった。
…………業?
自分を押さえつけていた、怜央の憎悪から一気に解放され、涙がぼろぼろと落ちた。
布団にしがみつき、目の前の死神に、麗は何度も何度も謝った。
怜央は、ベッドの傍らの椅子に座ると大仰に足を組んで、眼鏡を外して折り畳み、胸ポケットに差し込んだ。そして、冷たい笑みを作りながら麗の耳元で囁いた。