【4・砂漠の密林】<intermission>死の商人は何でも仕入れる

文字数 3,262文字

『おにぎり』の量産体制が整ったのは、マイケルの公休の翌日、先日の副司令のオーダーから数日という早さだった。

 神崎は公共事業のプレゼン資料を作る傍ら、丁稚ーズを駆使し同時進行していたのだ。

 というのも神崎が、

おにぎりがいつでも食えるぞ、ヒャッハー!
 と、ノリノリで計画を進めたからだ。早速大型炊飯器を十台導入、おにぎりの型も多数仕入れた。調理担当者へのレクチャーもした。

 そして、

このくらいの職権乱用はご愛嬌、だろ?

 と、好物のおかかと梅干の輸入も進めた。


 こんな大事になっているが、そもそも神崎はおにぎりが食べたくて握っていたわけではない。あくまで自分用の軽食だったのだ。


 しかし彼はそんなことはすっかり忘れていた。ただ、中の国で過ごす以外の時間、何かに夢中になりたかっただけなのかもしれない。

 結局外国人が多いこともあり、海苔は好みで使用する方式にして、おにぎり本体はラップ包装することになった。

 量産されたおにぎりは、副司令の鳴り物入りで紹介されたことも手伝って、再訓練中の国軍兵士や警察官のみならず、派遣されているGSS社のコントラクター間でも大ブレイク。


 具の一番人気は神崎の考案したラクダ肉の佃煮で次いでツナ、チリビーンズの順だった。その後も何故か新メニューの開発に勤しむ神崎だった。

 ――彼はいま、新しい具材「おかか」と「梅干し」の到着を心待ちにしていた。

 毎日がピーカン、夜は満点の星空。

 基地周辺の空気はカラカラに乾いていた。


 時刻は午後一時、太陽アポロンが黄道の頂きを鼻歌交じりに戦車チャリオットで駆け抜けている頃合いだ。

 基地の滑走路には蜃気楼が浮かび、吹き流しが輪郭を滲ませながらゆらゆら泳いでいる。


 そんな中、GSS社中東支社からの輸送機が一機、週に一度の『納品』にやって来た。

来た来た来た来た、来たあああああああああ!!

 今回の荷物は、先週神崎が中東支社に発注した様々な物資だ。

 降ろされたコンテナの中には、神崎が待っていた「おかか」や「梅干し」も入っているはずだった。


 中身は無論「おかか」と「梅干し」だけではない。

 顧客からの注文もあれば治安維持業務に当たっているチームや、非戦闘員、建設技術者などから注文された消耗品や日用品もある。


 それに加えて、神崎自身が現場の必要に応じて発注した商品もあって、毎回定期便の輸送機の中は、文字通り弾けそうなほどパンパンになっていた。

 今日の神崎青年は、珍しくオフィスの外にいた。

 超暑がりの彼が、だ。

 無論、恋焦がれていた「おかか」と「梅干し」のお迎えをするためである。


 そんな彼は目下、汗だくになりながらこんがりと陽に焼かれ、近所のバイト学生や後方支援担当の非武装社員たちとともに、「おかか」と「梅干し」の発掘作業、もとい荷受け作業を行っていた。


 日焼けに弱そうな色白のイケメンゲルマン青年たちは、神崎から大量の宿題を出され、おとなしく事務所でお留守番である。

やっぱインドアっしょ

 神崎は、積載品リストを挟んだバインダーを片手に、スタッフに細々と指示をしたり、時には怒号を飛ばしたりしながら、輸送機とコンテナの間をせわしなく、さながら『こまねずみ』のように歩き回っていた。


 神崎たちの周囲では、真新しい三台の黄色いコマツ製フォークリフトも、主のマネをして『こまねずみ』のように働いていた。

 輸送機は基地の格納庫の前に横付けされ、大量の荷物をぱっくり開いた口から次々と吐き出し、黄色いこまねずみたちは輸送機と荷物の間をちょこまかと動き回って、色とりどりのコンテナやパレットを運び出している。

 それらを格納庫前の荷捌にさばき所に並べている様は、小さなロボットが戯れ合っているようで可愛らしくも見えた。


 臨時の荷捌きと化した格納庫の前は、オアシスを訪れたキャラバンのバザールの如く足の踏み場もなく、スタッフの仕分け作業を待つ間全ての荷物は等しく日に焼かれていた。

 荷物の中身は、医薬品、日用雑貨、食料、雑誌、衣類、ゲームソフト、健康器具、電化製品、精密機器、燃料、武器、弾薬、神崎の心待ちにしていた和食品まで多岐に亘り、暑さで困難を極める確認作業をさらに複雑にしてスタッフを悩ませている。


 普段は比較的温厚(?)な神崎も、さすがに今日はカリカリしていた。

 いや、彼でなくともこの状況では誰でもカリカリするのは当然だが、荷物の中にカリカリ梅はなかった。

 荷物置き場で、神崎は軍手の甲で額の汗を拭った。
ふ~、暑いなぁ
旦那は普段クーラーの効いた所に居すぎなんだよ

一緒に作業をしている地元のアルバイトの若者が神崎をからかった。

彼は近くの街に休暇で帰省している医大生だった。

やかましい、俺は汗っかきなんだよ!

 暑さでイライラしているせいか、ついバイト相手に怒鳴ってしまう。

 ボーリングの玉のようなスペイン産スイカの入った木箱は、とばっちりで蹴飛ばされていい迷惑だ。

だいたいあいつら物を注文し過ぎだと思わないか? おかげで作業が面倒でかなわん
 今度は同僚の日系アメリカ人の青年、寺西を相手に神崎はグチを垂れ始めた。
それで売り上げ上がってんだろ。お前の成績には代わりないじゃん
 寺西はケチャップ缶の入ったダンボールを、パレットに載せたダンボール箱の上に乱暴に積み上げた。
おい、それ梅干し入ってんだから気をつけろよ! 割れたらどうすんだよ
あー悪い悪い
たく、大事な商品なんだから丁重に扱えよ
 神崎はぶつくさ言いながら梅干しのダンボールを保護すると、安全な場所まで運んでいった。
あん……?

 梅干しの箱を安全圏に置き今度はおかかの箱を捜索中の神崎の顔が、急に険しくなった。

 飲み干したクラブソーダの缶を、いきなり目の前の若い社員に力いっぱい投げつける。

ぎゃッ!

 空き缶は文字通り「カンッ」と軽快な音をたて、男の後頭部に直撃した。


 男の栗毛頭にクリーンヒットした缶は、軽く凹みを作って砂混じりの滑走路に落下してカラカラと乾いた音をたてて転がり、最終的には黒光りするスイカの入った木箱にぶつかって止まった。


 缶を頭にぶつけられたラテン系の細身の若い男が怒鳴った。

いってーな! 何しやがんだよ、アル!
うるせえ、俺をプリン体で殺す気か! ボケ!
貴様、これ見てみろ

 目を吊り上げた神崎が、輸送機でやって来た支社の仕入れ担当ピエールに向かって罵倒した。

 そして相手に口を挟む隙を与えずに、目の前にある大量のビールケースを指さした。

えー、なにがだよ
俺の注文した銘柄と違うじゃねえか、どういう事だ
 ピエールは、缶をぶつけられた場所を痛そうにさすりつつ半笑いで言い訳を始めた。
しょうがねえじゃん、今回の便に間に合わせるにゃあそれしかなかったんだからさぁ。

一応それでもここいらじゃぁ貴重な「ノンアルコールビール」なんだぜ? 


次回はご注文の品を持って来てやるから、それで当座はガマンしてくれよ、カンザキ支部長様

ピエール、そういう問題じゃない。何でも用意すんのが我が社のポリシーだろ?
といってもなぁ、ないもんはないんだから……
(基本的に日系総合商社たる我が社では、どこの同業他社よりも顧客の要望には迅速丁寧かつ細やかに対応するのがポリシーのはずだ。

 ――だが、しかし、この目の前に厳然として存在する不愉快極まりない状況は一体何なのだ?)

(……………………ん? ああ、そうか!)

 神崎はしばらく考えたあと、頭の中で、手のひらを拳でポンと叩いた。


 自分は「社員」であって「顧客」じゃない。

 だからいい加減な対応をしてもいい。


 ――そう判断された、という訳か。

 しかし、我が社の社員として、その判断はいかんだろう。自分がきっちり注意せねば。

 ……にしてもだな、自分を一体誰だと思って……、と、おっと。

 下っ端の奴が、そんなこと知っているはずはなかった。


『神崎有人』が何者かなんて。

あー……晩飯までに終わるのかな、コレ……
 作業の果てしなさを想って大きなため息をつき、再びおかかを捜索する旅路に戻る神崎青年だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

神崎有人


永遠の時を生きる人外。民族楽器演奏や作戦立案に長じる。

兄の経営するPMC「GSS社」の平社員。ネトゲが趣味。

プレゼンの腕を買われ、武器商人として中央アジアの某国に派遣される。

自身が『白猫』と呼称する、ある女性を探している。

神崎怜央


有人の兄。同じく、永遠の時を生きる男。生物科学に長じる。

多国籍企業「GBI(グリフォン・バイオロジカル・インダストリー)社」のCEO。バイオ産業を基幹に、軍事産業、民間軍事会社、海運等々手広く商いをしている。NYに本拠を置くが、日系企業である。

有人の務めるPMC「GSS(グリフォン・セキュリティ・サービス)社」はGBIの子会社。

菊地


神崎有人の直属の上司。GSS社日本支部長。

強面の外見からは想像しにくいが、面倒見の良い性格。

好きな食べ物 チョコレートパフェ

アジャッル副司令


神崎有人の赴任先の責任者。年かさのわりには好奇心が強い。

大統領一族とは因縁浅からぬ関係。国内各部族の長老にも顔が利く。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色