【3・裏目】彼女が壊れたら俺のせいだ 2

文字数 2,436文字

 母親との電話を切った後、メールの着信を調べてみた。


 ずらりと並んだ未読のメール。

 日に日に、呪詛の言葉に変わっていく件名――。

俺は……なんてことをしてしまったんだ……

 忙しさにかまけて、麗をほったらかしにしていたことを激しく後悔した。


 彼はしばらくベッドの上で嗚咽を漏らしていたが、気を取り直して、麗からのメールを一件一件開いていった。


 そこには、日に日に心細さが募っていく様が、生々しく綴られていた。

    * * * * *
本当に私の病気は、新しい病院で治るのかな……
もしかしたら、このまま再び会えずに死んでしまうのかな……
新しい病院に来たのに、どんどん胸が苦しくなっていく……
私は見捨てられたのかな……
助けて……
助けて助けて助けて
どうして貴方はいないの?
どうして私のそばにいないの?
どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
    * * * * *

 最後のメールを見た後、神崎は携帯を床に落としてしまった。

 液晶画面いっぱいに、麗からのSOS、いや呪詛の声が綴られていたのだ。

 希望を与えた分だけ、麗の心の闇もまた濃くなり、それが体をも蝕んでしまった。

 きっとそうだ、そうにちがいない。彼女が倒れたのは、自分のせいだ。


 このまま彼女が死んでしまったら、自分を許せない――――。


 何もかもが裏目に出てしまった――。

 神崎は、ボロボロだった。


 今の自分、神としての力をほとんど失った自分には、何もしてやることが出来ない。やり場のない無力感が体の中で暴れ回り、彼の心をズタズタに引き裂いていく。


 どれだけ修羅場をくぐろうと、どれほど長く生きようと、そんなことは関係なかった。恋人が己のために苦しんでいる、その現実は、いとも容易く彼の心を打ち砕いた。

 麗からのメールで魂の抜けた神崎は、ふらふらと部屋を出た。

 虚ろな目で、廊下の窓から外を見ると、うっすらと夜が明けかかっていた。


 上半身はTシャツ一枚で少し肌寒い。

 外は、たまに偵察の車が出入りする程度で、航空機の発着もなく静かだった。


 途中彼は廊下で二人ほどの社員とすれ違った。

 挨拶をされたような気はしたが、どろりとした思考で「えっと……」と思っているうちに、相手は通り過ぎていった。


 神崎はそのまま夢遊病患者のように、おぼつかない足取りで司令室にやって来た。


 ドアを開けると、一斉に彼に視線が集まり挨拶が飛んで来た。

 室内にはレイコとグレッグ、そして数人のオペレーターがいるのみ。

 OA機器や人の体温で内部は生暖かかった。

グレッグ。俺、日本帰りたい。……どうしたらいい?
 神崎は俯いたまま、ハンバーガーをむさぼり食っているグレッグに訊ねた。
まるでゾンビのようだな。何があったんだ?
………………彼女が、死にそうなんだ。俺のせいで

 神崎がボソボソと小声で言ったので、グレッグは聞き取れなかった。

 グレッグは破顔して、彼の頭をごしゃごしゃとなでてやった。

 そして、筋肉だらけの腕で、彼をぎゅっと抱き締めた。


 彼が落ち込むと、こうして慰めてやるのが倣いだった。

 どうしても淋しさに耐えられなくなる夜が、神崎には時折あったからだ。

ボーイ、また落ち込んでるのか? 仕方ない奴だな。パパが慰めてやる
……いつものとは、違うんだ。

淋しいからじゃない。


ホントに、死にそうなんだ

どういうことだ?

 グレッグは彼を腕の中から解放すると、肩を掴んで顔を覗き込んだ。

 神崎は視線を床に落とし、ぽつぽつと事情を説明しはじめた。

 レイコの淹れた珈琲で少し落ち着いた彼は、自分がひどく取り乱していたことを恥じていた。

 過去何度か彼の副官を務めたことのあるレイコも、ここまで落ち込んでいる彼を見るのは初めてで、相当なショックだったのだろう、と思った。


 無論レイコもグレッグ同様、「神崎を慰める係」を担当した経験がある。

見つかったんですか、白猫さん
 レイコが驚いている。絶望的だと思っていたからだ。
ああ……なのに、こんな事になるなんて……
 マグカップを両手で包み、沈痛な面持ちで神崎は答えた。
カンタンだろ? ちょっかい出してる連中を蹴散らして、首謀者とっ捕まえればいい
グレッグは食いかけのハンバーガーを食べながら言った。
カンタンなわけあるか。

毎日必死でやりくりしてるというのに。この脳筋め

憎まれ口を叩けるくらいには立ち直ったかい? ボーイ
おかげさんで
神崎は鼻で笑ってみせた。
――ん?

 神崎は何かに気が付いた。

 焦りのために気付けなかった事だ。


 彼はマグカップをレイコに渡し、自分のデスクの上の書類を手に取り、食い入るように見た。

ふ――む…………

 神崎はしばらく思案した。


 何かを思いついたのか、急に彼の顔に生気がもどって来た。

……なるほどね
蹴散らしたら、帰ってもいいかな?
いいんじゃねぇか? また虫が沸いたら帰ってくりゃいいだろ。それまでは、俺らが面倒を見る

 グレッグはハンバーガーの包みを取り、「食うか?」と神崎に差し出した。

「いや結構」とハンバーガーのお裾分けを丁重に断ると

レイコさん、増援第二陣は?
間もなく到着です
よし……、今すぐ蹴散らしてやる……
 神崎の顔は、知将のそれに戻っていた。
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登場人物紹介

神崎有人


永遠の時を生きる人外。民族楽器演奏や作戦立案に長じる。

兄の経営するPMC「GSS社」の平社員。ネトゲが趣味。

プレゼンの腕を買われ、武器商人として中央アジアの某国に派遣される。

自身が『白猫』と呼称する、ある女性を探している。

神崎怜央


有人の兄。同じく、永遠の時を生きる男。生物科学に長じる。

多国籍企業「GBI(グリフォン・バイオロジカル・インダストリー)社」のCEO。バイオ産業を基幹に、軍事産業、民間軍事会社、海運等々手広く商いをしている。NYに本拠を置くが、日系企業である。

有人の務めるPMC「GSS(グリフォン・セキュリティ・サービス)社」はGBIの子会社。

菊地


神崎有人の直属の上司。GSS社日本支部長。

強面の外見からは想像しにくいが、面倒見の良い性格。

好きな食べ物 チョコレートパフェ

アジャッル副司令


神崎有人の赴任先の責任者。年かさのわりには好奇心が強い。

大統領一族とは因縁浅からぬ関係。国内各部族の長老にも顔が利く。

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