【3・まちぼうけ】ネトゲ恋愛と公共事業3

文字数 2,014文字

 翌日の朝、神崎青年はその日の仕事を「丁稚デッチーズ」と自ら名付けた、優秀なイケメンドイツ人スタッフたちに言いつけ、再び空港内のGSS社指揮所に出向いていた。

 昨日外回りの社員が収集した最新の国内道路画像データを精査するためである。


 なぜ丁稚ーズがイケメンゲルマンなのかと言えば、神崎がリクルートを依頼したGSS社フランス支部のスカウト担当の御婦人が趣味丸出しで選考したからイケメンなのであり、ドイツ人なのは神崎のオーダーで、集めやすく几帳面に働くからという理由だった。


 日本人でも良かったのだが、語学が堪能で軍の仕事をするような日本人は少ないからだ。

 神崎が指揮所の隅でモニターに齧り付いていると、ひまそうな顔をした米国人の友人マイケルが、もしゃもしゃと天狗印のビーフジャーキーを囓りながらやってきた。

 神崎の基地赴任時に装甲車から彼を蹴り出したのもこのマイケルである。

 米国ドラマに登場する、ホームパーティでバーベキューでもやって、青春を満喫していそうな人相風体の青年だ。

おはようございます、アルトさん
マイク。なんかいいもの食ってるなぁ。ちょっとくれ

 と、神崎は机の上の、アラビア語で書かれた新聞を突き出して「ここにのせろよ」とマイケルにジャーキーをねだった。


 マイケルは、袋からジャーキーを数枚つまみ出しながら、図々しい神崎に呆れつつ訊ねた。

で、これが、昨日ガチャガチャやってたアレの画像ですか?
サンキュ。……ん~。そう。あ、ここもか……(モグモグ)

 マイケルから略奪したジャーキーを囓りつつも、画面からは目を離さない神崎。

 ふと、気になった場面が映ったのか、リモコンで巻き戻しをしている。

 崖が道路の側にむき出していて、普段から頻繁に落石事故が発生している山間やまあいの道の動画だった。

 昨日彼がやっていた『仕込み』とは、治安維持業務に就いている社員たちの車両に搭載されている「車載カメラ」「GPS」の調整と、重複なく広い地域をカバーして情報収集するための、社員たちの巡回ルートのコース変更作業だったのだ。


 自分で直接現地調査に動き回らなくとも、日頃から国内をウロウロしている連中がここには沢山いる。そいつらにカメラをくっつけて、一斉に走り回らせれば、いっぺんに情報が集まる。

 最終的に、自社の軍事衛星をちょっと拝借して、宇宙からサクサク撮影と測量をしてしまえば、プレゼン資料のハイ出来上がり、というわけだ。


 元々は神崎が作ったコースでもあり、操作変更などは雑作もない。情報収集と、保安の両方が成り立つようにコースを選択していけばいいだけだった。



  ☆ ☆ ☆



 公共事業の必要とされる場所を自分で探し、顧客に提案して事業を受注するというのは、悪い言い方をしてしまえば『自作自演』だ。

 しかし、あくまでも善意に基づいて行うのであれば、それは国家運営上の自己治癒力を「かさ増し」してやることに繋がる。


 自社も顧客もwin-win。悪い話じゃあない。

なぁ、マイクって今日ヒマぁ?

 神崎の視線は道路の動画に釘付けのままだ。

 背後からつまらなそうに画面を見ていたマイケルは、微妙に嫌な予感がしていた。

なんですか、一応今日は公休ですけども……
 ビデオの画面を一時停止し、クルリとイスを回して神崎が振り返った
うちでバイトしない? ジャーキー一箱で
 そう言う彼の笑顔は、邪気に満ちていた。
み、魅力的ではあるけど、……ヘンな仕事じゃないでしょうねえ
(ニヤニヤ……)
 結局マイケルは、ジャーキー二箱と二食つきの条件で丸一日神崎の下僕となった。仕事を始めて間もなく、この仕事は割が合わないことに気が付いたが、もう後の祭りだった。
あ、もうこんな時間か……
 神崎は机の上いっぱいに広げた衛星写真をまとめ始めた。
ん? 夕方にはまだ早いんじゃないんですか?

 マイケルはちらと腕時計を見た。

 時刻はまだ午後三時を回ったあたり、神崎と作業を始めてまだ半日も経っていなかった。

人と会う約束があるんだ。今日はここまでにしよう。あとは、書類をまとめてこの箱に入れておいてくれないか
 ダンボール箱を二つほど机の上に載せて、クリップでとめた衛星写真を箱の中に放り込んだ。
ギャラは明日、向こうの倉庫から持って来るよ
了解、ボス。忘れずに持ってきてくださいよ
しっかり神崎に念を押したマイケルは、会議机の上に散らばった書類や光学ディスクを整理し始めた。
ああ
神崎はそれだけ言うと、いささか慌てた様子で、資料データの入った光学ディスクを上着のポケットに無造作に突っ込んで、慌ただしく部屋を出て行った。
デートの約束でもしてんのかね

 空港から宿舎に戻ると、神崎は着替えもそこそこに、そそくさとノートPCを開き、中の国へと旅立つ儀式――毎度のしちめんどくさいログイン手続きを始めた。



 確かに、それは『デート』と言えば言えなくもない。

 神崎は彼女との逢瀬を心待ちにしていたのだから。

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登場人物紹介

神崎有人


永遠の時を生きる人外。民族楽器演奏や作戦立案に長じる。

兄の経営するPMC「GSS社」の平社員。ネトゲが趣味。

プレゼンの腕を買われ、武器商人として中央アジアの某国に派遣される。

自身が『白猫』と呼称する、ある女性を探している。

神崎怜央


有人の兄。同じく、永遠の時を生きる男。生物科学に長じる。

多国籍企業「GBI(グリフォン・バイオロジカル・インダストリー)社」のCEO。バイオ産業を基幹に、軍事産業、民間軍事会社、海運等々手広く商いをしている。NYに本拠を置くが、日系企業である。

有人の務めるPMC「GSS(グリフォン・セキュリティ・サービス)社」はGBIの子会社。

菊地


神崎有人の直属の上司。GSS社日本支部長。

強面の外見からは想像しにくいが、面倒見の良い性格。

好きな食べ物 チョコレートパフェ

アジャッル副司令


神崎有人の赴任先の責任者。年かさのわりには好奇心が強い。

大統領一族とは因縁浅からぬ関係。国内各部族の長老にも顔が利く。

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