【3・転院】最大の敵はパパ2
文字数 2,466文字
差し出がましいようですが……、うちの系列に獅子之宮総合病院という大きな私立病院があります。
そこなら彼女に、もっと高度な治療を受けさせてあげられる。どうか、その病院へ彼女を転院させては頂けないでしょうか
獅子之宮総合病院は、世界最高クラスの高度な医療を提供するセレブ御用達、悪く言えば金さえ積めば何でもしてくれる、と有名な病院だ。
日本国内以外にも主要各国に展開しており、高度な医療を提供している。
公にはされていないが、親会社のお家芸、バイオテクノロジー部門や化学薬品製造部門の強力なバックアップで、最新の高性能薬品や最先端医療を提供する。
また世界中の戦場で培った高度な外科技術もこの病院の売りだった。
国内外の要人も数多く利用しているため、未認可薬の使用などという些細なことは、見逃されているのが実情だった。
――その病院でなら、麗を救うことが出来るはずだ。
自分が麗をどれだけ本気で想っているかなんて「地球が丸い事」と同レベルに当たり前なことを、今さらこの男に納得させなければならない。
それがひどくもどかしく思えた。
神崎は、床に置いていた二つの金属製のスーツケースをテーブルの上に、ドンッドン、と置いた。
病院の安物のテーブルは、スーツケースの重みに一瞬たわんだ。
麗の両親は、目を丸くして驚いた。
スーツケースの中身は、びっしりと詰まった新札の日本円だったのだ。
エレガントな方法ではないが、時間が惜しく、手段を選んではいられなかった。
神崎は、そう淡々と答えた。
下衆な方法ではあるが、相手が交渉を渋る場合、現ナマを突きつけるのは定石だ。
金で釣るもよし、身の証にするもよし、とかく大量の現金というものは、見せつけるだけでも威力がある。
父親はそのとき、神崎の澄んだ目に、一瞬痛いほどの苦悩を見た。
神崎は唇を噛み、目を閉じて深呼吸をひとつ。
そして父親を悲壮な目で見つめ返して、
そのとき神崎の言葉を遮るように、彼の携帯が鳴った。
すみません、と言って両親に背中を向けて電話に出る。
……どうせ自分にかけてくる奴なんて仕事の関係者だろう、神崎はそう思った。
思わず日本語で怒鳴ってしまい、慌てて英語で言い直した。
背後から不安そうに麗の父が顔を覗かせる。
病院にヘリのローター音が近づいてきた。
神崎が傍らの窓から見ると、GSS社東京支社所有の、真っ白なヘリだった。彼を迎えに来たのだ。
慌てて身支度をする神崎に、麗の母親が言った。
病院の正面に出ると、駐車場にヘリが待機していた。
回転し続けるローターは周囲に騒音と強い熱風を撒き散らし、紙くずを宙に舞い上げている。
真っ白なボディには、青と金のラインが入り、GSS社のロゴとグリフォンのエンブレムが描かれている。
神崎はふと、気配を感じて病棟の方に振り向いた。
三階の病室の窓から、カーテンに手を掛けた麗がこちらをじっと見ている。
彼女の訴えるような視線は、神崎の胸をキリキリと締め上げた。
麗は悲しげに神崎を見ると、小さく頭を左右に振った。
彼は唇を噛み、彼女に背を向けてヘリに駆け寄った。
機体の前では待機した、GSSのロゴ入りジャンパーを着た東京支社の社員がドアを開け、インカムを持って彼を待ち受けていた。