【4・二つ名はイージス】全ては帰国のため1

文字数 2,840文字

 麗の病状は予断を許さない状況で、神崎は一刻も早く彼女の元に戻りたかった。


 しかし、今この国は、低俗なお家騒動に見せかけて、その実は、地下資源目当ての大国の支援を受けた武装勢力により、再び戦乱に巻き込まれようとしていた。

『諸君。総司令の神崎だ。皆聞いて欲しい。……とても、プライベートなことだ』

 神崎は、静かにマイクに向かって語りかけた。

 この国にいる全GSS社々員に向けて、神崎は急ごしらえのオペレーションルームより一斉にメッセージを発信していた。

 過去、彼がこのような放送を行ったことはなく、極めて異例な事態だった。

 短期決戦を決意した彼は、本来人種も国籍もバラバラな全軍の士気を上げるべく、演説が得意な兄に倣って、彼等の情にアピールすることにした。


 いかにもお涙頂戴で、神崎本人は心苦しかったが、有能なレイコの勧めもあって実行することにしたのだ。

『婚約者が、今、死の淵にいる。俺はすぐにでも日本に帰りたい』
『だが、諸君を見捨てることは出来ない。だから、』
『今日一日だけでいい。俺に力を貸してくれ』
『その代わり、俺は全力で諸君を勝利に導く』
『頼む。皆の力で、俺を彼女の元に帰してやって欲しい』

 切々と、目薬の涙まで流して語った神崎は、大きく息を吸い込み最後の仕上げをした。

 ――彼は、マイクに向かって叫んだ。

『諸君の命、ギャラ三倍で貸してくれ! 以上だ!』

 オペレーションルーム内には拍手が起こり、基地中から歓声が沸き起こった。

 出動済みのあちこちの車両からも、無線で奇声が上がっていた。

(みんなお金が大好きさ。素直でよろしい!)
よし、つかみはOKだな
演説を終え、満足げな顔の神崎が言った。
みんな、ギャラ三倍のとこだけ過剰反応してない?
いいじゃぁねえか。大義名分ってのはな、あった方が盛り上がるんだよ!
 微妙な表情のレイコを余所に、グレッグは机の上に腰掛け、小さな星条旗と日の丸を両手で振ってはしゃいでいる。
みんな俺のポケットマネーだけどね。あ、支払いはこれで決済よろしく
 神崎青年は、内ポケットから、チタン製のカードを取り出し、レイコの机の上にパチリと置いた。これが、震災以来二度目の大きな買い物になる。
そうそう、レイコさん、帰りの足の手配、出来てる?
既に発送済みですよ、神崎司令
 レイコは涼しげな笑顔で答えた。

 ――前日。


 神崎は、アジャッル元副司令に、大統領の甥の背後に何があるのかを探らせており、その内容について演説の前に報告を受けていた。


 やはりというべきか、この男はとてつもなく底の浅い人物だったようだ。

 反政府勢力の力と叔父の不在を利用して、国内が不安定なうちに権力を奪い取ろうとしていた。


 しかし、利用していたのは反政府勢力の方で、この男は自分が周りを利用していたつもりが、実際は踊らされていたに過ぎない、ただの担がれた神輿だったのだ。


 そして彼等は、甥を上手く操って神崎達の行動を制限し、その隙に乗じて攻撃を仕掛けてきていたのだ。

 アジャッルの話と照らし合わせると、先日神崎が基地司令室で見た猫背の男が、甥を操っている組織の関係者だろう、と推察出来た。

 だが、神崎達が顧客を無視して独自に動き出したとなれば、ヘタをすると、彼等にとって甥に利用価値はないと判断され、最悪殺される可能性がある。


 その前に反逆者として生かして捕え、請求書も添付して帰国した大統領に突き出さなければならない。

 この反逆者逮捕の手柄をアジャッル元副司令のものにすれば、きっと彼の復権も容易なはずだ。

 元司令は、残念ながら既に敵に投降している。にわか仕立ての国防大臣も使い物にならない。

 このような非常事態にも拘わらず、なぜ叔父である大統領一行が帰国出来ないのか。それは恐らく、敵の後についている大国の差し金であることは容易に想像がつく。だが、一企業である神崎たちが、そこまで手を回すことなど出来はしない。

 せいぜい、護衛役の社員で大統領の命を守るのが関の山であろう。


 本来は国を立て直す手伝いでやってきたはずなのに、今まで自分の売ってきた武器の多くは、現在テロリストの手に落ちている。

 己の手で敵を肥えさせ、数多くの味方を死に至らしめてきたのだと思うと、神崎はひどく憂鬱な気分になった。



 アジャッルの報告の後、神崎はひとり思索に耽っていた。



 ――兄貴は最初から、面倒事になるのが分かっていたのだろうか?


 なぜ、情報収集を大統領府に任せたのだろうか?

 それとも、知らされてなかったのは我々だけなのだろうか?


 ――大統領を外に出すため? 何故? 膿みを出し尽くすためか?


 考えれば考えるほど、胸糞の悪い想像ばかりが浮かんでくる。

 かつての創造神もいまでは人間に愛想を振りまき、金の亡者に成り下がっている。兄のそんな姿が彼にはたまらなく嫌で、どうして豹変してしまったのか、理解出来ずにいた。


 いずれにしても、弟の自分さえいればどうにかなる、兄はそう考えているのだろう。と、いつもと全く同じ結論に至り、余計に胸糞が悪くなる。

 とにかく、一刻も早く日本に帰らなければならない。

 そのためには――――

 

 ――クズ野郎、落とし前をつけてもらうぞ――

 神崎の演説中、オペレーションルームでは既に作戦の準備が進められていた。


 この作戦は全力を挙げて反政府ゲリラを排除し、首謀者を確保するのが目的だ。

 攻め込まれる度に対処療法的に応戦していては、いずれ消耗しきってしまう。

 元から絶たなければならない。


 現在実権を握っている大統領の甥は、確保に失敗している。

 どこに敵のスパイが入り込んでいるか分からない状況だ、感づかれても仕方がない。ならば迅速に事を進めなければ――。





 演説の終わった神崎は、オペレーションルームの片隅に置かれていた大きな金属ケースをずるずると引き摺って、机の上に載せた。


 ケースには、『電子戦用超高速並列分散型衛星制御卓』と書かれている。


 彼はケースのロックをバチンバチン、と外し、何かの操作パネルのようなものと、コードの繋がったVRゴーグルと操作用グローブを取り出した。

何だこれ?
バケモノが使う悪魔の道具だよ
 神崎は、陰鬱そうな顔でグレッグに吐き捨てた。
んじゃ俺等じゃねえのか?
いや、もっと禍々しい奴らさ……
 そう言いながら、パネルを組み立てて、あちこちにケーブルを接続させ、グローブを嵌めて、ゴーグルを頭に乗せた。
神崎司令、配置完了しました

 丁稚ーズの一人がイスをクルリと回して報告した。


 このオペレーションルームでは、イケメンゲルマン集団の丁稚ーズも、オペレーターとして席についている。本来の彼等の仕事はこのような通信管制や情報のモニタリングなのだ。決して伝票整理や神崎のお守りなどではない。

了解っ、と。じゃ始めますか
 すう、と息を吸い込む神崎。そして高らかに宣言した。
現時点より、オペレーション・チャリオットを開始する!
 一斉に、了解ラジャーの声がオペレーションルームに響く。
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登場人物紹介

神崎有人


永遠の時を生きる人外。民族楽器演奏や作戦立案に長じる。

兄の経営するPMC「GSS社」の平社員。ネトゲが趣味。

プレゼンの腕を買われ、武器商人として中央アジアの某国に派遣される。

自身が『白猫』と呼称する、ある女性を探している。

神崎怜央


有人の兄。同じく、永遠の時を生きる男。生物科学に長じる。

多国籍企業「GBI(グリフォン・バイオロジカル・インダストリー)社」のCEO。バイオ産業を基幹に、軍事産業、民間軍事会社、海運等々手広く商いをしている。NYに本拠を置くが、日系企業である。

有人の務めるPMC「GSS(グリフォン・セキュリティ・サービス)社」はGBIの子会社。

菊地


神崎有人の直属の上司。GSS社日本支部長。

強面の外見からは想像しにくいが、面倒見の良い性格。

好きな食べ物 チョコレートパフェ

アジャッル副司令


神崎有人の赴任先の責任者。年かさのわりには好奇心が強い。

大統領一族とは因縁浅からぬ関係。国内各部族の長老にも顔が利く。

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