【5・キミが君でなくとも】ネトゲ彼女と結婚します3

文字数 4,011文字

しまった!!

『――キミを一番大事にすることなんて』


 これは事故だった。タイピングの早い神崎ゆえの事故、「誤爆」だ。


 脳内変換を行っている最中にポロっと本音がこぼれてしまったのだ。

 気が付いたときには遅く、エンターキーを押して送信してしまった後だった。



    * * * * *

 

Flaw:え・・・
Alphonce:あ、いや、そういう意味じゃなくて、その、前衛なのだから最優先で、って意味だから、深い意味ぜんぜんないか
Flaw:そうですよね。これゲームだし、そんなことないですよね
Alphonce:ない、とは言い切れないけど、世間でも時々ある話だし・・・
Flaw:そうなんだ!じゃアリなんだ、そういうのって!
Alphonce:あ、いやいや、そういう人もたまにいるってだけで、俺は全然そういうつもりじゃないから
Flaw:わたし、アルさんのこと好きですよ
    * * * * *
あ……
あああ―――――――っ
や、やっちまった……
地雷踏んだ…………

 神崎は、両手で顔を覆ってベッドにひっくり返った。


 今さら修正しても、もう遅い。

 逡巡する気持ちが、ゲームに恋愛など介在しない、とはっきりと切り捨てることが出来なかった。



    * * * * *

Alphonce:それ・・・どういう意味で?
Flaw:そのまんまです
Alphonce:もちろん、友達として、だよね
Flaw:ちがう
Alphonce:えーっと・・・もしかしてすごくうれしいことかもだけど。。。どうしたらいいのか俺としてはちょっと・・・
Flaw:迷惑?
Alphonce:いや・・・・・・迷惑じゃないけど・・・・・・・
Flaw:アルさん、回りくどすぎる。というか、いつもおじさんぽくてめんどくさい。めんどくさいから、電話かけていいですか?番号教えてください
Alphonce:え・・・
(ま、マジ? 本当に女の子なのか?)
Alphonce:・・・ああ、いいけど。というか、これ衛星電話なんで、電話代すごくなっちゃうから俺からかける。番号教えて
おいおい……回りくどいって……。参ったな。



……あ、番号きた

 画面に表示された彼女の携帯番号を手元のイリジウムに一つ一つ確認しつつ打ち込む。

 人工衛星にアクセスする、呼び出し音が鳴るまでの無音時間が、やけに長く感じる。

 ごくり。と生唾を飲み込んだ。


 一体、なんて言えば。

 

――傷つけなくて済むのか。諦めてもらえるのか。

(諦めてほしくなんかないくせに)
うるさい、やめろ、バカ。俺には――
あ、繋がった
も、もしもし。アルです。


いや、――神崎有人です

『あ……もしもし、かけさせちゃってごめんなさい……フラウです……』
 少しの通信ラグを挟んで、電話口から聞こえるその声は、鈴を転がしたような、可愛らしい声だった。背後で、ゲームのBGMがかすかに聞こえてくる。
キミは無理に本名を名乗らなくてもいい。PC名だけで、かまわないから
『ううん、私だけ名乗らないなんておかしいし。塩野義麗しおのぎうららっていいます』
(うらら、か。かわいい名前だな……)
麗さん、か。いい名前だね
『アルさんて、ほんとに「アル」なんだ。まんまだね。うふふ』
 屈託なく笑う様は、ゲームの中の彼女とまったく同じだった。彼女も、口に出すことをそのまま打ち込んでいたのか――。
まぁ、名前とか考えるのめんどくさいでしょ。だから。……それはそうと、その……
『めんどくさいですか? 構うの』
えっ……。

どうしてそう、ストレートに答えにくいことを言うんだい?

『聞きたいことを、そのまま聞いた方が誤解ないでしょ?』
うーん……



イヤなら、毎日毎日構ってなんかいないよ

 たしかに、普段の彼女は裏表がなく、物言いが直球なことが多い。多少は分かっていたものの、こういうデリケートな話題の際は扱いに困ってしまう。
『こういうこと言われると、うれしいけど困るの?』
いや……あ……うぅ……
『やっぱホントは迷惑なんだ』
えっ……、あ、そういう意味じゃなくて……
ああ、参ったな……ごめん、困ってる
 すっかり麗にイニシアチブを取られ、しどろもどろになってしまった。

 しかし、相手が女の子で本当に良かった、と彼は心から思っていた。

『同じなんですね』
麗はくすくすと笑った。
な、なにが?
『あっちでも、こっちでも、アルさんは同じ人なんだなって』
あ……あはっはははははっ……、俺も、今全く同じこと考えてた
 一気に力が抜けた。無論問題は何も解決してはいないのだが。
『表裏ある人キライだから、そのまま言っちゃうんだと思う、私』
 少し精神的余裕が出来たところで、彼女の様子をうかがってみた。
ところで今、病院、なんだよね。ケガ? 病気?
『中学上がる前くらいから、ずっと病気で。いま二十歳だから……、八年くらいかな』
……そんなに長く……
思わず歯噛みをしていた。
『いつか、おうちに帰りたい。それが私の夢』
そっか……。

とりあえず、こっち一旦ログアウトするよ。電話は切らないからね

『うん』

 神崎は手早くログアウト作業を行い、PCを使って携帯の番号から契約者情報とGPSの位置情報を取得した。

 携帯電話会社へのハッキングなど、会社の秘匿回線と軍事用ソフトがあれば子供でも出来ることだった。


 位置情報を東京のマップに乗せる……。

 確かに、入院施設のある中規模な病院だ。

 契約者は、こちらも間違いなく「塩野義しおのぎ うらら」二十歳、となっている。

 次いで、病院の入院患者情報を照会する。

 こちらにも、間違いなく同じ名前がある。循環器科入院。

(……ということは、もしかして彼女は心臓の疾患なのか……。クソッタレめ!

今はここまでくらいしか分からない。後で東京の菊池にでも調査を依頼するか……)

 病院に何年も閉じ込められて、仮想空間でしか自由を味わえないのか。

 そう思うと麗が気の毒でならなかった。

 いくら『心が不自由な方が、耐えられない』と言われても。

麗さん、聞いてくれ
『うん』
 彼はゴクリと唾を飲み込んだ。
……俺
『うん』

 実際に言おうとすると緊張が走る。



 ……やはり、言えない。

 身勝手に恋人代わりにしていたなんて、気持ちの悪いことを言えるわけがない。

実は、何年も待っている恋人がいるんだ。

でも、いつ戻ってくるのかもわからない。


もう……来ないかもしれない

 本音としては、今のままでいたい。

 しかし、もう潮時なのかもしれない。

 でも今彼女を悲しませるような事を言えば、病気が悪化するかも……。

『そう……なんだ。じゃ、……戻ってくるまで……とか?』
(ダメだ、こんなの……彼女が不憫すぎる)

 自分は、顔が見えないのをいいことに、麗を相手に恋人ごっこをしていただけなのだ。

 しかし、虚構の上塗りのようなマネをこれ以上続けるのも本意ではない。

『それなら……いい?』
 彼女の声音が、自分の同意を乞うているのが痛いほど分かる。
(やっぱり正直に言おう……)
……麗さん、本当の事を言うよ。


俺は、君を恋人の身代わりにして、自分を慰めていた卑怯ものなんだ。

だから……君に好いてもらう資格などない……

 神崎は、ベッドの上で海老のように背を丸め、肩を震わせた。

 空いている方の手で口をふさいだ。

 ――電話口に、嗚咽が漏れそうだったから。

『やさしいんだね、有人さんて』
……優……しい?
『それに、正直』
 麗の思いがけない言葉に、彼は戸惑った。
……そうかな。だって、今まで隠れて君を慰みモノにしていた男なんだぞ?
『私だって同じだし』
え?
『勝手に彼氏だってことにして、一緒にいたんだもん。有人さんと同じだよ』
…………でも、俺の方が罪は重いよ。

他人の代わりにしてたんだから

『じゃ、お互い、勝手に一緒にいたり、代わりにすればいいじゃない。ね?』
(確かに、確かにそれはWIN WINではあるが……しかし……)
『だめ……なの?』
 今まで子供っぽかった麗の声音が、急にトーンがひとつ低くなった。

 だめじゃない。


 だめなんかじゃない。


 自分だって麗のことを好きになりたい。


 だが、卑怯者の自分が許せない。


『彼女』を裏切る後ろめたさ、麗を『彼女』の身代わりにした罪――。

 病気の娘を捕まえて無邪気に恋が出来るほど、純粋でもなんでもない、自分勝手で薄汚い男なのだ。


 なのに、いまは喉から手が出るほど、麗が欲しかった。

 誰でもいいから心を寄せる対象が欲しかった。欲しくなってしまったのだ。

 そして、気付いたら、通りすがりの冒険者には戻れなくなっていた。

(――――もう、一人は嫌だ……)
 飢えと渇きで干からびきっていた、神崎の魂。そこに落ちた麗という一滴の潤いが、彼の魂に猛烈な飢えを引き起こしていた。
俺……で、いいのか? 本当に
『おせっかいやきなんでしょ?』
え? ま、まあ……
『だったら、もうすこしの間だけ、おせっかい焼いてよ、有人さん』
 麗の言葉に背中を押された気がした。
ふう、……分かりましたよ。

落ちてた猫を拾ったのは、確かに俺自身だ。君の気が済むまで面倒見ましょ

『やったあ。ホントは面倒見たいくせに。素直じゃないんだから』
な! 俺は……や、あ、あの……一応責任というか……
『なによ、はっきり言ってよ有人さん』
いや、そうなような、違うような……
『も~めんどくさい人』
ぼそりと麗は言った。
あーもう、そうだよ! 

俺はめんどくさい男だよ。面倒見たいよ。滅茶苦茶キミの面倒を見たいんだよ俺は! 

くそっ、後でめんどくさいとか嫌だとか言っても知らないからな! けっこう粘着なんだぞ、ほ、ホントにマジで知らないからな!

(ああ、言っちゃった……なんて大人げないことを……)
 くす、くすくすくす……と、麗の笑い声。
『おじさんみたい』
な! お、おおおおじさんって! そんなにおじさんじゃないモン! じゃー今から写メ送るからな!
『じゃーわたしもー』
 結局、互いの写メを交換して、気づけば日本では空が白んでくるまで話し込んでいた。
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登場人物紹介

神崎有人


永遠の時を生きる人外。民族楽器演奏や作戦立案に長じる。

兄の経営するPMC「GSS社」の平社員。ネトゲが趣味。

プレゼンの腕を買われ、武器商人として中央アジアの某国に派遣される。

自身が『白猫』と呼称する、ある女性を探している。

神崎怜央


有人の兄。同じく、永遠の時を生きる男。生物科学に長じる。

多国籍企業「GBI(グリフォン・バイオロジカル・インダストリー)社」のCEO。バイオ産業を基幹に、軍事産業、民間軍事会社、海運等々手広く商いをしている。NYに本拠を置くが、日系企業である。

有人の務めるPMC「GSS(グリフォン・セキュリティ・サービス)社」はGBIの子会社。

菊地


神崎有人の直属の上司。GSS社日本支部長。

強面の外見からは想像しにくいが、面倒見の良い性格。

好きな食べ物 チョコレートパフェ

アジャッル副司令


神崎有人の赴任先の責任者。年かさのわりには好奇心が強い。

大統領一族とは因縁浅からぬ関係。国内各部族の長老にも顔が利く。

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